第9話:何を信じたらいいか、分からない?みんな、そうさ
「あ、キミっちが新入りクン?」
皺でやや乱れぎみのビジネススーツ姿でPCデスクに座り、一枚の用紙――恐らくは俺の事が書いてある――を見つつ、その男性はやる気なさそうに言った。
「はあ……」
茶髪で、両耳には2つずつのピアス。無精ひげで顎は刺々しい。
少し苦手なタイプと言える。だが、それ以上に、この異常事態に対して、どうしたものか分かりかねる。
――なぜ、金ぴかヒーロースーツで、ビジネススーツを着た会社員の方と話をしなければならないのだろう?
なぜこうなったのか、思い出してみる。
数十分前、白光の爆発が『相棒』から発せられた時、茫然自失の状態から立ち直る為に少しばかりの時間を要した。
結果としては、状況を無傷で切り抜けた事を喜ぶべきだった。
というより、喜んでいたのだ。ワクワクした気持ちを隠しきれず、喜色満面で何をしたのか問うてみたのだ。
「今、何をしたんだ?」
『わからん』
その答えは明快だった。誤解の余地もなく。
「……なんで?」
『知らんからな』
全く予想外の事だった。
知らんとは、なんでだ。お前の
幾多もの抗議だか罵倒だかが頭を過ぎっては、その返答も瞬時に予測できたため、何も言えなかった。
どうせ、『知らんし』の一言で全て片づけられてしまいかねない。
そうした次第で、何を言うべきか分からず固まってしまい、茫然自失としていたのだ。
どうして問題を解決できたのか、その原因が分からない。もしや――単なる偶然に過ぎなかったのか?
次は無いかもしれない。
そう思うと、恐怖が心を捉えて離さなかった。数分後、全ての疑問を後回しにする事で、のろのろと歩く事に成功した。
そこから先は、ぼんやりとそこかしこに立っている電光案内板に従って歩いて――気づけばここに着いていた。
ああ、やっぱりだめだ。さっぱり分からん。状況も、これからの戦略も。
そんな俺の内心を察するわけもなく、男性は言った。
「まあ、キミっちの事は上のヒトタチから聞いてるんで―。俺、
首からぶら下げている社員証をぞんざいに指し示して、あまり大事そうには聞こえない口調で南星さんは言った。
「あ、はい……」
「キミっちの持ってる――ってかヒーロー全員が持ってる『ギア』なんだけどさ。
「や、ええと……すいません、分かんないです」
「だよねー。ま、かいつまんで言うとね、四つの属性を組み合わせて
「はい、分かりました……」
何も分かっていないが、『クソめんどい』という文字を書いたような表情を見るに、聞くだけ無駄だと思い何も聞かない事にする。
「ん。じゃあ、早速外回りしてくれる?」
「え?……あ、はい」
外回り?なにそれ。営業か?
「んじゃあ、あとはよろしくね。『リシェス』クン」
「え?」
南星さんの視線は、俺を捉えていなかった。視線は俺の背後――そこに堂々と仁王立ちしている銀色のヒーローを捉えていた。
リシェス。
怜悧な判断力と、確かな実績がある本物の
銀に光るその装甲は一点のくすみも無く、聞くところによると、数多の
しかしそれは技巧だけではない。知識があるから出来る事だ。自分を知り、敵を知っているからこそ対策が可能なのだ。
そんな彼女が――俺の、直属の先輩。
「その――また会えてよかった」
「そうね」
「あの……助かりました。最初に色々と」
「はい」
「そ、それにしても――ああ、暑いですねえ今日は」
「ええ」
先達に対して、出来る限りの気遣いをした。無論、自分がそこまで礼儀を知っている人間だとは思っちゃいないが――そうだとしても。
ちょっと、酷過ぎやしませんかね?
