第7話タイムリープ2日目ー2

 タイムリープするのは、これが初めての経験ではない。俺の屑親父もタイムリープの能力を持っていて、俺はそれに良く巻き込まれていた。

 タイムリープは時間を巻き戻す能力であり、普通であれば巻き込まれたことにすら気がつかない。だが、俺はタイムリープする親父の息子だったからなのか――ちょっとした特徴を受け継いでいた。

 俺自身に、タイムリープを発動させる能力はない。

 しかし、俺は他人がタイムリープの能力を発動させても記憶を保持できる。だから、誰かがタイムリープの能力を使ったら、俺には誰かがタイムリープを発動させたことが分かる。そして、俺がタイムリープの能力者を発見したとき――その能力は消去される。どうしてそのようなことが起こるのかはわからないが、俺はタイムリープの能力者の天敵のような存在なのである。

 タイムリープを経験しても記憶が保持できるのは便利なようにも聞こえるが、実際には巻き戻った時間内で記憶が保持されるというのは結構な苦痛であったりする。しかも、タイムリープを使うと決断したのは俺自身ではないのである。まぁ、何でタイムリープが使われたのかという捜査はできるけれども。

 俺が知っている限り、タイムリープはかなり制限が多い能力である。

 戻せる時間は三日以内で、しかもタイムリープをする本人が重大な決定をしていないときに限るというものである。

 たとえば家を買ったが三日後に欠陥住宅だと分かっても、タイムリープで売買契約前には戻れないのである。自分は「家を買う」という重要な決断をした後だからだ。今は例え話に家の売買を持ち出したが、実際のところ「自分の未来に関係した選択」がタイムリープが出来るか出来ないを分かれさせるようである。

 つまり、タイムリープというのは自分の決定を変えるために発動させる能力ではないのだ。他人の行動を変えさせるために起こすものと言ったほうが正しい。

「俺は……どうなったんだっけ」

 制服に着替えながら、俺はタイムリープする直前のことを思い出す。ぞくり、と背筋が冷たくなった。恐る恐る、わき腹の当たりを触る。

 ――そうだ、ここだ。

「ここを大和に刺されたんだ」

 ぞくりとした。

 かなりの痛みがあったはずだが、当然ながら今の俺には傷がない。あのとき、俺は死んでしまったのか。それとも、病院に運ばれたのか。すぐにタイムリープに巻き込まれてしまったのか、残念ながら分からない。

「今回のタイムリープは大和が関係しているのか?」

 今回大きな行動を起こしているのは、大和である。

 もしかしたら、学校の女子生徒も大和が殺したのかもしれない。悲鳴が聞こえたときに大和は家庭科室にいたが、女の子を刺したあとに家庭科室に来る事だって可能だった。

「とりあえず、大和の行動を変えさせてみるか」

 俺は、そう決心した。なにせ、何かしらの行動を起こさなければ時間はただ繰り返されるのだ。このままいけば、俺はまた大和に刺されてしまう。

「よし、大和を何とかするぞ」

 俺がそう決心すると、再び真理が部屋のドアを開ける。

「お兄ちゃん、遅刻するよ?」

「ああ、すまん」

 俺にとっては二度目だけども、妹にとっては一度目の入学式である。俺のせいで、遅刻したらかわいそうだ。

「今日は、蜂の炊き込みご飯だよ」

「ああ、弁当にはパンを持っていこうな」

 とりあえず、ここらへんは前と同じ行動をとっても問題はないだろう。

 真理と共に家を出て、俺は気合を入れながら自転車を漕いだ。もうすぐ、一番最初に大和と出会った道にたどり着く。

 真理の従兄弟の美郷からも電話がきたが、内容はわかっておりなおかつ危険性もなかったので電話にはでなかった。今は、大和のほうが重要度が高い。注意深く自転車を漕いだ俺だったが、大和とは結局出会わなかった。

「何でだ……」

 よく考えれば、俺は大和に最初は後ろから声をかけられたのである。

 ということは、大和は俺の後ろを歩いていたのだ。俺が電話を取るために足を止めなければ、追いつかれるようなことはなかったのである。

「やっちまったよ」

 俺は、ため息をついた。

 まさか、最初から出会えなかったという事態に陥るとは思わなかった。だが、過ぎてしまったものは変えられない。しょうがないので、俺はそのまま学校に入る。

「……ん。なんで昌治にも会わないんだ!」

 前は校門を潜るか潜らないかのところで、話しかけられたはずである。だが、今回は昌治は俺に話しかけなかった。

「そうか。俺が早く登校したから、全体的にタイミングがずれたんだ……ああ、くそ」

 軽い気持ちで美郷からの電話を切ったが、まさかこんなところで影響がでるとは思わなかった。校門付近で昌治を探したが、昌治は見つからなかった。俺が違う行動をしたことで、昌治の行動までズレた可能性があった。

