第3話 少女と少年


​───────だからお前は馬鹿なんだ


​───────少しは勉学にも励め


​───────"力"だけでは何も生まれないぞ


「⋯⋯うるっさいなぁ!!!!」

「わっ!?」


どん、と鈍い音がして炎月が振り向けばミレニアが尻餅をついていた


「⋯急に大声を出さないでください」


と、頬を膨らませるミレニアに短く謝罪する

どうやら夢見が悪かったらしく酷くうなされていたらしいと、ゆっくりと理解が追いつく


誰かの夢を見ていた気がする

嫌いな誰かの夢を


「くそ⋯最悪の目覚めだ」


と呟いた言葉は、当然炎月の様子を伺っていたミレニアの元に届き「⋯朝ごはん、食べましょうか」と気を遣った声が掛けられた

ミレニアには空腹が原因にでも感じられたのか、と若干冷めた目を投げ掛けるも

炎月の腹が喚き立てたので、反論出来ずに渋々彼女に従う事となる


「朝ごはんはお外で買う必要があるみたいですから、行きましょうか」


と立ち上がるミレニアを目で追って気付く

ファルの姿が何処にも無く、ベッドも既に整えられた後になっている


「なぁ、ファルは?」


と炎月が問えばミレニアは若干不機嫌そうな、ふくれ面で


「お仕事を探す為に何処かに顔を出すそうです」


と答えた

その表情は寂しさ故か、それともファルを信じてないからなのか

恐らくミレニアとファルのここまでやってきたやり取りからして、後者だろうなと寝癖を整えながら考える

確かにファルはどこか適当過ぎる印象がある

ファルが仕事を探す為に出るとすれば何処だろうか、と考える

確かにファルは適当だが、ミレニアの事となれば別だろう、と炎月は考えている

ミレニアは鈍いのか気付いていないが、ファルはミレニアをかなり大切に思っている、とほぼ初対面の炎月ですらわかる


…だが、まぁ…


(多分、結構振り回されてるから、素直に愛情を受け止められないんだろうな…)


とは、炎月も考える。

僅か半日ほどしか接していないが、それでもあのファルの自由加減というか……説明無しに行動に移る様子は何度もやられると、疲れが出てくるものだろう。


ひとまず軽く、朝食を買いに行く程度に身支度を整える

「行けますか?」というミレニアの声に炎月が頷きを返せば、笑顔で「じゃあ行きましょうか」とミレニアが扉を開いた。


──────────


「………ここ、何処です?」


炎月の盛大な溜息にミレニアは思わず肩をふるわせる。

確かに地理も分からないまま出たのは悪かったとは思っている、思っているが…ミレニア自身もまさか見知らぬ街がこんなに複雑な作りをしているとは思わなかったのだ。


「…朝飯どころか昼飯…いや、夕飯が食えるかも怪しいな」


炎月がぽつりとつぶやく。

同時に宿を出る時に受付の人間に声を掛けておいて良かったと心の底から安堵した。

…もし、帰れなくなったとしてもいざとなれば帰ってきたファルが探しに来てくれる事だろう。

ファルならば見つけてくれる確信が炎月にもミレニアにもあった。


「動けば動く程迷う気しかしません…ひとまず休憩しましょう…」


「同感…」


くるりと見渡す視界内に入り、かつ直進の他移動の必要が無い範囲内でベンチを見つけて腰掛ける。

この椅子に座る前も何度か立ち止まったり座ったりして休息を取ったものの、迷子になりながら歩くというのは普通に歩くより体力を使うものだ。


「もう…ファルさんは何処に仕事を探しに行ったんでしょう…」


ミレニアが呟く。

…確かに、ファルが入ればここまで迷う事はなかった可能性がある。

今その考えに至っても意味は無いのだが…


「そうだ、今のうちに聞きたい事を聞いておきましょう」


ミレニアが手を叩きながらそんな事を言い出すので、まさか自分に聞こうとしている?と 炎月は僅かに警戒しながらミレニアを見る。

当然だがここには炎月しか居ないので、聞く相手は炎月だ。


「ウェルス帝国ってなんですか?」


ギリィ、と炎月の奥歯を噛む音と胃が痛む音が重なった。

そこから? というのと、おそらく異邦人である自分がなぜ帝国の人間に帝国の事を教えねばならないのかという何もかもが可笑しいこの状況が、炎月にとってはストレスでしかない。

ただ、悪いのはミレニアでは無い事は何となく炎月にも分かっている。

大きく深呼吸をしてから、必死に知識を絞り出す。

何度も繰り返すとおり、炎月もウェルス帝国の歴史に詳しいわけでは無かった。


記憶が飛んでしまっているとはいえ、常識は残っている。

その常識が僅かにこの地で違っているのは、おそらく国が違うからなんだろう、というのはお世辞にも頭がいいとは言えない炎月にも考え付くことは出来る。

…そして、その炎月にウェルス帝国の知識があるのか?


