第11話 ラストレター

 その人とはネット上だけの知り合いだったが、コテハンも、後から知った本名も偶然だろうがFで始まってた。

 だからFさんとしておく。

 その人と知り合ったのは某掲示板サイトで、とあるシューティングゲームのファンが集まるスレッドだった。


 自虐ネタをうまく使って場を和ませるのがとても上手な人だった。

 他の人がつまらない口論で険悪になった時でも、自分が道化役になってでも両方の顔を立てて場を収めてくれる、そんな人だった。好きなものを良い雰囲気の中で語る場を作ってくれたことで、参加者はずんずん増えていき、やがてOFF会の話が持ち上がった。

 場所は東京のとある駅近くの居酒屋。

 東京近郊に住む人はかなり多くが参加してくれて70人近くにもなった。俺が参加したOFF会だと最大人数だったかな。中心になって企画してくれたのはやはりFさんで、期日的にも場所的にも一番多くが参加できるよう、手際よく段取りしてくれたから。


 だが、Fさんは来なかった。

 来ると言ってたし、特にキャンセルの連絡や宣言もなかった。

 みんなFさんに会うのを特に楽しみにしていたので、それについてはかなり残念がっていた。

 どうしてかは分からなかった。

 自分の恥になるようなことを、みんなをリラックスさせるために幾つも晒してくれた人だった。その中に、ネットで言うだけならともかく、知られた人に実際会うとなると深刻なコンプレックスになるようなものもあったのかもしれない。

 俺を含む幾人かはFさんとメールのやりとりをしていたので、送信してみたが返事はなく。

 まあ、しょうがないかということで、Fさんがドタキャンしたがっかりを吹き飛ばそうとするようにその夜は盛り上がった。

 が、それでも終わりにはまだFさんに会えなかったことを残念がっている者が何人もいたのは、Fさんの人徳だったんだろうと思う。


 数日後、Fさんのアドレスからメールが届いた。

「Fの妹です」が題名だった。

 妹さんはまず連絡が遅れたことを幾重にも詫び、衝撃的な事実を告げた。

 Fさんが1か月も前に自殺していたというのだ。

 妹さんも社会人で、個人的に多忙な時期だったために、遺品整理やらなにやらを完了できていなかったらしい。何より兄のパソコンのメールをチェックしてネット上の知人にまで連絡するべきなのか、今まで迷っていたことが大きかったそうだ。

 しかし、それでもやはり連絡しておこうと思ったことが綴られていた。


 妹さんのメールはFさんとメアドを交換してた連中に一斉送信されたらしい。

 俺達は話し合って、スレッド上でその事実を発表することにした。

 多くの人から、真剣な驚きと嘆き、冥福を祈る言葉が書き込まれ続けた。

「ああいう人ほど自分の中に抱え込んでしまったのかも」「気付いてやれなくて本当に申し訳ない」と懺悔する人もいた。俺も同じ気持ちだった。

 Fさんが亡くなっていたなら、OFF会をセッティングしてくれたのは誰? と書いた者ももちろんいた。だが誰かが、その妹さんが早々とメールに気付いてくれて、代行してくれていたんだろうとレスして、その話はそこまでで終わった。

 俺ら、妹さんのメールを直に読んだ連中は、その説には少し違和感があった。文面的に見て彼女が兄のコピーとしてネット上で振る舞うタイプとは思えなかったからだ。それでも、スレ内でそれを議論する気にはなれなかった。みんなFさんの死を本当に悼んでいて、探偵ごっこやオカルトごっこをする雰囲気じゃなかったんだ。


 ただ、OFF会前の過去ログを読み返していて気付いたことがある。

 このことはスレでも、メール仲間にも言ってないんだが。

 いや、当時から何度か眼には留まってた。けど「よくこのタイプミスするなー」ぐらいにしか思ってなかったんだ。ここだけキーの反応悪いのかなとか思ってた。

 指摘したところでうまいギャグになるような事でもなく、それで特に何も言わずスルーしていた。

 Fさんが自虐ネタを書くときによく使ってた、ポピュラーなアスキーアート。

 彼が亡くなったという日以降に限って。


「orz」というAAの、最後のzだけが全て抜け落ちていた。

 幽霊みたいに下半身が無かった。

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いわゆる実話怪談 執行明 @shigyouakira

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