第6話:絶望を焚べよ

この世ならぬ者ボツキャラだと…?」

 そう聞く俺の声は、気のせいか掠れていた。

 目の前にあるこいつだが―――遠くにいるようにも思える。こいつをどう言い表せばいいのか、難しいところだ。

 全身を西洋鎧に包んでおり、装飾はさほど華美なものではないものの、暗闇の中でさえ鈍く光る白銀がその存在を主張している。

 髪は長く、腰当たりまで伸びているようだ。美しい金髪が波打っている。

 顔はよく分からない。その長髪によって出来た影のせいで目元がちょうど見えない。鼻と口の作りは端正のように見える。

 つまり、顔も恰好もよいイケメンだという事だが、それを以てしてもなお、恐れてしまう。


 そいつは、常に身体の一部が乱れた映像のようにぶれたり透けたりしている。

 今まで見てきたどんなものよりも「異常」だ。


 何から聞いたものか考えあぐねている俺を見て、そいつはなおも静かに言った。

この世ならぬ者ボツキャラは、存在してはならない…という事でもある」

 まるで迷子の子供に対するように、優しげであった。その姿にはどこか哀愁を感じる。誰かに期待しつつも、誰にも期待出来ない。そんな顔をしている。

 あまりに人間的すぎるその表情は、少なくとも、ヴィランではないように思う。

「このゲームはな…元々は中世ヨーロッパをベースにしたRPGだったんだ」

「なに?…そんな要素は全く見受けられないが…」

「…ある話をしてやろう。ある下請け企業の、哀れな社員の話をな…」

「…?」

「ある下請け企業に、企画が持ち上がった。ゲームを作ってみないか、とな…今まで指示された通りのゲーム作りしかしてこなかった彼らにとって、それは未知の出来事であり、かねてから待ち望んでいた事でもあった」

「……」

「だが…ディレクターは中々上との調整をつけられず、開発着手にすら遅れが出る始末。そこで…ディレクターの指示も聞かずに一人のデザイナーが暴走した」

「それは…まさか…」

「そうだ…社内会議によって作られた原案を忠実にデザインしたのが俺の外見であり、そのデザイナーと仲の良かったプログラマーは俺のパラメータも設定した。―――バカな話だよな、主人公に見据えているキャラクターのパラメータなんて無駄にしかならないというのに」

「…それじゃあ、お前…つまり…」

「…企画段階での主人公さ。驚いたか?」

 俺は言葉を失った。

 ゲームに対して、夢や希望…そういった「楽しいもの」しか見えていなかった俺にとって、あまりにも衝撃過ぎた。

 元は主人公であった存在が、今や、異形となっている。

「まあ、お前さんに恨み言などを言いたいわけじゃない…むしろ、協力して欲しいんだ」

「協力?…俺が?」

「そう…コマンダーであるお前さんにしか頼めない」

「なんで、俺に?まだ初心者なんだ。ランクEのレベル2なんだぞ」

「全く、構わないさ。というよりも、それも大事な要素でね…まあ聞いてくれ。俺はこう見えても自由じゃない。お前さんにもあるだろ?ゲームの都合で自由に動けなくなる瞬間が…」

「ああ、ある!何度もあった!」

「今の俺は…というより、生み出されてからずっと、俺はその状態なのさ。ここから動く事も出来ず、かといって自分では消える事も出来ない…」

「なんだって…なぜ、そんなことに?」

「知れた事…俺はコマンダーじゃなければ、あらかじめ行動を決められたNPCでも、フラグによってゲームを進行させる案内人でもない。ただの消し忘れたデータ…異常者バグなんだ」

「……」掛ける言葉も見つからない。

 自分の存在意義が、明らかに存在しない。その苦悩がどのようなものなのか、想像も出来なかった。

「俺の望みはたった一つ…俺は、俺を生み出した奴に復讐したいんだ」

「復讐って…お互いゲーム内の存在なのにか?」

「…長い…永劫の時の中で、することも無かった俺はこのゲームのデータベースを漁った。そこで見つけたんだよ…奴らに復讐する手立てがな…」

「しかし…」

 俺は思わず、止めようとした。

 だが、何を以て止めればいい?

 倫理観?常識?感情論?死生観?どれも違うような気がする。

「…お前さんにとっても悪い話じゃないはずだ。お前さんのレベルでは4体のヴィランを相手に出来ない…だろう?」

「…お前なら、やれるというのか?」

「…言っただろう、俺自身は動けん。だからな…俺をその、『ヒーローギア』に封じてくれ」

「何、そんな事が出来るのか!?」

「出来るとも。俺は所詮キャラクターデータの残骸に過ぎん。しかし、ヒーローギアにとっては、それで充分なんだ。詳細なパラメータなど無くとも、スキルデータがあればな…」

「…つまり、お前はスキルデータとなるって事か?俺のヒーローギアの中で…」

「ふふ…」

 名も無き主人公は、静かに笑った。あるいは、自分自身に向けた嗤いかもしれなかった。

「そうなれば俺はこの世ならぬ者ボツキャラを卒業できる。そしてお前さんと共に、この世界を征く事で、いずれ俺の復讐を果たす…そこで取引だ」

 崩れかけた描写の男は俺を見据え、言った。

「俺はお前さんに、全面的なバックアップを約束する。その代わり、お前さんにも約束して欲しい。―――トゥルーエンドに辿り着く事を」

「…なんだって…」

「…攻略手順は、俺が調べた限りを教えてやるよ。そして、俺のスキルがあれば大抵の事はうまくいく。そしてお前さんはこの世界を脱出し、俺はトゥルーエンドの後で…復讐を遂げるんだ」