答えはほとんど無い、が正解だ。


「…言っとくけど、俺ほとんどコッチの歴史知らねぇからな?」


と言えばミレニアが「私もです!」と笑顔で返すので、炎月は項垂れたくなる。

悪いのは多分ミレニアではない、ミレニアでは無いのだ


取り敢えず知っている知識だけでも教えておかなければ、と炎月は口を開いた

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

ウェルス帝国の始祖は双子の男と女だ。


北の閉ざされた大地で神託を受けてやってきた彼等は、土地の荒れ具合にまず驚いた。

とてもでは無いがヒトが生活出来る土地では無いと判断した双りは、まず土地の浄化から始める事にした。

と言っても草を植えた所で荒れた大地には育つ養分がなく、水を撒いた所で枯れた大地には意味が無い。


苦悩の末、女が三日三晩飲まず食わずで大地に祈りを捧げて命と引き換えに聖石を創り出し、

創り出された聖石は4日かけて大地に命と恵みを取り戻した。


男はその大地に人々を招き、国を作りあげた。

それがウェルスの始まり


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


ふむ、とそこまで聞いてからミレニアは首を傾げる。


「つまり、私達は…始祖の子孫ということに…?」


「いや…確か…」


ウェルス帝国は浄化した大地に人を招いて作られた国だ、だからどちらかと言うと国民は双子の子供もというより、招かれた人間の方が多いのでは?


「…うーん、あんまり詳しくは知らねぇけど」


「知ってます」


頭痛が痛い。

そんな思いで頭を抑えつつ、なんとか知識をかき集める。


「基本的に始祖の血を引いてるのは皇帝一族だけで、普通の国民は招かれた血らしいぞ」


多分、が全て付く。

ウェルスの神話はちょっと分かりにくくて敵わない、もっと「全ての国民が神様が泥捏ねて作ってみました」みたいな簡単な話なら良いのに、と炎月は思うのだが。


「炎月くんアレなんですか?」


「ねぇ俺の話ちゃんと聞いてた?」


唐突に話を変えたミレニアにため息を吐きつつ、指さした先を見てみる。

…犬、の様なものがこちらをじっと見ていた。

犬ならミレニアの牧場にもいたような気がするが、と思いかけハッとして犬をもう一度詳しく見る。

何か、おかしい。

ミレニアは警戒した目で犬をじっと睨むように見ている。

ミレニアは羊飼いだから、羊を守る為に野生動物に対しての危機察知能力は高いのだろう。

じっと犬もどき…呼び分けが面倒なのでイッヌから目を離さないまま、大きく膨らんでいる鞄に手を入れている。

炎月も立ち上がり、腰元に手を添え​───────


「んえ?」


「はい?」


腰元に手をやったのは良い、だが、それで、そこから、


(​───────どうするんだっけ?)


「炎月くん!!」


パリン、と硬いものが割れる音が聞こえた。

ハッと意識を取り戻せば、強い匂いに思わず顔を顰める。

酸っぱい匂いから、酢か何かだろうかと予測しつつ犬に視線を向ける。

クシュン、と聞こえたのは炎月のくしゃみでは無い。


(…犬が嫌がってる)


匂いの元を辿れば、陶器の破片が散らばっていた。

地面に広がる染みから強い酢の匂いがする。


「炎月くん、逃げましょう!」


ぐい、と袖を引かれて振り返ればミレニアが犬から目を離す事無く炎月に路地の先を指さす。

多分入ればまた迷うだろう、だが様子の可笑しいイッヌに噛まれるよりは絶対にマシだ、アレは嫌な予感がする。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「これは困ったなぁ」


困ったなぁはこっちのセリフだ、と男は頭を抱える。

目の前で穏やかに微笑んでいる女が何を言いたいのかは何となく理解してきてはいる。

生きる為に金が必要で、仕事を探している事

一箇所に常に留まる事が出来ないから各都市に拠点を置いているこのギルドがいい事

わかる、とても理解出来る。

だが、このギルドは実力主義だ、目の前の女は体付きも華奢でとてもじゃないが力がありそうには見えない。


ウェルスには今大きな問題がある。

機械によって様々な発展を遂げているウェルスだが、その発展が問題を産んでいるのだ。

機械の開発や、機械から出る廃棄物によって大地が汚染され始めたのだ。

そして汚染された大地から、汚染された生物と呼ぶべきか…通常の生き物に姿は似ているが、凶暴性の増した生き物が出現し始めた。

それを討伐する為に生まれたのが「護衛ギルド」である。


「あのねレディ、身分が証明出来なければ仕事はおろか、登録すら出来ないんだよ?」


「私はレディという歳ではないが」


肘をついていた手から顎をうっかり滑らせてしまい、顎を強かに打ち付ける。

この女、話が微妙にズレて伝わるのは何故だ?


