第10話:前略。就職は決まってないけど、働く喜びが分かりました

 ああヒーロー様、助けて下さい。彼らはそう言った。

 貴方様しかいません、彼らはそう言った。


 ――曰く、街中に怪物が出た。

 ――曰く、価値のある品物が奪われた。

 ――曰く、大事な恋人が攫われた。


 彼らは、そう言った。




 俺達の目の前には大きな電光掲示板――のようなものがあった。

 とはいっても、タブレットなどではない。ホログラムというのだろうか。空中に文字列が浮かび上がっている。線で囲まれた文字列――つまり、一覧表が投影されている。


 それを背にした彼女リシェスは俺に言った。


「この世には無数の依頼事クエストがある。それをクリアしていくのが、私たちヒーローの仕事――もとい、役目よ」

「それを聞きまわるのが、外回りという事か」俺の口調は、丁寧語ではなくなっていた。彼女自身がやめろと言ってきたためだ。

「そんなの方便よ。いや、用語が思いつかなかったという方が正確か。要は自分勝手に、好き勝手に、ヒーローとして動いてってこと」

「なんだか適当なんだな」

「当たり前でしょ?上から事細かくああしろこうしろって言ってたらね、やる気が失せるのよ。プレイヤーを没頭させるためにはね、大まかな方針を説明して、いつでも達成可能な細かい目標を設定して、いつどうするかは任せる。……基本的なフローよ」

「ああその……そうか」よく分からず、曖昧に応える。深堀りしても利は無さそうな話題だった。

依頼事クエストが無数にあるというのは?」代わりに、ひとつの疑問を投げかける。

「そういう作り。ひとつの問題を解消すれば、また別の問題が『作り出される』。だから、『やるべき事が無い』って事は永久に無い」

「それじゃ、いつまで経ってもこのゲームはクリア出来ないじゃないか」

「いや、これは『フリークエスト』の話。『マストクエスト』は違う」

必須依頼マストクエスト?――いや、待て。なんとなくわかる」

「それはよかった。――そう、ストーリー進行に必須の依頼。それをクリアすれば物語の時間が進行する」

「そしてそれをクリアし続けていけばこのゲームは終わる、と」

 分かりやすい事だ。

 フリークエストをこなしつつ、気が済んだらマストクエストをクリアする。そういう流れフローか。

「そういう事よ。――マストクエストの出現条件までは知らない。『知る権利』が私には無いから」



 こうして一通りの説明を受けた俺は、改めてクエスト一覧を眺めた。

 どうやら依頼は直に本人から受けるわけではないようだった。

 ただ通りがかっただけの俺達をつかまえて、街の人々は大小様々な依頼を投げかけてきたものだが――街の人々はクエスト出現のフラグを立たせるだけであり、実際に請ける為には、この掲示板を介さねばならないようだ。


「じゃあ――そうだな、これを請けよう」

 ひとつ、目に留まった依頼を請けると決めた。特にそれ以外何の操作もしていないが、それだけで十分だった。

 一覧の中にあるひとつのクエストにチェックが入る。

 クエスト名は『野狼掃討』。シティの外れに沸いた狼を倒せ。そう書いてある。

 簡単、かつ、分かりやすい。報酬も少ないが、それは別に気にならない。


 今は、ただ経験が欲しい。




 クエストに指定された地点ポイントに行く為、俺達はジャスティスシティの南側に存在する『サウスゲート』に向かった。清潔感を強調した白い舗装道路のど真ん中を歩いていく。

「答えられるなら、答えて欲しいんだが――君は、いつまで俺の仲間でいてくれるんだ?」

「――そうね、ここからしばらくの間は、ずっと」

 あけすけな質問に、リシェスは何ともなしに応えた。

 最初に彼女が俺の前から立ち去る前の事を、今でも覚えている。


『私はこれから緊急出動が掛かるになってんの…ほら、きた』


 手筈。彼女はそう言った。

 それはつまり、彼女はゲームに縛られている存在であるという事だ。

 いや、それは俺だって同じことだが――というか、この世界に存在する者は大なり小なり束縛されているのだろうが――どうも彼女の話を聞く限り、俺とは束縛度合いが段違いのようだ。