「とりあえず、教室に行くか」

 俺は、とぼとぼと教室へと向う。

 これから、しばらくすると入学式がはじまる。少し待てば、このクラスを担任が来るはずである。改めて、新しいクラスの面々を見るのだが――やっぱり女子生徒が多いな。

「あっ、第一男子発見!」

 俺を指差して、ケタケタと笑う女子生徒。

 その姿に、俺はぎょっとした。思いのほかオーバーリアクションになってしまったせいか、俺を指差した女子生徒はすぐに申し訳なさそうな顔になる。

「ごっ……ごめん。単に、このクラスに初めて入ってきた男子生徒だったから」

「いや、気にしてないから。謝らないでくれ」

 俺は、黒板で自分の席を確認するフリをする。前にもやったことだが、黒板には生徒の席が書かれている。確認しないで座れば、怪しまれる。

 前と同じように、俺は窓際の一番後ろの席に座った。

 それにしても、さっきはびっくりしてしまった。

 さっき俺に話しかけてきた女子生徒は、前のタイムリープで殺された女子生徒だった。俺と彼女は違うクラスのはずだったから、今は友達と喋るためにこのクラスに来たのだろう。現に彼女は、楽しそうに友人と思しき生徒と話をしている。

 殺される予定の女子生徒は、かなり小柄だった。周囲の生徒よりも一回りほど小さくて、中学一年生の真理よりも少しだけ身長が高い程度である。少し茶色みがかかった髪をツインテールにしているせいで、余計に子供っぽく見える。

 同じ高校を受験するような友達もいる子だし、話す様子を見ていても明るい性格のようだった。俺で冗談を言う様子から、物怖じしない性格なのは間違いない。彼女は、とてもではないが学校で殺されるタイプには見えなかった。

「美羽ちゃんことが、好みなのか?」

 前の席に座った男子生徒が、俺の前に座った。

 昌治ではない。

 よく言えば都会的――悪く言えば軽薄そうな男子生徒は、俺を見ながらニヤニヤと笑っている。こいつは、同じクラスの久我雄二。

「別にそんなんじゃないけど……」

「嘘つくなよ。性格もいい子だぜ。俺、美羽ちゃんと同じ学校だったから知り合いなんだ」

 良かったら紹介しようか、と雄二は言う。

「遠慮しとくよ。俺は、溝口岬。よろしくな」

「俺は、久我雄二。数少ない男子同士、三年間がんばろーぜ」

 玖珂は、にやりと笑った。

 昌治と出会う前に雄二と知り合いになってしまった。もう、この時点で俺は一回目のタイムワープとだいぶ違う行動をしていることになる。これでは大和の行動も、どのように変化してもおかしくはない。だが、今の俺には出来ることは少ない。とりあえず、俺は殺されるはずの子……美羽の情報を集めることにする。

「どこの中学だったんだ?」

「北上中学校だよ。ここの半分ぐらいは、北上中学校のはずだぞ。学校少ないし」

 そうなんだ、と俺は頷く。

 道理で、入学一日目なのに美羽も雄二も周囲と馴染んでいるはずだ。

「まぁ、なかには遠くの学校から来る奴もいるけどな。たとえば、赤城大和とか」

 大和の名前が出てきて、俺ははっとする。

「あいつ、やっぱり遠くの学校を受験できなかったんだなーって有名になってるぜ」

 大和の家は色々ある、としか俺は知らない。

「へぇ、どんな噂があるんだよ」

 俺は最近ここらへんに引っ越してきたばかりなのだ、と雄二に説明をした。

「あいつ、剣道が強かったんだよ。特待生で別の学校に進学するって話もあったんだけど、あいつが進学するはずだった学校の近くって……あいつの家が昔持っていた工場があった土地なんだ」

 工場を持っていたという話に、俺は目を丸くする。

「金持ちなんだな」

 ピンクのエプロンを持ってきたくせに。

「いわゆる名家で、あいつの爺さんがやり手でなー。工場とか作って、このあたりの産業をもり立てていたんだ。冗談抜きで雇用のほとんどがその工場で、赤城家には足向けて寝られない感じだったんだぜ」

