4.ようやく現実に帰ってきた

「――朝日!」

「うぎゃぁっ!」


 思わず叫ぶ。

 ユウが、私の手をぎゅっと握っている。……心配そうな顔。

 王子様の憂いを帯びた表情は、破壊力抜群だ。

 ちょっと、そ、そんなに顔を近づけないで……。


 慌てて周りを見渡すと……元の喫茶店の中だった。ウェイトレスが胡散臭そうな顔で私を見ている。

 「すみません」と口の中で呟きながら、頭を少し下げた。

 幸い、他には客がいなかったから……営業妨害とかには、ならないよね。


「朝日、大丈夫? 幻でも見たの? ごめんね。手を握ってこっちに引き戻そうとしたんだけど……」

「大丈夫……。ちょっと疲れただけ。ユウが謝ることじゃないよ」


 まだふわふわしてるけど、慌てて笑顔を作る。

 白昼夢を見るなんて……。

 私ってこんなに想像力豊かだったかな……。


 ユウはホッとしたように息をつくと、私の手を離した。

 そして「話はこれで終わりだよ」と言うと、コーヒーが残り僅かになっているカップを手に取った。

 窓から外の景色を見ながら、優雅に口に運んでいる。

 異国の王子様みたいな、一枚の絵画のような、奇麗な光景だった。

 思わずボケッと見とれていると、視線を感じたのかユウがこちらに振り返った。


「……で、どう? だいたい分かってくれた?」


 我に返る。慌てて残ったコーヒーを飲み干した。


「……一応は分かったけど、あんまり解らない……」


 ぼそっと呟くと、ユウは「そんな難しいこと言わないでよ」と言いながら笑った。


「だって――これからずっと傍にいるんだから」

「……」


 そんな歯の浮くような台詞をさらっと言われても……。なんか、ピンとこない。

 でも……夢の男の子が現実に現れて、「傍にいる」と言ってくれている。

 そのことが何だかとてもこそばゆくて、恥ずかしいような、嬉しいような……不思議な気持ちだった。

 どう言ったらいいのかわからなくて、私は黙って頷いた。

 


 その時、バスが来たのが窓の向こうに見えたので、私たちは慌ててお会計を済ませて喫茶店を出た。

 ユウはお金のこともよくわかんなかったみたいで、もちろん一円も持っていなかった。

 しかたなく私が出したけど、異世界から来たんならそれも当然かなあ、とも思う。きっとユウのいたテスラでは貨幣はなく、あくまで物のやりとりでみんな生活してるんだろう。

 自分でも何でこんなにすんなり受け入れているのかわからないけど、ユウが一緒にいてくれる方がいい、ということは間違いなかったので、あまり深く考えないことにした。


 どうにかバスには間に合った。後ろの方の左側の席が空いている。

 ユウに窓側を勧め、ホッと一息ついたところで……妙に視線が集まっているのを感じた。


 そうか、ユウが目立ってるのか。カッコいいっていうのもあるけど、何より着ている服が上下白の変わったもので、まるでリアル王子様みたいだから、っていうのもあると思う。

 これでマントをつけて王冠かぶったら、完璧かも。


「ねえ、荷物は他に何もないの? 着替えは?」

「あ、そうだった」


 ユウは懐から手の平に載るくらいの小さな袋を取り出した。その瞬間、給食袋ぐらいの大きさに膨れたので、びっくりした。

 叫びそうになるのを慌ててこらえる。

 ちょ、ちょっと……誰も見てなかったでしょうね。


「今のもフェルなの?」

「フェルティガね。……まぁ、そう。ヤジュ様がもたせてくれた」

「何が入ってるの?」

「う~ん……箱と宝石……はいいとして、これ何だろう? 知らないな」


 そう言うと、ユウは中から一万円札の札束を取り出した。


「……っ」


 一瞬喉につまって声が出なかった。私は慌ててユウの手を抑え込んだ。


「そんなの見せびらかしちゃ駄目!」

「恥ずかしいものなの?」


 私の小声に合わせてユウも小声で聞き返す。


「それ、お金だよ。それも、かなりの大金」

「え? でも、さっき朝日が見せてくれたのと違うよ? 紙だもん」

「それは、さっきのは硬貨でこれは紙幣だから……。まあ、とにかくしまおうね。こっちではすごく大事なものだから。失くしたら大変なの」


 不思議そうなユウを尻目に、私はぎゅうぎゅうとお札を袋に押し込んだ。


「必要なものはすべてあるってヤジュ様が言ってたけど。……あ、そうか、これがさっきみたいに人に渡して使うものなんだ」

「そういうこと。とりあえず、ここにいるなら服は買わないと駄目だね」


 寮に行ってから学校に行こうと思ってたけど、学校には3時に着けばいいし。


「じゃあ、まず買い物に行こうね」

「うん」


 ユウは嬉しそうに微笑んだ。

 

