3.ますます混乱していく

 不思議な力を持つ王子様みたいな綺麗な男の子・ユウが、異世界からやって来た……。

 

 反芻してみたものの、頭はパニック状態のままだ。

 私は慌てて、コップの水をゴクゴクと飲み干した。

 すると、ウェイトレスが「どれだけ飲むのよ」という感じで若干迷惑そうに三杯目の水を持ってきた。

 すみませんね。でも、事態を飲み込むのはお水を飲み込む必要があったのよ。


「えっと……そんな人が何で私のところに?」

「あ、切り替えが早いね。でも信じてくれて、嬉しい」


 ユウはますます嬉しそうにした。


「信じてもらうのに、すごく時間がかかると思ってたから」


 それは夢で逢ったから、と言おうと思ったけど、何だか告白みたいで恥ずかしい。

 別の言葉を探したけど、なかなかいい言葉が見つからなくて、

「あはは……」

と笑って誤魔化すしかなかった。


「それじゃあ、簡単に説明するね」

「うん」


 私が頷くと、ユウはちょっと微笑んだ。

 王子様が語るお伽噺か……と思いながら、私はコーヒーを一口飲んだ。


「僕が住んでいた世界――テスラは、周りが海で閉ざされた小さな世界で……二つの国〈エルトラ〉と〈キエラ〉があるんだ」


 ユウは目を閉じた。

 自分がいた世界の景色を、ゆっくりと確認するかのように。  


「世界の中央を流れるエミール川の西側が、肥沃な大地に恵まれた自然豊かな国、エルトラ。東側が、化学と科学技術が発達した国、キエラ。もともとは〈テスラ〉という一つの国で、精霊の声を聞く〈フェルティガエ〉である女王が代々統治していた」

「……フェルティガエ?」

「あ、フェルティガを持っている人のことだよ」

「ふうん……」


 夢で見た風景をぼんやりと思い出す。

 木々の緑が鮮やかで……風の匂いがした。

 白い空が印象的だったな……。


「現在、このエルトラとキエラは長い間戦争をしている。間に停戦を挟んだりもしているけど……70年近くね」

「70年!?」

「そう。一応、フェルティガエを優遇する女王の方針に反発した人間が起こした、となってるね。キエラというのは『女王の支配から逃れ、フェルティガエでない人間に主導権を!』という思想から創られた国なんだ」


 フェル何とかっていう不思議な力を持たない人が、持つ人たちが中枢にいるのを不満に思い、独立して新しい国を作った。

 そういうことよね。

 で、ユウは……その不思議な力を持っている。

 と、いうことは、つまり……。


「……ユウは、エルトラの人なの?」

「違うよ。僕は、フィラの民なんだ」

「フィラ?」


 また新しい単語が出てきた。

 私の問いに頷くと、ユウはコーヒーを一口飲んだ。


「エルトラの南部には四方を崖に囲まれた天然の要塞みたいな地域があってね。かつては、自給自足で暮らす人々がいくつかの村をつくって生活していた。これらはまとめて〈フィラ〉と呼ばれていたんだ」


 独立自治区、みたいな感じかな。

 ……ん? ……?


「……今はないの?」

「うん。――僕が、滅ぼした」

「えっ……」


 一瞬、意味が分からず、言葉に詰まる。

 ユウは腕を組んで深い溜息をつくと、窓の外を見た。

 少し寂しそうな表情で……どう話せばいいか、困っている感じでもあった。

 そして私の方を向くと、覚悟を決めたように口を開いた。


「テスラ全体ではフェルティガエって3割にも満たないんだけど、その大半はフィラの民なんだ。フィラって地形的に孤立してるから、キエラからフィラへ行くには、キエラ最南端の町〈ドリス〉からエミール川の支流を下るしか手段はないし、エルトラからフィラへ行くのも、高い崖をも飛び越える飛龍に乗るしか方法がない。そのためフィラはどちらの国にも支配されることはなく、同じ種族間でずっと続いてきてるんだよね。だから、血が濃いっていうか……フィラには強力なフェルティガエが多いんだ。そういう意味で、フィラっていうのはちょっと別格というか……」

「不可侵領域ってこと? でも……」


 さっき、もうないって……と言いそうになって、慌てて口をつぐんだ。

 ユウにとっては辛い出来事のはずだ。迂闊に突っ込んでいい話じゃない。

 私が言葉を呑み込んだのを見て、ユウはちょっと笑った。……大丈夫、というように。


「その難攻不落のフィラに、キエラが侵攻してきたんだ。キエラの王、カンゼルが自らね。フィラと交流のあった〈ドリス〉の町の人を襲い、そのままフィラへ攻めてきた。……まぁ、最初から目的はフィラだったんだろうけど」

「どうして?」

「カンゼルは優秀な医学者であり科学者でね、『キエラもフェルティガを利用できるようになれば、技術がある分容易にエルトラを征服できる』と考えたらしく……停戦中も、フェルティガエの誘拐事件が起こっていたんだ」

「誘拐……」

「実際、キエラは20年前、急に停戦協定を破棄してエルトラに攻め込んだんだけど……そのとき、フェルティガを含む攻撃を行ったからね」

「え!? キエラは……その、フェル何とかを使えない人の国じゃないの?」

「そうなんだけどね。なんか、円筒の容器が投げ込まれて、その容器からフェルティガが発動するという仕組みだったんだって。キエラは、フェルティガエを攫って研究していたんだろうね。それで、それが完成したから戦争に踏み込んだんだと思う」

「……」


 捕まえた人で人体実験でもしていたんだろうか。……ひどい。

 つまり……そのカンゼルって人は、本当に優秀で、そのフェルっていう、不思議な力を戦争に利用する方法を確立したんだ。


 その方法を確立するまでに、どれだけの人が犠牲になったんだろう……。

 いわゆるマッドサイエンティスト、というやつなんだろうか。……怖い!

