第7話:空前絶後のバッサリ感

 ―――今日はよろしくお願いします。


「はい、こちらこそ」


 ―――まずお聞きしたいのですが…その「黄金の英雄」とは、どういった人物でしたか?


「そうですね…強さの中に優しさもある、まさにヒーロー然とした人だと感じました」

「我々はすぐ彼に敗北したのですが、彼の言った最後の言葉は今も覚えています」


 ―――彼は、なんと?




「『お前たちを忘れない』と…確かに、そう言っていました」




 緑色の小鬼ゴブリンがこちらに気づいたらしく突撃してきた。体毛は少なく、口の端からのぞく牙と筋肉質な身体がただただ強者である事を語っている。

「うわ」身じろぎ、声が出る。どちらも間抜けなものだった。

 まじかよそっちから来るのか、まだ心の準備が出来てないのに。

 などと言う暇もないまま、リッシュは眼前が暗くなり―――また、特異な空間に変貌した。勝手にファイティングポーズを取って、自由に動けない空間。


 これがなんなのか、おおよその察しはついている。いや、最初の戦闘から既になんとなしに分かっていた。

 戦闘画面に移行したのだろう。まったくシンプルなものだが、理解しきれない(というより、脳が処理しきれない)ので、スルーしていた。

 右手を高く掲げ、ポーズを取る。無論、自分の意思ではない。急にこんな事する意味も分からない。

 掲げられた右手に光が集まってくる。それは棒状に固定され、眩い光は散らばっていく。光が無くなり、露わになった棒状の物質は、一振りの剣だった。刀身はかなり目立つ黄金の両刃。それに比較すると握りと鍔は漆黒。シックな色合いだが、鍔は六角形を幾つもちりばめたようにギザギザしたデザインをしており、柄頭には翠玉がはめ込まれている。刀身の長さとしては1メートル少しぐらいで、長剣に分類されるだろう。

 そろそろ不思議にも思わなくなってきたが、重さは無い。持っているのか持っていないのか、よく分からない。手に握っている感触はあるので、プラスチックの棒でも持っているような感覚だ。

 まあともかく、先程の戦闘にはなかった事が起きている。

 それが今になってどうして、とは思わない。誰のおかげでこの武器が出現したのか、想像するまでもないからだ。


 小鬼はゲーム序盤の敵というのが定石―――だが、やってきた小鬼は「小」という文字を取り除いてもよい程に大きい。3メートル近いその身長は、初心者であるリッシュというヒーローを圧倒するに十分だった。

 レベルを考えると無理は出来ないが、今は多少の無理もきく。…はずだ。

「信じてるからな、相棒」

 怯えを僅かににじませた声で左腕のディスプレイに手を伸ばす。大して意味はない。縋るものを求めての行動だったのかもしれなかった。

 結局、彼の―――今は姿を失ってしまった相棒の言っていたスキルの詳細は聞いていない。恐らく、今手にしている派手な剣がそうなんだろう、とは思うが、実のところそうとも言い切れない。これがスキル効果の一部である、という可能性もある。

 で、何故聞かなかったのかというと、なんか、そういう「空気じゃなかった」のだ。

 うまく言い表せないが―――例えばシリアスなシーンで仲間が死んだ時に、「復活魔法使えばいいじゃん」という突っ込みをしたり、雪国に赴いて周囲がどれだけ寒いかを描写された時、半袖のキャラクターに突っ込みをしたりなどの行為。リッシュは、それらを無粋であると考えていた。それは、一種の美学であった。


(こんな時に、何を考えてるんだろうな)


 リッシュは、恐らく自分は相当な意地っ張りだったんだろうなと思った。以前の自分を覚えてはいないが、こんな緊急事態でまでその意地を通そうというのだから、もはや異常とさえ言える。いや、あるいは単なる莫迦なだけか。口を捻じ曲げるように笑う。笑うしかない。ゲームでもやっているつもりなのか?こんな状況で?

 だが、どうせすぐに分かる事だ。楽しみを取っておいただけだと思えば、そう悪い事もない。…はずだ。


 そう思わなければ、何もかも嫌になってしまう。


 それこそ、避けたかった。冷静に考えて―――今の状況は、楽観こそ出来ないかもしれないが、楽しいものであるはずだからだ。

 打算はある。モチベーションが高い事によって良い事は沢山あり、これからの苦難を乗り越える為にも必要だからだ。あとはもっと単純な話で、「損」だからだ。楽しいものを楽しまない。これこそ大損であり、ゲームへの冒涜に他ならない。漫然とゲームプレイを通り過ぎていく事もしたくはない。ゲームとは体験するものであり、消費するものではないからだ。

 はて、俺はどうしてゲームにそこまで入れ込んでいるのか―――いや、もういい。ともかく今は目の前に集中しなければ。




「彼は、襲い掛かってきた私を見ても静かに佇んでいました。殺気どころか―――敵意すら感じませんでした」


 ―――それはどうしてでしょう?


