第4話タイムリープ1日目ー4

 入学式が終り、俺と真理はつつがなく新しい学校生活をスタートさせた。悩むところはバイト先であったが、あれから色々と探してみたがやっぱりなかった。そこだけは困っていたのだが、昌治が知恵を貸してくれた。

「忙しい農家のバイトとかに入ったらどうだ?正式に募集しているわけじゃないから、誰かの紹介が必要だと思うけど」

 夏になったら家のトマトの収穫とか依頼してもいいか、と昌治は俺に尋ねる。昌治の家は農家で、収穫時期はいつでも人手不足だという。他の農家も同じようなものらしいので、昌治の紹介があればバイト先を探すのは苦労しなさそうだった。

「その代わり、『家で手伝ってもらっていたって』って紹介しないと他の農家だと信用されないから、まずは家の収穫を手伝ってくれよな」

 昌治の言葉に俺は二つ返事で了承した。昌治の家はトマトやきゅうりといった夏野菜と米を栽培しているらしいので、夏が一番忙しいらしい。夏がくるまでは比較的暇だというので、俺は家庭科部に入ることにした。昌治と仲良くしておいたほうが良さそうだし、なにより料理のレパートリーも増やせそうだ。

 俺と昌治は放課後に入部届けを持って、家庭科部を尋ねた。家庭科部は家庭科室を部室として持っており、噂によると数少ない男子生徒の根城になっているらしい。せっかく女子が多いのに、なんで男子で固まるのだろうと思う奴らもいるかもしれない。

 しかし、そんな奴らに言いたい。

 一度でいいから、三百人近い女子生徒に囲まれてみろ。

 結構な、地獄であるから。

 話題はないし、いつも集団でいて怖いし。つまるところ、女子が過剰に多すぎるせいで、数少ない男子生徒は集まってしまうのだ。別にモテナイことの言い訳じゃないからな。

「おっ、今年の男子は全員が入部したな」

 俺たちの入部届けを受け取ったのは、三年生の先輩だった。

 背が低くて、ちょっとぽっちゃりしている先輩だった。家庭科部で常に料理を作っていることに、すごく説得力がある外見である。この人が作るケーキとかカレーとか凄くおいしそうだ。いや、あくまで外見上の印象なんだけど。

「全員って、一年生の十人が全員家庭科部に入ったんですか?」

 昌治の言葉に、家庭科部の部長はうなずく。

「ああ、まぁ……毎年似たような感じではあるだけどな。俺は、西部由紀夫。よろしくな」

 由紀夫先輩によると、文化祭で喫茶店をやる以外に家庭科部では表立った活動はしていないらしい。そのせいなのか、俺たち以外の部員はあまりいなかった。

「何時もの活動は、作りたい奴が材料を持ってきて作っている感じか。一応、レシピ本は部 費で毎年何冊か買っているから、欲しいのがあったらリクエストしていいぞ」

 やる気のない部活動であった。

 もっとも、やる気のある家庭科部を上手く想像できないけれども。

「俺……やっぱり、ここは止めようかな」

 珍しく、昌治がしり込みしている。

 俺をここまで誘ったのは、彼だというのに。

「どうしたんだよ」

「いや、だって……十人全員が入部したってことは」

 がらり、と家庭科室のドアが開けられた。入ってきたのは、大和である。相変わらず無感情な奴で、先輩に挨拶することもなく彼は無造作に鞄を置く。

 そして、その黒い鞄のなかから薄ピンク色のエプロンを取り出した。

 それを無言で身に着ける、大和。

 ――おい、それしかなかったのかよ。

 と突っ込みたくなるような、チョイスである。

 だが、誰も大和のエプロンに突っ込みを入れなかった。田舎では他人のエプロンにケチをつけるのは、マナー違反なのだろうか。いや、都会でも他人の趣味にケチつけるのはマナー違反かもしれないが――これはツッコンだほうが親切なような気がする。よく見ると、エプロンのボタンがクマさんだった。

 細かいところが可愛いエプロンだな。

 大和は、無感情に鞄のなかから出したビニール袋を取り出す。なかから取り出したのは、小麦粉やバターといった……たぶんクッキーの材料である。大和は、袋から材料を出す手を止める。そして、たっぷりと数十秒間は袋のなかを覗いていた。何故か、周囲にも緊張が走る。

「砂糖、忘れた」

 ぼそり、と大和は呟く。

 俺は、限界だった。無言で昌治が止めようとするのに、大和に近づく。大和も俺に気がついて、振り向く。

「なんで……なんで、そんなエプロンなんだよ!」

 ごついお前には似合わないんだよ、と思いっきり大和のエプロン選びのチョイスに突っ込んだ。俺の行動に、何故か周囲がついていけずにぽかんとしている。それも大和も同じで、無言で俺をみていた。一番最初に我に返ったのは由紀夫先輩だった。