 戦争って「どっちが悪いとかはない」とか言ったりするけど、こうして話を聞く限りじゃキエラの味方にはなれないな、と思った。


「……だからね。物足りなくなって、より力の強いフェルティガエを手に入れるために、フィラを侵略したんじゃないかな」

「でも、フィラの人は強い力を持ってるんでしょ? 抵抗できなかったの?」


 私の問いに、ユウは静かに首を横に振った。


「その頃、エルトラはキエラのフェルティガ攻撃を解明するため、フィラに協力を要請していたから……戦える大人は多数出兵していたんだ。フィラには、子供と戦えない人間しかいなかった。フィラ侵攻のとき、僕は生まれたばかりの赤ん坊だった。キエラの侵略に反応した僕のフェルティガが暴走して、全て焼き尽くしたらしい。村も敵も、一瞬で消えたって」

「……っ……」

「……戦えないフィラの人間が暴力を振るわれ、連行されていく。フィラの人々の悲鳴がこだまする中……それ・・は、起こった」

「……」

「――僕は、村を守るつもりで村を滅ぼしたんだよ」


 そこまで一気に喋ると、ユウは深い深い溜息をついた。

 平和ボケした日本人の私には、どう言ったらいいかわからなかった。

 国同士の戦争……そして、故郷を失って……。

 安易に慰めの言葉なんて、かけられないよ。


「そんな顔をしなくてもいいよ。そのときの僕はまだ赤ん坊だし、覚えてる訳じゃないんだから」

「……でも……」

「本当に、いいから。実感もないしね。これまでの話は全部、ヤジュ様が話してくれたんだ」

「……ヤジュ様?」


 聞き返すと、ユウはちょっと頷いた。

 さっきまでの寂しそうな表情は消えて、少しだけ安心したような顔になっている。


「ヤジュ様は……そうだね。何て言えばいいかな。いろいろ教えてくれて、僕をずっと育ててくれた……師匠、だね」

「ふうん……」

「残ったフィラの民はエルトラで保護されたらしいんだけど、力の中心地にいた僕は地中深くに閉じ込められてしまって、焼け野原に残されていたらしいんだ。それでヤジュ様が僕を見つけて引き取ってくれた……って言ってた」

「ヤジュ様は、エルトラの人じゃないんだ」

「うん。フィラの奥でずっと一人で隠れ住んでたらしい」

「……?」


 よくわからないな。

 じゃあそのフィラ侵攻とやらのときも、ずっと奥にいて……誰もいなくなったフィラに来てみたら、ユウを見つけたってこと?

 何か都合がよすぎる気がするけど……。


 首を捻っていると、ユウが「どうしたの?」と不思議そうな顔をした。

 疑問は残っていたけど、ユウはその「ヤジュ様」を心の拠り所にしているのはわかったから、黙っていることにした。


「何でもない。じゃあユウは、そのままヤジュ様に育てられたってこと?」

「そうだよ。フィラの山奥で、ずっと二人きりで。フェルティガをコントロールする技術とミュービュリに関する知識を学び……」

「ミュービュリ?」

「あ、この……朝日のいる世界のことだよ」


 そう言うと、ユウは少し姿勢を正した。


「……あのね、朝日」

「うん?」


 まっすぐに見つめてくるので、ちょっと照れてしまう。

 相槌の声が、裏返ってしまった。


「僕は、十年以上も前から朝日を守ることが使命だって教えられてきたんだよ」

「えっ……」


 何か急に凄いことを言われた気がして、面食らってしまった。

 この、綺麗な顔をした不思議な力を持ったユウが、私を守るためだけにこっちの世界に来たってこと?

 よく冗談で言う、白馬の王子様が……的な展開が、今、私に起こってるってことなの?


「え? その、ヤジュ様って人に?」

「そう」

「私を? 何から?」

「……それはよくわからないけど」


 え、わからないの?

 思わずズッコケそうになる。


「わからないけど……ミュービュリに来るための修業をずっとしていたんだよ、僕は。ヤジュ様が出してくれた夢鏡ミラーで視て、言葉や常識を学んで……」

夢鏡ミラー?」

「うーん、一部のフェルティガエが作れるスクリーンみたいなものかな。覗くことでミュービュリを観察することができるんだ」

「へぇ……」


 漠然と相槌は打ったものの、知らない用語がバンバン出てくるし、展開についていけていない自分がいた。

 そんな私に気づいたのか、ユウはくすっと笑った。


「ねぇ、朝日。ヤジュ様はこう言って僕を送り出してくれたんだ」


 ユウはそう言うと、ゆっくりと目を閉じた。

 そして、大事な大事な言葉を、紡ぎ出すように。


「遂にがきた。ミュービュリのアサヒを守れ。――テスラが、その色を変えるまで」


 ユウの、その言葉を聞いた瞬間。

 何かが、私の意識を別の世界へ連れ出した。


 周りの風景が、喫茶店から夢で見た森林へ、そして草原へ、目まぐるしく変わっていく。

 不思議な風の匂い。木漏れ日が眩しい。

 遠くには、うっすらと何かお城みたいなものが見える。


 夢で見た景色より、遥かに鮮明で、遥かに壮大。


 ……そして目の前には、夢で見たユウではなく、長い白い髭を蓄えたおじいさんがいた。

 見覚えのないおじいさんなのに……なぜか、涙が出そうになった。

 ……どうして?


 おじいさんが手を翳している場所には、ぼんやりと光る壁がある。

 これが夢鏡ミラー……?

 ……これはもしかして、ユウが見た光景なの……?


 ――そして、どうして私は、こんなに胸がしめつけられるの……?

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