第6話 ケイ兄ちゃんの皮肉

 私の従兄に、神社の宮司(神主)をやっているKという人がいる。

 大学在学中に神主の資格を取ったという人で、まだ20代前半なんだけど、私の叔父つまりKさんのお父さんが体調を悪くして入院してからは、従兄が神社を切り盛りしている。私はその人をK兄ちゃんと呼んでいる。流石にファーストネーム全部は言えないけど、呼び方も「けいにいちゃん」。

 私もその神社で、高校時代からよく巫女のバイトをしていた。


 高校当時のある日のこと。

「絵馬買いたいんだけど」

 社務所で受付をしていた私が顔をあげると、浅黒い肌のオジサンが目の前にいた。脂ぎったという言葉がぴったりの人で、なんかあんまりいい印象はなかった。太ったオジサンは一杯いるけど、優しそうな太った人と、意地悪そうな太った人いるじゃん。完全に後者のタイプ。

「絵馬買いに来たんだよ」

 置いてある絵馬を数体取り、いつまで待たすんだという態度でオジサンは催促してきた。

「あ、はい、5体ですね。2、500円のお納めになります」

 神社によっては先にお参りを済ませるようにと聞くところもあるらしいが、うちではそこまでうるさいことは言わない。お金を置いてそのオジサンは熱心に何か書き付けて絵馬を奉納したかと思うと、なぜか携帯で写メを撮り始めた。

 そしてそのまま鳥居を出て行ってしまった。

 K兄さんはその様子を、社務所の奥で何か書きものをしながら見てた。


「Nちゃーん」

 30分後、絵馬掛所(吊るすところ)からK兄さんは私を手招きした。

「今の人が奉納していったのはこの辺だったね」

「うん、そうだと思うけど……」

「みてごらん」

 普段にこやかなK兄ちゃんが、いつになく厳しい顔をしていた。

 スマートな人差し指で差された、同じ筆跡で書かれた5体の絵馬。

 そこにはぞっとするような願い事が書かれてあった。


「○○××の会社が潰れますように  △△□□」

「○○××が交通事故に遭いますように △△□□」

「○○××が病気で死にますように △△□□」

「○○××が莫大な借金を背負いますように △△□□」 

「○○××が不幸になりますように △△□□」

(○○××、△△□□はどっちも人名) 


「願い事というより、呪いだねえ。これは(笑)」

 さっきの表情は影をひそめ、また笑顔に戻って言う。いやいや、笑ってていいのか。

「さっきの人、△△□□っていうの?」

「いや、○○××だよ」

「え?」

 私は頭の中が???となった。呪われてる人の方なの?

 Kさんがその人を知っている、というのは別に驚くことじゃなかった。神社っていうのは地元でそれなりに広い顔を持つことが多いらしく、地域の小さな会社の社長さんなんかは見知ってることが多い。

「写メ取って行ったんだよね?」

「うん」

「……なるほどね」

 そう言ってK兄ちゃんはその5体の絵馬だけをさっさと取り外した。


 その後、「ちょっと調べた」Kさんが私に教えてくれたところを掻い摘んで説明する。

 ○○××という人は地元の小さな会社の社長らしい。一方△△□□は、その会社がやっていた労働法違反を、労基署に訴えた若い従業員らしかった。

 オジサン――○○××がその人を呪う絵馬じゃなく、自分を呪う絵馬をその人の名前で書いた理由は二つ。まず神様の力なんて信じていなかったから。そして、こんな悪質な絵馬を書いたという噂を広めて、△△□□さんの信用をなくすため。

 それでこんな絵馬を書いて奉納したんだろうということだった。


「こんなのやっぱり捨てちゃう?」

 私はK兄ちゃんに聞いた。少なくともずっと吊るして置いたら、参拝に来る人たちだって良い気はしないだろう。

「いいや。取り次いであげなきゃ」

 口の形だけ笑顔にして、K兄ちゃんは答えた。その夜、K兄ちゃんは「ちょっと本格的なやり方」で、絵馬の願い事を神様に伝えたらしい。


 一週間ぐらいしてから、またあのオジサンは神社にやってきた。

 落ち着かない様子で、絵馬掛所の周囲をぐるぐる歩き回っていたが、そのうち社務所に来て「なあ、先週ぐらいに買った絵馬って、もうあそこにはないのか?どこにあるんだ?」と言い出した。

「御自分で奉納された絵馬をお探しですか?」

 しらばっくれたまま、割り込んで話に入ってくるK兄ちゃん。

「そ、そうなんだよ。間違えた奴があってさ。探したいんだけど……」

 オジサンの方もあんな絵馬を奉納したとは口にしたくないらしい。一応はばかっていた。

「確か先週、5体同時に譲りうけられましたね。△△□□という名前で奉納されておられたようですが」

「……とにかく探させてくれ。自分でやるからさ。どこかに置いてあるんだろ?な?」

 K兄ちゃんが、見た事もないような顔でニターーーと笑った。

「ご安心ください。ちゃああああんと叶えてくれるよう、神様にお願いしておきましたよ」

 怪鳥のような叫び声ってこういうのかと、私はオジサンがK兄ちゃんに飛びかかった時の声を聞いて思った。まあそんなこと考える余裕ができたのは、110番してからだけど。


 その後、○○××の会社は潰れて、あの社長も地元からは姿を消したとのこと。

 願い事通りになったけど。神様の力がなくても△△□□さんが告発した件と、K兄ちゃんへの社長の暴力事件。そりゃ潰れるかもね、と今からすれば思ったりするの。

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