 俺には信じられない規模で、繁盛していたらしい。いや、工場に繁盛という言葉を使っていいのか分からないけど。

「でも、その孫が入学するなら、学校側は大歓迎じゃないのか?」

「あいつの父親が選挙に出馬したんだ。でも、その選挙期間中に親父の女性問題が色々と問題があがってな」

 雄二いわく、タイミングも悪かったらしい。

「不景気だったし、工業の経営も悪くなっていた時期だったんだ。それで、親父さんの選挙が失敗したタイミングで工場が閉鎖。大量の失業者を出したわけだ」

 つまり大和は地元に雇用を生み出した名家の出身でもあり、工場を潰してしまった裏切り者の一族でもあるのだ。

「入学する予定の学校の付近には、未だに恨んでいる人もいるからな。入学を止めたんだろ」

 大和も、結構複雑な家庭出身らしい。

「雄二のところも工場の倒産に巻き込まれたのか?」

「ここらへんのうちは、農家が多いからな。あんまり巻き込まれてはないと思うぞ。もっとも、農家って言っても兼業のところはダメージがあったらしいけど」

 雄二は、窓から校庭を見た。

 そして、目を丸くする。

「おっ、喧嘩だ」

「えええっ!!」

 こともなげに雄二は言うが、俺は驚いてしまった。

 急いで、校庭のほうに目を向ける。

 校庭には取っ組み合う男子生徒の姿。二人とも見たことがある生徒だった。大和と昌治だった。取っ組み合いといっても昌治一方的に大和を殴っているようだった。

 近くにいる生徒や教師が止めに入る。

 二人は引き離されて、昌治はまだ興奮が冷めていないようだった。前の時間でも短い付き合いであったが、あんなふうに動物みたいに興奮する昌治を始めてみた。一

 方で、大和はさっきまで殴られていたのは信じられないぐらいに落ち着いていた。唇が切れて、血を流している。顔も痛々しく腫れている。それでも、その顔には表情がなかった。無関心という言葉を俺は思い出す。自分の怪我や自分が殴られたことに関して、大和は心を動かす様子がまるでなかった。

「大和!」

 思わず、俺は窓から名前を呼んだ。

 無意識のことであった。

 校庭で、大和が俺を見上げた。無感情だった大和の表情が、驚きの表情に見開かれている。俺は、なぜかその表情に見入っていた。

「あぶねぇ!」

 雄二は、俺が落ちていかないように体を抑えてくれる。

 けれども、俺は驚いた大和の顔から目を放せなかった。気がつけば、女子生徒も手伝って俺を窓から引き離してくれていた。どうやら俺は他人から見れば、窓から飛び出してしまいそうだったらしい。

「し……知り合いなのか?」

 俺を窓から引き離した雄二が訪ねる。

「いいや……」と俺は言った。まだ、この時間帯では大和とは知り合っていない。だから、俺の返事は間違っていないはずだ。

「喧嘩なんて、珍しいからよ」

 それは嘘だ。

 俺は、暴力は見慣れている。

「今、大和と喧嘩をしていた生徒って……」

「ああ、昌治な。あいつの家、兄貴がさっき説明した工場に就職しててな……。いきなり首切られたのがショックで引きこもりになっちまたとか。まぁ、そんな話はこの村では珍しくない話なんだけどな」

 田舎で牧歌的なばかりだと思った村なのに、どうやら裏では色々な事情があるらしい。

「大方、大和が普通の顔をして入学していたのが許せなかったんだろ」

 雄二は、呆れたようにそういった。

 俺には昌治が、大和に殴りかかったことが信じられなかった。昌治は俺に色々と親切にしてくれたし、一度目では大和と殴りあうことはなかった。

 あの時と、今で違うこと。

 一度目は、俺が昌治の側にいた。

 だから、恰好をつけるために昌治は自分の怒りを飲み込んだのだ。

 すぐにでも昌治と大和の側に行きたいが、この時間帯では俺と二人は出会っていない。だから、二人に知り合いのように会いにはいけない。

「大和って、そんなに恨まれているんだな……」

 俺は、上着の裾をぎゅっと掴んだ。

 前の時間で、俺は大和に刺された。けれども、その少し前に大和は俺の盾になる鞄を貸してくれた。自分の身なんて省みずに、大和は俺に鞄を貸してくれたのだ。

 あの鞄の厚さと硬さを俺は覚えている。暴力から守ってくれること。それは、優しさだと思うのだ。たとえ、前の時間軸で大和が俺を刺したとしても。

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