   * * *


 バスを途中で降りて、ショッピングモール行きのバスに乗り換えた。

 ショッピングモールに着いてから、とりあえず男の子の服の店に行ってみたけど、ユウは身長のわりに身体の線が細すぎてサイズが合わない。

 男の子と出歩いたことなんてないから、どうしたらいいかわからなくて私も困ってしまった。


 仕方ないので、私がよく知っているレディースのお店に行った。

 店員さんがユウを女の子と間違えて春物のワンピースとか勧めるからびっくりしてしまった。

 ユウは「男です」って否定するのかと思ったら「ズボンが好きなので、自分で探すからいいです」と丁重に断っていた。

 別に怒っている風でもないし、恥ずかしがっている風でもないのでちょっと不思議だった。


 ……そうこうしているうちに、いつの間にか2時頃になっていた。


「そう言えばお昼ご飯食べてなかったね。お腹すいてない?」

「うーん、あんまり。僕たち1日1回しか食事しないから。でも、こっちは違うんだよね」

「うん。朝、昼、晩の3回。ユウは、それだけしか食べないからそんなに細いんだと思うよ……」

「うーん……でも、朝日はお腹すいてるよね。僕は飲み物だけでいいから、何か買って食べようよ」


 とりあえずショッピングモール内にあったファーストフード店に入り、ハンバーガーとポテトとアイスコーヒー2つを頼んだ。ここは、私が奢ってあげた。


「あー、お腹すいた。頂きます!」


 ハンバーガーを頬張る。

 そんな私を見て、ユウがくすくすと笑った。


「朝日、食べてるとき幸せそうだよね。……そう言えば、ケンカの仲裁に入って殴られて青アザをつくったのも、給食の時間じゃなかったっけ?」

「えっ、何で知ってるの!?」


 びっくりして、むせそうになる。

 確か、私が小5のときかな。クラスメイトが揉めて、なだめようとして間に入ったら、男の子のパンチが顔に当たっちゃって……。

 私自身はたいしたことないと思ってたんだけど、そのあとポンポンに青く腫れてしまって、帰ってきたママが私の顔を見るなり卒倒してあわや入院騒ぎになったのよね。


 ……そう言えばこのときかな、「ママには私しかいないんだから、何があっても私がママを助けないと」と思って、お医者さんに憧れるようになったのは……。


「ずっと視てたって言ったでしょ」

「え、あ、そうか。でも……」

 

 あれは学校での出来事だし、あのとき教室にいた子たちしか知らないことだ。私が仲裁に入ったなんて。

 ずっと視てたって……本当なんだ。

 白い髭のおじいさんが出した、夢鏡ミラーとかいうやつで……。

 私は改めて、ユウが異世界から来た、という事実を実感した。


「朝日は空手をやってて同級生よりずっと強いのに、あのときやり返さなかったよね」

「だって、わざとじゃないし、謝ってくれたもの。それにそれでケンカは収まったから、結果オーライ! そのあとのママの方が大変だったけどね」

「ママと仲いいんだね。会ってみたいな……」

「えっ、それは視てないの?」

「うん。視たことないな。だから、もっぱら学校の様子かな。僕の勉強も兼ねてたのかも」


 ユウは当時を思い出しているのか、遠くの方を見つめていた。

 今はもう、白の上下の服からさっき買った洋服に着替えてしまっている。

 これで目立たなくなるかな、と思ったけど、やっぱり綺麗な顔とすらりとした長い手足は際立っていて、近くの席にいた男の子の集団がチラチラとこちらを見ていた。

 その視線の先は、私ではなく、ユウ。


 ……え、男の子ですら気になるほどの美少年なのか……。私の立場は?


 そしてユウもその視線に気づいたらしく、ちょっと恥ずかしそうに右手で顔を隠した。

 ジロジロ見られるの、嫌なのかな。


「……そういえば、ユウは何歳なの? 私と同じくらい?」


 喋っていれば、視線もあまり気にならないかもしれない。

 そう思い、ふと思いついたことを聞いてみる。 

 ハーフっぽい顔をしているから、よくわからないんだよね。


「えっと、確か17……」

「2つ上だ。誕生日いつなの?」

「誕生日って産まれた日のことだよね。でも、よくわからない。テスラではあまり気にしていないし……。でも、春だよ。雪が溶けてキエラ軍が進軍できるようになったから、南のドリスに攻め込んだって聞いたような……」


 そこまで言ってさっきの出生の話を思い出したのか、ユウは少し暗い顔をした。

 私は慌てて


「じゃあ、今日にしよう! 誕生日」


とはしゃいでみせた。


「今日?」

「そうそう。だって、出会った記念! 今日、4月7日がユウの誕生日!」

「……」


 ユウはびっくりしたような顔をして私を見つめた。

 ちょっと恥ずかしくなって、私はアイスコーヒーを一気に飲んだ。


「誕生日はね、『生まれてきてくれてありがとう』『出会ってくれてありがとう』って喜ぶ日なの。だから、みんなでお祝いするの。私がちゃんと覚えておくから、来年の今日、一緒にお祝いしよう?」


 精一杯明るく言ってユウを元気づけると、ユウは


「……そうだね。ありがとう、朝日」


とちょっと笑って私の手を握った。


「あは、あはは……」


 かなり照れてしまって、私は何だか変な声で笑ってしまった。

 何回も言うけど……私、男の子に慣れてないんだから。

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