Lily, Metal Warrior

黒岡衛星

Lily, Metal Warrior

Lily, Metal Warrior


 ……膝に矢を受けてしまった。

 あまりに耳障りな戦場の音から少しでも距離を置くため、片足を引きずり歩いている。かつて『誇り高きツインリード』とまで呼ばれた男の末路としてあまりに呆気なく、しかし我ら鋼鉄の戦士には相応しい死に様と言えるかもしれない。

 なあ、エディ。お前との約束は、少しばかり重すぎた。

 無様そのものの姿が森の中、今となってはただ鈍重な肉体の置き場所を求め彷徨っている。


 忌まわしき『眠れる村』として『王国』に目を付けられる前からエディの勇猛さは近隣の町や村へと伝わっていた。我ら鋼鉄の戦士に伝わる真なる戦士<マン・オブ・ウォー>に最も近いと言われた男だ。その雄叫びは鉄の魔物<メタル・モンスター>すら一喝し、振り下ろす剣は斧のように重く、それでいて鈍重<ドゥーミィ>からはほど遠い、しなやかな素早さを備えた戦士。

 敵う者など無い。何よりも、俺が付いていたのだから。

 俺はエディとタッグを組む猟兵だった。俺は『猟兵<レンジャー>なれど騎士<ナイト>であれ』という言葉が好きだった。卑怯に誇りを持つということ。誰よりも弓の扱いに長け、誰よりも地の利を知る男が、最強の戦士を支えていたのだ。

 真っ直ぐに、正義のままに剣を振るうエディと、生き残るため弓をつがう俺。二人はいいコンビだった。

 山村にあって脅威となるのは魔物であり、狩りとその収穫によって日々を生き長らえてきた。死線をいくつも越えた俺達に敵う者など無かった。そう、無かった。

 ある日『王国』の尖兵達が哨戒しているのを発見した。俺は村長に伝えたが、彼はただ様子を見るようにとしか言わなかった。

 そうして、戦争が始まった。

 原因はわからない。俺達の村が力を付け過ぎたからだとも、単なる王女の気まぐれだとも言われた。

 戦うのは男の仕事だ。女達は武器や防具に細工と加護を施し、祈る。


 弓に施された『臨戦態勢』<モード・アヘッド>の細工を眺め、ふと足を止める。

 この細工は年端もいかぬ少女達が施したものだが、あまりに美しく、また強く加護の祈りを感じさせる。

 キンバリー、アンジェラ。彼女達は、無事だろうか。

 未だ鳴り止まぬ金属のぶつかり合い弾ける音。醜い叫び声も、尊き雄叫びも、全ては戦闘音としてただ喧しく響き続けている。

 膝だけではない。弓を持つ手もまた数多の傷を負い、容易に回復することは無いだろうと一目で解る。その時点で俺は終わりなのだ。誰よりも醜く生に縋るべき猟兵は、傷を受けた時点で敗走の道しか残されていない。

