5.男の子……だよね?

 ショッピングモールから再びバスに乗り、3時ちょっと前には海陽学園に着いた。

 車道からまっすぐに伸びた学校へ続く道。左手にはテニスコートが4面あり、奥にグラウンドが見える。

 目の前には茶色の壁に緑の屋根の建物がいくつか並んでいて、モダンな感じ。


 歴史が古い英凛学園は、高い壁に囲まれた厳めしい感じの外観だったのよね。門番がいて出入りする人間も厳しくチェックされていたし。

 それと比べると、すごく開放的で明るい雰囲気だ。この正面の建物が中学部と高校部で……右手の奥が、男子寮と女子寮だったはず。


 バスから降りると、ユウはそのまま私についてきた。

 珍しそうに辺りをキョロキョロと見回している。


「今から学校が始まるの?」

「ううん。私は特待生だから、学校が制服とか教科書一式用意してくれるの。今日3時に取りに来るように言われてて……」

「ふうん……」


 ユウはそう言うと、自分の袋から箱を取り出した。

 どんな材質でできているかもよくわからない、立方体の手の平サイズの箱。


「ちょっと待ってね」


 そして、私の目の前で箱の蓋を開けた。

 何か霞のようなものがぶわっと放射状に広がったのが分かった。何も視えなかったけど、その霞が風のように私の体を突き抜けたのを感じる。

 でも……ただそれだけで、まわりを見渡しても何も変わらない。

 いったい何が起こったのか、全くわからなかった。


「……今の、何? またフェル?」


 ユウに聞くと、ユウは少し驚いて、私の質問には答えず黙りこんだ。

 しばらくして

「……何か変化はない?」

とだけ聞いてくる。


「特に……。何も視えないけど、何か通り抜けていったよ。ただそれだけ」

「……」


 ユウは再び黙りこんだ。

 様子がちょっと変だったから、私も黙ってユウの次の言葉を待った。


「……とりあえず、行こうか」


 長い沈黙の後、ユウはぽつりとそれだけ言った。

 どうやら今は話せないことらしい、と諦めて、それ以上質問はせず、黙っていることにした。



 学校の受付窓口で名前を名乗ると、事務員の人が一階の奥の部屋に案内してくれた。

 ユウはそのまま私の後ろをついてきていた。

 指定された部屋に入ると、ネームプレートがついた制服と教科書が3組ほど並んでいた。


「こちらが特待生のしおりになっていますから、必ず目を通しておいてください。学期に1回、特待生認定テストがありますから、忘れずに。本校の模範となるよう、頑張ってください」

「はい。ありがとうございます」


 私はぺこりと頭を下げた。


「あなたは……」


 事務の人がユウを見た。


「上条さんの知り合いの紙山ユウさんですね。あなたの分はこちらです」

「へっ?」


 ユウも特待生だっけ? ……というか、いつの間に学校の手続きまで?

 びっくりしてユウと事務員さんを見比べる。事務員さんはネームプレートがついているものではなく、更に奥にあった別の一揃いをユウに手渡した。


「ありがとうございます」


 ユウは微笑んで会釈をした。


「後の手続きもお願いします」


 ユウがそう言うと、事務員さんは黙って頷いた。


「さ、行くよ、朝日」

「あ、う、うん……」


 事情は全然呑み込めなかったけど、ユウが私をぐいぐい引っ張るので仕方なくその場を後にした。

 靴を履いて外に出る。


「次はどこに行くの?」

「寮……あの建物、だけど……」


 頭の中がまとまらないまま、奥に見える建物を指差す。

 ユウは「なるほど」と呟くとスタスタと歩き始めた。


 えーと……うーん? どうなってるのかな……。


 そんなに距離があるわけでもないので、あっという間に中庭に着いた。中庭を挟んで、左側が女子寮、右側が男子寮になっている。


「女子寮、こっちだから……」


 とりあえず後で待ち合わせしよう、と続けて言おうとしたけど、ユウは

「ふうん、わかった」

と言って女子寮の方へ向かって歩き始めた。


「え、え?」

「行くよ、朝日」

「ちょ……ちょっと待って! どこまで一緒に来るの?」


 後を追いかけながら、ユウの背中に問いかける。

 女子寮の前に着くと、ユウはぴたりと足を止めて振り返った。


「僕も女子寮に入るんだよ」

「嘘でしょ!?」

「ほんとだよ。……とにかく行こうか。説明は後の方がよさそう」


 そう言うと、ユウはおもむろに歩きだして女子寮の中に入って行こうとした。


「えっ、ちょっと待って、待ってってば!」


 慌ててユウの腕を掴む。

 説明は後って、それじゃダメでしょ! ここ、大事なとこ!

