第3話タイムリープ1日目―3
俺が通うことになった学校は、数年前まで女子高だった高校だ。
だが、少子化の影響を受けて今では男子も入学するようになっている。でも、女子高だった時代が長いせいなのか、共学化して随分と経つのに入学する男子は未だに一学年十人に満たなかった。
俺の前を歩く生徒たちも、女子生徒ばかりだ。
この眺めを地獄と取るか天国を取るかは、男子生徒の性格次第だろう。古びた校舎は洋館みたいな作りで、校庭を囲うフェンスに巻き付く蔦も風景画のように様になっている。そこに通う女児生徒たち。
この光景を俺の言葉で表現するのならば「深夜の百合アニメみたいな光景」だった。幻想的な古びた校舎に集まる女子っていうのは、なんとも絵になる光景である。自分自身がそこに入って行きたいとはあまり思わないが。
だが、家の近所の学校はここしかなかったのだ。残りの学校は自転車とバスと電車を駆使しても二時間以上かかる場所にある。通学にかかる費用も馬鹿にならない。
だから、俺はこの学校を選ぶしかなかったのだ。
「よっ、今年の男子生徒九人目!」
後ろから俺に声をかけたのは、俺と同じ制服を着た男子生徒だった。俺と同じ高校一年生で、屈託のない子犬みたいな笑顔の奴。
「俺は、国谷昌治。今年も男子が少ないけど、よろしくな」
「溝口岬。最近この辺に引っ越してきたばかりだから、色々と教えてくれ」
俺の言葉に、昌治は頷く。
とても、嬉しそうであった。
「やりー。入学当初から、男子の友達ができた。俺地元出身だから、なんでも聞いてくれよ」
お気楽そうな昌治。
気の良さそうな奴だ。こいつと仲良くなったら、たぶん三年間は退屈しないだろう。それに、地元出身だから色々と案内してもらえそうだった。
「おっ、今年最後の男子生徒だ。今年は、男子は十人しかいないらしいぜ」
昌治の視線の先。
そこには、さっき道で俺の独り言を聞いた男子生徒がいた。俺は思わず嫌な顔をしてしまうが、静かに歩くあいつは表情を変えようともしない。
「赤城大和か」
今まではしゃいでいた昌治が、急に態度を改めた。
なんだか、穢れたものでも見るかのように大和と呼んだ男子生徒を見る。よく見れば大和の周囲の生徒たちは、大和に気がつくと少しばかり彼から距離をとった。
「あいつの家、色々とあるんだよ……」
それより、と昌治は話題を変える。
「部活は何にする。この学校は、運動部は男子のがないんだよな。前は男子卓球同好会があったらしいけど、今は部員不足で活動してないらしいし」
なんでも、昌治は中学校時代は男子バスケ部だったらしい。だが、俺たちが入学する学校には、残念ながら男子の運動部はないようだった。
「俺のリサーチだと、この学校の男子生徒はほとんどが家庭科部に入っているらしいぞ」
「また、男子らしからぬ部活動だな」
俺の感想に昌治は「バカヤロー!」と俺の背中を叩いた。薄々分かっていたことだが、昌治はそんなに親しくない俺でも容赦はしないタイプらしい。
「放課後に合法的に飯が食える部活だぞ。学校帰りになにか食おうとしても、ここら辺に店屋なんてないんだからな!!」
たしかに、と俺は昌治の言葉に頷く。
学校の周囲は見渡す限りの田園風景であり、男子生徒御用達のマックやファミレスは全くない。ちなみに、田舎すぎるために学校から離れてもそれらの店はない。
「だから、とうぜん家庭科部に入るよな」
強引な昌治の誘いに、俺は苦笑いする。
「すまん。俺は、放課後はバイトすることにしてるんだ。ここって、バイト禁止とかって校則はなかったよな?」
ちゃんと、それを確認してから入学を決意したのだ。俺はバイトして、少しでも家計の足しにしたかった。
「岬……この周辺にバイトを雇うような店があると思うのか?」
昌治の言葉に、俺は思わず周囲を見渡した。
そして、絶望する。あたりには店なんて、一軒もなかった。こんな環境ではわざわざ校則にバイト禁止なんて、書かないだろう。
「ミスった……」
愕然としている俺に、昌治は尋ねる。
「遊ぶ金が欲しかったのか?このあたりには、遊ぶところなんてないぞ」
それは分かりきっていた。この周辺にはコンビニもカラオケもボーリングをする施設もない。遊ぶ場所は一つもなくて、ついでに働く場所もなかった。
俺は、昌治の言葉に首をふる。
「俺の家、母子家庭なんだよ。だから、できるだけバイトして家に金を入れたくて……」
俺の言葉に、昌治は目を丸くしていた。
予想外の反応に、俺のほうが首を傾げる。
「どうしたんだ?」
「あっ、いや。親が離婚してるなんて、珍しいなと思って。ここら辺って、田舎だからか離婚率も低くてな。でも、家に金入れたいと思うなんてえらいよ」
都会では親が離婚していることなんて、そう珍しいことでもなかった。中学校の頃ですら、五人ぐらいは親が離婚している同級生がいた。
だから、珍しいと言われることもなかった。
「ここって、本当にドがつくほどの田舎なんだな」
もしかしたら、とんでもないところに引っ越してきてしまったのか知れないと俺は思った。
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