「これは、私、一個人の考えに過ぎません。彼に聞いたわけではありません。その事を断ったうえで申しますが―――彼から、一種の敬意を感じたんです」


 ―――敬意、ですか?


「妙だと思われるのは重々承知しております。いや、私の気のせいである可能性もあります。ヒーローである彼が抱くはずもありません。ただの雑魚である我々に対して敬意を抱くものなど、ヒーローでなくともありませんからね」


 ―――彼は何か言っていましたか?


「力を見せてくれ、と―――まるで、友人のように言ってくれました―――」




 そういえば、最初の戦闘と違う点がもう一つある。さっきよりも、なんか、明るいのだ。

 さすがにスキルとは関係ないと思うが…こんな暗い、駅といっても明かりの無い地下鉄駅のような場所だというのに、明るい。

 ま、暗いと画面見づらいからな…配慮ユーザビリティといったところか。


「行くぜ!お前の力を見せてくれ!」

(任せろ、相棒!)


 克己心を奮えたたせる為の咆哮に、彼はひっそりと応えてくれた。自分を盛り上げるためだったが、中々どうして、それっぽい。非常にそれっぽいぞ。主人公っぽい。

 といっても、目の前の敵からすれば、一人で喋ってる変な奴だな…。今更ながら、なんか恥ずかしい。さっさと終わらせてしまおう。

「バカ、め!〈英雄封じ〉!」

 小鬼が叫ぶ。それは、予想だにしていない事だった。

 まだこちらの行動中だ。最初の戦闘にしても、敵がこちらの行動に割り込む事はしなかったはずだ。明らかにオーバーに過ぎるモーションでのパンチを、額でわざわざ受けていた事から、動かなかったというよりは、動けなかったと見た方が自然だ。

 だが事実、目の前のこいつは割り込んできた。つまりは、こういう事もあるのだ。

 先の言葉から考えれば―――こいつはスキルで割り込んだのだろう。

〈英雄封じ〉と言っていた。名前から察するに、攻撃というよりは妨害の類だろう。今のところ、何をされたのかは分からない。分からない以上、それについて悩むのはやめにする。

 ―――っていうか―――もう一つ気になる事がある。


 いつの間に、隣にもう一体敵が居るんだ?

 RPGでは、確かにえてしてこういう事がある。大口叩いて出て来させたはいいものの、データ上は弱く、しかし楽に勝ってほしくない戦闘の時とか、だ。

 でも全然姿が違う。小鬼と同じく爪や牙はあるものの、そこまで筋肉質ではない。ただ、身長は緑の小鬼よりなお高い。その為、標準的体格なはずなのにヒョロ長い印象を受ける。

 ただし、まったく、これっぽっちも、弱そうには見えない。比喩ではなくぎらぎら光る眼に、その手に持った短剣はノコギリのように細かい歯がいくつもある。薄く笑ったその表情は、完全に狂人のそれ。

 さて、しかしいずれも強力そうな2体だが…この剣、どこまで通用するんだろう。

 悩んでも埒が明かないし、まずは通常攻撃するかと思い、念じる。全身の筋肉という筋肉が反応し、動く。そこまで飛ばなくていいんじゃないのと思うぐらい飛び上がり、放物線を描いてヒョロ長い小鬼に対して全力で振りかぶっての袈裟斬り。避けられる事は無く、当たる。とはいっても、血は出ないし実際には斬れていない。刃は通り抜けるようだった。

(こういう時、3Dモデルだってのがどうしてもわかっちまうよな)

 だが、赤白い粒子(パーティクル)が飛び散る。初心者にも分かる。ダメージエフェクトだ。さて、どれほどの数字が出てくれるのか。

 白い数字が、ヒョロ鬼の横に現れる。『8492』。そして、斬られた小鬼はどうと倒れ、身体から粒子を浮かび上がらせて消えていった。




「信じられない程に、彼は強かった。黄金に身を包み、黄金の剣を携える英雄。まさに、彼は二無き者です」


 ―――不意打ちも、失敗してしまったんですね?


「はい。これについては、当時は気が動転しましたが―――今になってはさほど不思議ではありません。あれほど高い能力を持つのですから、我々の能力スキルなど、子供だましにしか思わないんでしょう」


 ―――強いのは、剣だけではなかったと?


「とんでもない。彼の強さ、その真価は―――」




 剣、つよっ…。

 流石に、ちょっと引いてしまう。最初の戦闘で与えたダメージ、確か49とかだったぞ?これ、ズルくない?

 そう思った時、慌てて今の考えを振り払った。敵のターンが始まったらしく、HUDにでかでかと『EnemyTurn』と表示されたからだ。

 確かに今の俺は、スキルは強い。

 だが、俺自身は弱い。恐らく、この世界で最弱だと思われる程に。そしてこいつは、見た目からして滅茶苦茶強い。こいつの攻撃、その一撃に耐えられるのか。耐えられたならば俺が勝てるという自信はあるのだが―――。


 明らかに力自慢パワータイプな緑の巨躯を誇るように、鬼が近づいてくる―――。

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