「あのね、そうじゃなくて」


「ああ、名前ならファルという」


「そうじゃなくてね?」


このやり取りはもう、何度目だろうか?

いい加減に疲れてきた、と男は大きく長い溜息を吐くが、女…ファルは最初から変わらず穏やかな笑顔で話している。

思わず顔を覆って蹲ると、耳に騒がしい音が飛び込んでくる。

慌ただしく駆けてくる足音に顔をあげるのと同時に、扉が叩き壊されるのでは? という勢いで開かれる。


「大変だ!! 街中に獣が出た!!」


全力で走ってきたらしい男はそのまま膝から崩れ落ちた、その男にファルが近寄って背をそっと撫でている。

そういう気が遣える程度には常識があると考えるべきか、と思いかけて…いや、多分事情を聞き出す為だろうなと男は遠い目をする。

受付という仕事をこなす為に、男は人の性格をある程度把握するという特技があった。

ここまで交わしてきた会話から把握出来るファルの性格は自由人、だ。

基本的に他人の事情など彼女にとっては、本当に他人でしかなく、自分にとって必要な事以外は興味が無い。

はっきり言って男はこういうタイプが一番苦手である。


「場所は? 誰かが怪我をしたりはしたかい?」


ふと、男はファルの手付きが気になった。

ファルの何処か無機質さを感じる穏やかな瞳は、駆け込んできた男の瞳に向けられている。

ファルは癖なのか、話している人間から…つまり今はあの男から一切目をそらさないまま話している。

だが、手はずっと動いている。

が怪我をしているかを聴きながら、その手は男の体の至る所に触れる、まるで母親が我が子の怪我を触れて確かめるように。


「場所は西の方だ、怪我はしてねぇ…けど、二人の子供が獣に向かって瓶を幾つか投げてるのが見えた」


「ふむ」


ファルがそのままゆっくりと目を閉じた。


(いいや、違う)


困惑する男に対し、受付の男は素早く理解する。

アレは音を聞いているのだ、音をもっと詳しく聞く時は他の感覚を絶とうとするらしいとどこかで聞いた。

が、受付の男はだからこそほんの少し疑問に思う。

目を閉じなくても彼女は聞こえるのではないか?

だって、彼女は


「すまないがこれを借りてもいいかい?」


ふと受付の男が気が付けば、ファルが威力補助型の片手剣を手に持っている。

駆け込み男が慌てている辺り、持ち主は彼だろう。

片手剣とはいえ、威力を補う為の機械部分が中々の重さの筈なのだが、彼女は軽々と投げて回し受け止めてみせる。


「…頭の軽そうな武器だな」


「今から借りる武器に文句を付けるな」


眉を顰める彼女に、溜息を吐く。

確かに刃の根元に機械が集中している様は無様というか見映えが悪いとしか言い様がない。

が、正直言って頭の重たい武器脳筋が使うような武器を使う人間は今の世の中かなり少ないのだ。

というか振り回せる人間がそもそもそんなに居ない。


「いいか、機械の使い方を教えるぞ?」


「要らん、覚えるのが面倒だ」


このクソアマ…という感情を必死に飲み込み、男は頭を抑えながら説明する。


「街中に現れた獣を仕留める事、わかってると思うが歩合制だ、仕留めた数だけ金は払うし被害の数だけ引いていく」


「そうか」


特に興味もなさそうに笑顔で頷く。

コイツ本当に分かってるんだろうな、と眉間に皺を寄せつつ「気をつけて行ってくるんだぞ」と声を掛ける。

ファルは「わかった」と言いつつひょい、と飛び上がり建物や入り組んだ路地全てをショートカットして走っていく。


「…ウィル、あれ…」


と、駆け込み男が震えた指でファルの去った方向を示す。


「……究極の面倒臭がり屋だ、ほっとけ。」


遠い目をしながら答えた受付男ウィルの総合的な判断はこうだ。

ファルという女は、究極の面倒臭がり屋にして不器用人間。優しさはあるがあのズボラさと言うべきかマイペースさが全て台無しにしている。

強さに関しての判断は、問題なし。


ファルの武器を扱う腕はどう見ても玄人のそれであった。


本日何度目だろうか、ウィルは大きく長い溜息を吐く。

そう、護衛ギルドの受付をやっているウィルはああいう性格の玄人は化け物だと言うことを、よく…とてもよく知っている。

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