 それでも、と思う。

 やはり俺は猟兵なのだ。近くの野草に目を凝らし、痛みを止めるもの、傷口をふさぐものを探した。

 生きなければならぬ。村を守る女達のためにも。

 薬草など、それも生を賭けられるようなものはそう簡単に生えていない。挙句には毒草ばかりが目につく始末。いや。

 毒は扱いさえ間違わなければ薬にもなり得る。医術というほど大げさではないが、猟兵にはある程度の応急の知識がある。

 あった。

 カイアス、という大麻<ボング>の一種だ。強めの幻覚作用があるが、この際、仕方ないだろう。

 最早、他に頼るべきものもない。『魔女の囁きが屍を活かす<ウィッチリー・ウィズ・ザ・デッド>』だ。


 ……ねえ、ねえってば。

「は、はいっ」

 目を開くと、目の前にあまりにもきれいな顔があって、目が合って、びっくりしてしまった。

 陽気でうとうととしてしまっていたらしい。

「やっと起きた」

 くす、と笑ってきれいな顔が目の前から離れる。

「まさか、接吻ていないだろうね」

 もうひとりの、負けず劣らずのきれいな顔をしたひとは、いたずらな笑みを浮かべている。

「もう少し遅かったら、してたかも」

「もう、やめてくださいよ、先輩」

 アンジェラ先輩に、キンバリー先輩。この街にひとつしかない女学校のアイドル。美しくて、凛々しくて、素敵な、あこがれの人たち。

「本をね、借りたいの」

「はいっ」

「そんなに緊張しなくてもいいよ。ここは、図書室だろう?」

「そそそ、そうですね」

 緊張しっぱなしのわたしに、ふたりは肩をすくめる。

「わたしたちが普段、なんて言われるか知ってる?」

「いえ……」

「『思ったより話しやすいんですね』って」

 ふたりとも苦笑いしながら言う。

「そ、そうなんですか」

「……アン、やっぱりきみはジョークのセンスがない」

「……その、下品な話題しかないあなたよりはマシじゃない?」

「まあ、ぼくはきみと違って育ちが悪いからな」

 キンバリー先輩、ほんとに自分のことを『ぼく』って言うんだ……。

「とにかく、この本を借りたいんだ」

 ほんの短い言葉なのに、気を抜くとうっとりとしてしまいそう。ぐっとこらえて、差し出された本に目をやる。

「あれ、これは……」

「どうかした?」

「いえ、この本は古い方ですね。改訂版が確か……」

 とっとっと、といくつか棚を過ぎて、本の積まれている一角にしゃがむ。

 上から四段目。これ。

「これです。先日届いたばかりで、まだ、棚に差していなかったのですけど」

 先輩がたは、わたしの差し出した本を受け取ると、中身を確かめるようにペラペラとめくり、古い方の版と見比べ、何事かを相談している。

「ありがとう。でも、ぼくたちはこちらを借りて行くよ」

「そうですか? わかりました」

「手間を掛けさせてしまったわね」

「い、いえ……」

 わたしを労うつもりなのかもしれないけれど、顔を近づけないで……緊張する……。

「ここだけの話なのだけど」

「はい」

「この本、『紋章学<ペンタグラム>と祝福<ストライパー>』には大幅な検閲が入ってしまったみたいなの」

「えっ」

「ご覧なさい」

 確かに、そもそも頁の数が大幅に違う。

 目次を見比べると、旧版にはあった『周辺地域の民と神<スカイクラッド>』という項がまるごと消えている。

「きっと、旧版に関しては後に残らない形で処分するよう、令が下っている筈なんだ」

 背筋が凍る。

 もしかしてふたりは、わたしが命令に背いたことを裁くつもりなのだろうか……。

 学園の、あこがれのふたりに声を掛けられるだなんて、司書見習をやっていてよかっただなんて、浮かれている場合じゃなかったのだ。

「わ、わたし」ちょっと、気付くのが遅くなっただけで、と続けようとしたのを遮られた。

「ん? ああ、勘違いしなくていい。ぼく達はきみを処罰しに来たわけじゃないんだ」むしろ逆さ、と、その笑顔はなんだか場違いなくらい人懐こかった。

「『塔<タワー>』の影響力がこの連合<ユニオン>にも無視できない形で現れ始めたの。もうすぐ戦争になるわ」

「えっ!」

「ぼく達は地下組織<アンダートウ>に所属している。戦争の抑止を目的としているんだ」

 ふたりはもう一度、本の中身を検めた。

「これは借りて行くよ。それと」

「貴女も、組織に協力してくれたら嬉しいわ」

 そう、言い残して帰っていった。

 地下組織、連合、塔……。

 この国は、わたし達は、どうなってしまうのだろう。

 放課、寮への帰り道、いつもなら準備を済ませてとっとと寝てしまうのだけど、暗くなってもなかなか眠ることが出来なかった。


 戦火の中、響き渡る歌があった。

 繰り返される虐殺<デス・ロール>。酸鼻を極める地獄の中、勇壮なる歌が響く。


 女王のため、国のため、山々のため……

 百合の花咲く谷のため……


 塔の竜が、連合の兵士達が、その命を散らしながら征く。

 屍の参列に、勇壮なる歌が響く。


 鋼鉄!

 戦士よ、鋼の、鋼鉄の戦士よ……

 戦士よ、ああ鋼の、鋼鉄の戦士よ……


 誇りある、卑怯なりし騎士よ何処に。

 真なる戦士と謳われし男の誇りは、魂は、何処へと。

 栄光の、ツインリードよ。

 守るべき百合の花園はいま、戦火の底に。


 Warrior, Metal Metal Warrior...

 Warrior, Metal Metal Warrior......


「それで、どうなったの?」

「さあ……どうだったかねえ」

「もちろんそのあと、『栄光のツインリード』が復活して、村を救ったんだよね!」

「どうだったかねえ……」

「もう、おばあちゃん!」

 読み聞かせていた本を閉じ、孫達の顔を見る。

 好奇心に彩られた顔は、未来を感じさせた。

「さあ、どうだったか……」

 記録<レコーディング>された歴史。その先頭に彼女たちは、居る。

 百合の種はいま、ここに。


 Warrior, Metal Metal Warrior...

 Warrior, Metal Metal Warrior......

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