第7話 水族館<その3>
私は水族館職員をしています。
生物の担当なんで裏方なんですけど、それでもお客さんのいるエリアを移動する事はあるわけです。
よく見かける女のお客さんがいたんですね。
若いんですけど凄く暗い雰囲気の人で、今どき全然染めてない黒髪の、ボサッとした感じのショートヘアなんです。いつも同じTシャツとジーパン姿でした。「STREET」と「FLOWER」という英単語が特に大きく書いてある、白のTシャツです。
失礼な話というかですけど、その人が楽しそうな顔してるところを見た事がないんです。
水族館って一般の人は娯楽で来るところじゃないですか。
家族とか恋人とか何人かで来る人が多いですし、一人で来る人だって、生き物を見る人だったら「かわいい!」とか「めずらしい!」と思って目を輝かせて見るわけですよ、よく来る人だったら尚更です。好きで来るんですから。
そりゃ中には、リアルで辛い生活してて、海の生物を眺めることに癒しを求めてるって人もいそうではありますよね。
でもそれだったら、生き物を見る目がもっと優しくてもいいと思うんです。
本当に不機嫌そうなんですよ。なんか、若者が嫌いで嫌いでたまらないおっさんが、電車でにぎやかにしてる高校生を見る時の視線? ペンギンだろうとイルカだろうとそんな目でしか見ないんです。正直、何度か「そんなにつまらねえなら来るなよ」と思いましたよ。
いや、もちろん本人に言いませんって。言うわけないじゃないですか。
同僚に愚痴ったことはあります。その同僚も何度も見たって言ってましたから。
逆に私が注意されました。「お前、そういう言い方はねえだろ」って。本人は全然そんなつもりはなくて、元々そういう顔なのかもしれないじゃないか。そもそも本当につまらないのに独りで何度も水族館に来ると思うのか、それよりは単に顔で損してる人って可能性のほうが高いんじゃないのかって。
正論ですよね。
なに私は勝手に腹を立ててるんだ、来てくれてるお客さんなのに……って反省しました。
で、ある日、新しい魚が入ったんですね。
日本の水族館では長期飼育例がない種類で、そのコの体調も不安定だったんで、私ともう一人のスタッフが泊り込んだんです。
深夜2時くらいですかね。
トイレに行ったそのスタッフが、真っ青な顔で戻ってきました。
「人がいた」って。
「ぼさぼさした頭の、白い服で暗い顔の女」
「……もしかして、STREETって書いたシャツ?」
って聞くと、蒼白な顔でうんうん頷くんです。
「どこによ?」
「大水槽に映ってた」って言うんです。
後ろを見ても、誰もいなかったって。そのとき初めて私も気付きました。
その女を見たのは、いつも水槽のアクリルに映ってた姿でした。生で見た事がなかったんです。
それからは、もうその女が映るたびに、ばっと振り向いて廊下の方を確認するようになりました。
でも一度もリアルには見られませんでした。
トイレで手を洗ってる時に映ったこともあったんですよ。歩いてるところじゃなくて、明らかにこっちを見て、ぼうっと立ってるんです。でも振り向いてもいない。
もうひとつ気付いた事があったのはその時です。その女の人のシャツの柄、普通に読めてたんです。鏡に映ってるはずなのに、シャツの字が左右逆じゃなかったんです。わざとそういう風に工夫したデザインのも探せばあるのかもしれませんけど。
幽霊って鏡に映るんじゃなくて、中にいるのかもしれませんね。
水族館は基本的に科学の世界です。非科学的な話は表向きは喜ばれません。
でもやっぱり自分が体験すると違うんですよ。科学の場としては不自然なくらい、恐いっていうか不思議な話は多い気がします。動物園や植物園、昆虫館なんかと比べてもね。え? 比べたんですかって?
はい。水族館は魚だけじゃなくて、水の生き物全般を扱います。動物園と水族館両方にいる種もいますし、そのエサになったり、水槽内に植える水草なんかも用意しないといけないですからね。だから必然的に交流はあるんですよ。仲良くなると、こんな体験談なんかもします。
水場に霊が集まるって言う話は確かに聞きますけど、それだけじゃない気がしますね。
まことしやかに囁かれてる話のひとつは、鏡が多すぎるのが悪いんじゃないかって。水槽が一杯ありますから、反射物ですよね。両側に置いてあると合わせ鏡ですから、それが霊を呼んじゃうんだって聞いたことが何度もあります。
最近は新しい水族館を建造する時には、もうデザインの段階で
「合わせ鏡を作らないでくれ」
ってのが注文に入ることも多いらしいです。もちろん公の書類には書きませんけど、口頭で内密に。
最近オープンした水族館なんかは、そういう工夫がされてるって言いますよ。
真四角の水槽じゃなくて傾斜のついたデザインにしたり、フロアの片方だけに水槽を配置したりして「合わせ鏡」にならないように気を付けてるみたいなんです。
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