 俺はゲームの目的や意図から逸脱しない限りは自由に行動出来る。

 だが彼女はゲームの時間――進行状況と言い換えてもいい――によっては、行動を強制される。

 俺と彼女は、例えるなら自由業フリーランス会社員サラリーマンのようなもんだろう。

 となると当然、上からの指示には絶対忠実を求められる。そこに、俺や彼女の意思は存在しえない。



 周りには、煌びやかなショッピングモールや、整然と並ぶ観葉植物。遠くからでも威圧感を覚える巨大建造物。

 歩くたびに響く硬い足音は、否が応にもここが人工物であることを如実に語ってくる。

 それらは確かに綺麗だが、どうしようもなく違和感を覚えていた。

「しばらくの間、か」

 口を突いて出たその言葉は非難めいたような口調だったかもしれなかったが、独白だった。誰に文句を言っても仕方ない事だ。

「どうせ、仲間なんていずれ増えるわ。序盤に限界人数までは増えて、中盤以降に入れ替え用メンバーまで仲間になる。――お約束でしょ」

 彼女は律儀に応えた。俺が答えを期待していない事を知ったうえで。

「君は――どうなるんだ。どういう『手筈』で居なくなるんだ」

「……ひとつだけ言っておくわ」

 彼女は立ち止まった。

 ヒーローマスクのせいで表情は分からないが、冷え切った口調だった。

「貴方はを抱えている。もしもそれが管理者にバレたら、貴方は即座に消される」

 巨大なバグ。

 それはもしかして――

『俺だな』

「……!?」

 不意に、その声が頭に響いた。心臓が鷲掴みにされたように、一瞬止まった。

 リシェスに背を向けて、こっそりと話す。


(バカ、お前!急に話しかけるな!吃驚びっくりするだろ!)

『こんな程度で驚いて、これから先どうする?』

(反省の色ねえな!いいか、良い人間関係ってのは互いを尊重するところから始まるんだ――)

『そんなことよりもだ。彼女は既に、俺の存在に気付いている』

(……そのようだ)

『しかも、消される、ときた。これは、迂闊に俺の能力スキルを使えないかもしれない』

(それはヤバいな……偶然かもしれないが、駅で出会ったあの怪人は、お前の能力で倒したんだぞ)

『なあに、焦るな。俺に考えがある』

(……どんな?)

『詳しくはそこの女がいない時に話す。まあ、これから色んな依頼を受けて、少しでもレベルアップしてくれ。それは決して無駄にはならないはずだ』

(うまくいけばいいがな……)

『そう不安がるな。――そう言っていただろう?』

(……なに?)

『俺の収集したデータベースに……こんな情報がある。そこの女はな、いずれ死ぬ』



 ――そうね、ここからは、ずっと



(――なんだと)

『ゲームの進行上、そいつは死ぬんだよ。そう決まっている。――考えようによっては、悪い事じゃない。口封じになる』

(お前……!)


「リッシュ」

 短い問いかけだった。

 慌てて振り向くと、彼女は急ぐでもなく、歩き出した。

 彼女の示す先には、数十メートルはあろうかという巨大な鉄の扉が口を開いていた。

「着いたわ。『ゲート』よ」



 ゲートをくぐり抜けた途端、そこは最早別世界とも呼べる景色が広がっていた。

 青々と広がる草原と、ゆったりと雲の流れる青空。草原にはそこかしこに木々や岩が点在している。

 草原を貫くように伸びている道は舗装されておらず、所々に野鳥や昆虫が羽休めをしている。

 草原にはモンスターかなにかがのしのしと歩いている。直立歩行しているものの、ずんぐりむっくりした四肢と、体表には黒っぽい紫色をしたどろどろの粘液を垂れ流している。そのくせ、まんまるの目らしきものをぱちくりさせていて、凶悪さはそこまで感じない。