 えーと、どこから説明しようか……。

 私は深呼吸すると、じっとユウを見上げた。


「……あのね。女子寮って、女の子しか入れないんだよ」

「知ってるよ」

「ユウは男の子だよね?」

「……」


 ユウは黙って微笑むと、私の手を払ってそのまま先に入ってしまった。


「えっ……ちょっと!」


 慌てて後を追いかける。

 いや、男子が女子寮に入っちゃ駄目でしょ!

 どうしよう、すごく怒られるよ!


「……こんにちは」


 ユウはにっこり笑って窓口の寮母さんに声をかけた。


「こんにちは。今日から寮に入る1年生ね。お名前は?」

「紙山ユウです」

「紙山、かみ……ああ……」

「部屋はありますか?」

「部屋は……2階の201号室ですね。これが、鍵です」


 あれっ!? どういうこと!?

 何の問題もなく話が進んでいる……。


 私はユウと寮母さんが自然に会話をしているのを呆然と眺めていた。


 なんで注意されないの? どうして部屋まであるの?

 一体何が、どうなってるの?


「……あら?」


 寮母さんと目が合って、ハッと我に返った。

 背の高いユウの後ろに隠れてしまって、チビの私の姿は見えなかったみたいだった。


「あ、上条……朝日です。今日が入寮予定日で……」


 やっとそれだけ言う。

 寮母さんはパラパラと書類をめくって確認し、○をつけると、私にも鍵を出してくれた。


「私は寮母の佐藤です。でも、おばさんでいいわよ。これから3年間よろしくね。これが、部屋の鍵と寮の説明書。……202号室ね。荷物が郵送されてる場合は食堂にあるから、持ってから部屋に上がってね」

「わかりました。ありがとうございました。」


 ユウが私の代わりにお礼を言った。私も、慌てて笑顔を作った。

 いや、笑ってる場合じゃないような。


「行くよ、朝日」


 頭が混乱していてまごまごしている私を促し、ユウは管理室を後にした。

 私は寮母さんにぺこりと頭を下げると、呆然としたままユウの後をついていった。


「……詳しいことは部屋に着いてからね」

「……」


 正直言って、かなりパニックだった。

 ユウが特待生として海陽に入った。

 そこまでは、まだいい。何か事前準備をしていたのかもしれない。

 でも、でも……女子寮となると話は別でしょ!

 ユウは綺麗だけど、私から見たら男の子にしか見えない。


 でも、寮母さんは何の違和感も抱いてなかった。ユウを女の子として扱っていた。

 思えば、ブティックの店員もユウを女の子と間違えていた。

 ユウはそれを否定も肯定もしていなかったけど……。


 え? じゃあ、ユウは女の子なの?

 でも、男の子って言ったとき、否定しなかったよね?

 まさか両性……?

 そしたら、私のドキドキはどうなるの?

 うー、訳がわからない!


 頭の中がぐるぐるする。

 先に送っておいたいくつかの荷物を持とうとすると、ユウがさっと一番重い荷物を持ってくれた。軽々と持ち上げて目の前の階段を上っていく。


 ……やっぱり男の子だよね……? そうだよね?


   * * *


 部屋に着くと、ユウは「僕も洋服を片づけてくる。片付けが終わったころに顔を出すね」と言い残し、隣の部屋に戻っていった。

 その様子を見送ると、ククラクラする頭を抱えながら、私は自分の部屋のドアを開けた。

 壁はすべてベージュで塗られていて、まっすぐな廊下の奥にドアがある。左手にもドアがあったので開けてみると、シャワー室だった。

 そうか、大浴場は嫌がる人もいるものね。


 奥の扉を開けると、六畳ぐらいの部屋。フローリングで、左手の奥には備え付けのベッドと上にエアコン。右手には机と本棚。右手の手前側にはクローゼットもある。

 ベッドと机、本棚はすべて木目調で、大型量販店でよく見るような、シンプルなデザイン。

 布団は先に買って送ってあったので、部屋の中央にどーんと置いてあった。


 そうだ……まず、これを開かないと。今日から寝られない。

 私はとりあえず布団の包みを広げた。

 それが終わると、他の荷物もどんどん広げていく。

 片付けている間に、頭のぐるぐるも少し治まった……ような気がした。

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