「まぁ、確かに男っぽくないデザインだよな。おまえ、それどこで買ってきたんだよ」

 笑えよ、とばかりに由紀夫先輩は家庭科室にいる部員たちを見る。だが、誰一人として笑い出す人間はいなかった。

「もしかして……ここらへんだとコレが流行りなのか?」

 不安になって、俺は由紀夫先輩に尋ねる。

 由紀夫先輩はすぐに「それはない」と否定した。

「いくらなんでも田舎を馬鹿にするなよ。あと、いくら田舎でも男のエプロンなんて斬新なものは流行らないからな!」

 都会から来たからって調子にのって、とプンプンしながら由紀夫先輩が怒っていた。可愛い怒り方する人だなー、と思った。なんとなくだが、田舎の叔母ちゃんみたいに感じる。

「あれ、どうして俺がここら辺の出身じゃないって先輩が知っているんですか?」

 俺の疑問に、さっきまで怒っていた先輩がもう笑っていた。

「ここは田舎だぞ。噂話は、電波よりも便利なんだ。その証拠に、この部屋で携帯を出してみろ」

 先輩の言うとおりに、何名から持っていたスマホを取り出す。

 電波が入っていなかった。

 本当に、噂話は電波よりも便利だった。

「さっきまでは使えたのに……」

 大和もスマホを取り出して、電波がはいらないことを確認していた。教室では電波が届いていたので、恐らくはこの教室ではスマホが使えないのだろう。なんて、すごい田舎なんだ。今時、なかなか無いぞ……電波が入らない場所なんて。

「不便だな」

 大和は、そう呟く。

 だが、それに俺は突っ込んだ。

「ああ、おまえはそれよりもエプロンをどうにかしろよ」

 笑いを噛み殺すのに大変だから、と俺は言う。

 大和が上から、俺を睨む。

「別に……人のエプロンはどうでもいいだろう」

「いや、でっかい男がピンクのエプロンとかって視界の暴力だろ」

 本当に今すぐに脱いで欲しい、そんな思い込めて俺は大和を睨んだ。

「……じゃあ、もういい」

 大和は、荷物をまとめ始めた。せっかく出したクッキーの材料までしまおうとしていた。

「作っていかないのかよ」

「別に……砂糖忘れたし」

 家庭科室なのでから、砂糖ぐらいはあるような気がする。だが、大和はあっという間に荷物をまとめ終えてしまった。そのまま部屋を出て行こうとする。

「おい」

 俺は、大和に声をかけようとした。

 だが、その瞬間に「きゃー!!」と女子生徒の悲鳴が聞こえた。その悲鳴に、家庭科室にいた全員が体を硬直させる。

「おい、今のなんなんだよ」

 俺はすぐに正気に戻って、昌治を揺さぶる。昌治は「おおう……」と返事を返したが、突然響いた悲鳴にまだ自分を取り戻していないようだった。たかが、悲鳴ぐらいというかもしれない。だが、他人の悲鳴は恐怖を伝心させる力があるのだ。でも、俺は悲鳴には抵抗力がある。

 自分自身の悲鳴を――母の悲鳴を――妹の悲鳴を聞き続けていたからだ。

「何かがあったんだ、確認しに行くぞ」

 俺のほかに落ち着いていた人物がもう一人いた。

 大和だった。

 彼は、俺に向って自分の壁を投げる。

「変質者が学校に入ってきたのかもしれない。もしも、相手が武器を持っていて、逃げられなかったら……最悪それで防げよ」

 つまり、盾みたいな使い方をしろというわけである。

 当の本人は、丸腰であったが。

「お前は、いいのかよ」

 俺にだって鞄はあるのだ、大和のとは違ってぺたんこで防御力なんで皆無なのだが

「俺は……べつにいい」

 そんな返答が帰ってきたので、ありがたく鞄は使わせてもらうことにする。ここで大和の奴に鞄を返しても、奴は絶対に鞄を自分では使わないだろうし。

 俺と大和は家庭科室を出て、悲鳴が聞こえたほうへと走った。悲鳴は、たしか玄関のほうから聞こえてきたような気がしたのだが。

 俺たちが玄関に近づくほどに、すれ違う生徒たちの混乱は激しくなっていった。「先生を呼べ!」とか「救急車!!」とか叫んでいる。

「一体何が……」

 起こっているんだ、と俺が口に出しそうになると急に大和の歩みが止まった。何があったのだろうかと彼の前を覗き込む。そこには、女の子が倒れていた。

 家の制服を着ている女子生徒だが、胸を刺されていて倒れている。

 深々と彼女の胸に刺さっているのは、極普通の包丁だ。傷口から赤い血がどくどくと流れ出ていて、俺はふらふらと引き寄せられるように女の子の側に向おうとした。

「おい!」と大和が俺を呼び止める。

「あの子、まだ生きているかも……」

 呼吸を確認して、救急車を呼んで、可能ならば傷口を押さえて――やらなければならないことは沢山あるというのに。だが、大和は首を振った。

「あの子はもう……死んでいる」

「何で分かるんだよ!」

 俺は、大和の手を振り払う。

「昔も……見たんだ」

 大和は、俺の腕を乱暴に掴んで倒れている女の子から出来るだけ離そうとする。

「あれに近寄るな……あれに。魅入られて、忘れられなくなる」

 とても小さな大和の独り言が聞こえた。

 その声は、俺には怯えているように思われた。

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