 木々の周囲には、蜂が群れて飛び回っている。いや――あれも恐らくモンスターの類だろう。少なくとも、何の意味もないオブジェにしては存在感がありすぎる。

 野鳥や昆虫は、見るからに作りこまれていない。輪郭もぼやけていて、景色に溶け込んでいる。だからこそ、無視出来るのだ。

 この世界では、あれらモンスターらしき存在も、怪人ヴィランと呼んでいるのだろうか。

「クエストの場所はマップに表示されているはずよ。わかる?」

 リシェスの言葉で、俺は景色よりも自己に意識を向ける事にした。

 マップを確認したいと念じれば、やはりマップはHUDに表示された。眼前に半透明の青い地形図が表示され、自身の位置が緑色の矢印で示されており、更に、赤い丸がその近くに表示されている。

「ああ、わかる。ここから近いな」

 まあ、これも配慮ユーザビリティであって、偶然ではないのだろうが。




 草原の中に、そいつらは居た。

「あれね」

「ああ」リシェスの言葉に応じる。

 蒼い毛並みは硬く、刺々しく、眼光は鋭い。

 けして隆々な筋肉があるわけではないが、体長は大きい。2メートル近いぐらいはあるだろうか?少なくとも、俺の身長より大きい。


 あれ――思ったより強そうじゃない?


「リッシュ、準備はいい?」

「え?――ああ、ちょっと待て。すぐ済むから」

 俺はそう言うと、リシェスからほんの少し離れ、背を向ける。


(おい)

『なに?』

 相棒は、いつになく白々しかった。

(なに、じゃねぇだろ!考えがあるんじゃなかったのか?)

『もちろん』

 俺の相棒は、暢気だった。

(で、おい。なんか、俺が予想したより、更に、ずっと強そうなやつが相手なんだよ。早速その考えを聞こうじゃないか)

『がんばれ』

(――は?)

『俺はもう。あとは、お前次第だよ。相棒』

(いや、だから――なにをやった?)

『其れは言えぬ』

(なんで武士っぽく言った?――ってか、言えぬじゃないだろ。早く言えよ)

『まだあの女がいる』

(だからなんだよ?)

『情報を漏らしたくない』

(こんな端っこの方のクエストクリアに使ったって、大丈夫じゃないか?)

『あの女――果たして信用できるのかな、と思ってな』

(じゃ、なにか?お前、リシェスが管理者とやらに報告するとでも?)

『するとも、しないとも――言い切れまい。ともかくだ。心配するな、相棒。お前にこんなところで倒れられたら、困るのは俺も同じなんだ』




 戦闘開始エンカウント

 HUDにそう表示され、戦闘画面へと移行した。

 剣は出てこない。相棒がリシェスに能力スキルが露見する事を厭っているからだろう。

 不安と共に、しかし妙に自信満々な相棒をひとまず信じる事にした。


 先制攻撃ファーストアタック

 次にそう表示された。察するに、俺から行動できるのだろう。



 ――で、どうしよう。



 もしも状況が駅で戦った時と同じなら、ここまで恐れる事は無かった。

 これはゲームだ。デジタルである以上、同じ状況で同じ行動を起こせば、同じ事を再現させる事が出来る。

 今は違う。『あの』剣がない。

 実に4桁ものダメージを与えた剣。爆発を起こして全体攻撃らしい事をした剣。唯一の心の拠り所だった剣。

 今の俺になにがある?

 能力スキル?パラメータ?実戦経験?難所を凌ぐ知識?


 全部無い。

 何も、無かった。


「うわああああああ!」


 思考が空転をはじめ――俺はもう、やけっぱちになって素手で挑みかかるしかなかった。

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ドット・イズ・デッド 早見一也 @kio_brando

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