もう、この『話しかけてくんなオーラ』はどうにもし難い。ってか無理だ。向こうに聞く気が無いんだから、何を喋っても無駄に決まってる。受け手にやる気が無いなら、キャッチボールは成立しない。
そうした次第で、彼女がわき目も振らずに早足で歩いていく背後を、金魚の糞よろしく着いて行く。
どこに行くのかは分からないが、まあどの道文句の言える筋合いでもない。
十数分ほど暗澹たる気持ちで歩いていく中で ぴたり、と足が止まった。
それは違うぞ。――と、確かに自身の脳髄が言葉を出力してきた。
そもそも、彼女が俺を無視する要因は何だったか。
全て自分のせいではなかったか。
それを、自然と彼女が悪い風に言い繕っていた。なんとも度し難い。愚劣で、浅はかだ。あまりの恥ずかしさに、顔が紅潮するのを自覚する。
謝ろう。そう思って、俯きがちだった顔を正面に向けた時、彼女は唐突に話しかけてきた。
「ところで、『
「あ、その――概要について教えて頂きました」
「じゃ、概要しか聞いてないわけ」
「あ……はい」
これ見よがしのため息と共に、彼女は色々教えてくれた。
この世界には魔法――みたいなやつがある事。それが
そして
で、ここからは複雑だった。
先程の地水火風という属性と、魔法の形状・特性(どのような影響を及ぼすのか)・運動(その魔法はどういった動きをするのか)・種別(破壊系魔法か強化や弱化、回復なのか)などのステータスを自分で設定する必要がある。
簡単に言ってしまえば
それ以上の理解は――難しかった。属性や特性の重ね合わせだかなんだかがあるそうだが、とにかくこれらが
「じゃあ、ひとまずはこれでいっか」
彼女は手際よく俺のヒーローギアを弄って、ひとつの
属性:火、形状:球、特性:爆発、運動:直進、種別:破壊系。名前は『ファイアーボール』。球状の火属性魔法を直進させ、着弾すると爆発させる事ができる、最もオーソドックスな魔法だ。敵一体と、それに隣り合った敵に炎ダメージを与える。
「とりあえず今はこんなもん。分かってきたらテキトーに弄ってみて。どの道、レベル上がるまではキャパシティの問題であんまり弄れないとは思うけど」
「あ、はい。ありがとうございます」
なんのかんの、先輩をしてくれていた。正直、感動している。最初の放置っぷりが嘘のようだ。
だからこそ、なあなあで終わらせるわけにいかない問題があった。
何度か深呼吸したのち、息を吸い、声を出す。
「あの!」
相変わらずめんどくさそうな――何か、諦めたような――声で、彼女は応えた。
「……なに?」
「紛らわしい名前つけて、すいませんでした!」
直角90度に腰を折り曲げ、頭を下げる。
これだ。
彼女が俺を嫌うのは、これが原因なのだ。
無論、もはやどうしようもない。いや、もしかすればリネームの機会があるのかもしれないが、それにしても現状、この名前を名乗らねばならない状況に変わりはない。
そしてそれは、俺のせいなのだ。
どんな罵詈雑言が返って来たって、全て飲み込んで見せねばなるまい。
「……は?」
返答は、予想を裏切った。明らかに、声色には戸惑いが含まれている。
「その……俺の事嫌ってるの、それが原因ですよね?だから、謝ろうと思って」
確かに、突飛すぎた。訳が分からないのも無理は無かった。話を急ぎ過ぎた。再び恥じ入る。
「ああ……私の態度が原因か」
「いやそんな、違います!俺のネーミングセンスが無さすぎて――」
「いえ、私はそもそも、貴方の事をどうとも思っていない」
「え……」
「私の名前……なんだっけ。リシェスだっけ?今回は」
「え、ああその……そうです」
「ふん、そうか……もう、いちいち覚えるのも疲れちゃった」
その受け答えの意味が、よく分からなかった。
彼女は何を言っているのか。
彼女は何を言いたいのか。
「私は貴方とは違う。私は自律行動型のAI――名前を付けられたのは、今回が初めてじゃない」
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