 固唾を飲み込む。

 この男が提示する条件には、魅力もあればリスクもある。

 俺は今まで、とりあえずエンディングに行き着けばよいと思っていた。ゲームの流れに身を任せ、唯々諾々と指示に従っていればいいと思っていた。

 だが、この男のいう事が本当ならば―――いや、嘘をついているとは思えないが―――このゲームはマルチエンディングであり、トゥルーエンドに行けと言うのだ。

 これは、十中八九、「裏ボス」との戦いを覚悟しなければならない。

 間違いなく、ゲーム中最強のキャラクターとの戦い。そんな奴と対峙しなければならないのだろう。

 しかし―――今の俺じゃ、目の前に存在する問題も片づけられそうにないのは事実。

 希望的観測で言えば、片づけられるのだ。あの4体が俺でも倒せる程に弱いのであれば。だが、それはもはや願望であり、予想などではない。

 圧倒的な情報不足である中、この世界で俺はあまりにも無力だ。なのに、それでも俺より弱い事を期待するのは、間違っている。


 黙って思考する俺に対し、何かを言う事も無く、存在意義の無い男はずっと待っていた。

 その間は俺も、彼に何も言う事はしなかった。

 例えば、お前のスキルはなんだとか、お前の復讐とは何をするつもりだとか。色々疑問に思うべき事は多い。

 しかし、何も言いたくは無かった。

 気遣いなどではない。哀れみとも違う。

 この、寂寥に満ちた感情を何と呼ぶのか―――分からないまま、答えは決まった。

「本当にいいのか?…そのデザインを失う事になるぞ」

「…『これ』をデザインと呼べるものか。俺に失うものなど何もない」

「色々と考えられて創られた、そのパラメータもいいんだな」

「…動けず何も出来ない奴にとっては無用の長物だ。むしろ、数字だけの自分が辛い」

「そうか、じゃあ―――」


「よろしくな、相棒」俺はそう言って、左腕前腕部のディスプレイを操作した。


「任せてくれ、相棒」彼はそう言って、両手を広げて消えていった。






「ああ、ニンゲン共め」

 ヴィランの1体、ドルレロはそう言って、過去に受けた恨みつらみを話し始めた。ことに、危険度ランクはD-だとヒーロー達から判断された過去については納得がいかなかった。それについては、毎日話しても話し足りない。

 話された他の3体は共感したり、自分の話を織り交ぜたり、むかつくニンゲン共に対して行うべき拷問などを話し始めた。

 彼らはこの楽しみを、もうずっと繰り返している。


 この巨大なワームホールステーションに住まうようになってから、もう随分と経った。

 縄張り争いに敗北し、最初は1体だけでここに住まうようになったものの、ここでも縄張り争いに負け続けた。その挙句、食糧となるニンゲンが誰も通らないような場所に追いやられる形となった。

 この場所にある空気は嫌いだ。みずみずしい上に、同族の匂いが殆どない。ヴィランにとっては嫌われる場所だ。

 それでも他に行くあてもないためにずっと居座り続けていると、同じような境遇のヴィランが転がり込んできた。

 しかし―――偶に、思い出したようにヒーローがやってきて、仲間はたちまち掃討された。奴らは定期的にやってきて、「機械的に」パトロールをしては仲間を殺していく。

 何度か死にかけながらも、ドルレロは学んだ。

 まずパトロールに隙がある。天井とか床下、そういった場所に潜り込んでしまえば、奴らのパトロールは掻い潜れる。さらに言うと、パトロールには一定の期間が設定されている。一回やり過ごしてしまえば、あとはこちらがある程度好きに出来る。

 そういった情報を仲間内で共有し合い、仲間達と共に今までを生き延びてきた。たまにパトロール後すぐに迷い込んできたニンゲンをいたぶる事といったら、これ以上の愉しみは無い。


「ん?」

 最近転がり込んできた仲間―――ヴィサクが呟いた。

「どうしたよ」ドルレロが声を掛ける。

「エモノでもやってきたか?」グルラがすかさず聞いた。

「へへっ…当たりだよ、兄弟。しかも、弱いやつに違いねえぜ」

 ヴィサクの返答に、皆一様に笑った。

 久々の楽しみ、久々の狩りだ。

 いい加減腹も減ったし、血を見たいところだった。

「なあ、なあ、指はおいらに、くれよ」ズムゲはたどたどしいながらも忙しなく言った。

「分かったって」

 ドルレロは苦笑した。相変わらず、ズムゲは手足の指だけを食べたがる妙な癖がある。

「おい、ヴィサク。そいつは近いのか?」

「ああ、近いぜ…正面からだ。もう来る」

 ヴィサクは鼻が良い。それによって今まで、幾度もピンチを潜り抜けられたから知っている。疑う者は誰も居なかった。

「じゃあ、まずは俺が行くぜ」

 ドルレロはそう言って、右腕を変異させた。緑色の皮膚を持つ彼だが、右腕だけは蒼白い。理由はドルレロも知らないが、なんでも『アルター細胞が右腕に集中しているから』と聞いた事がある。その意味は分からない。

 右腕の血管が脈打つ。虫に刺されたように膨張したかと思うと、角ばっていき、鋼鉄のように固くなる。

 この右腕でなんでも粉砕する事こそが、ドルレロの誇りであった。

 しかし、脇をすり抜けて2体が猛突進する。誰なのかは確かめるまでもない。グルラとズムゲだ。

「あ、おい!」ドルレロの静止もむなしく、彼らの突進は止まらない。


「エサだ、エサだ、エサだ!」

「弱いやつ、弱いやつ。バカ!ゲヘヘ!」


 2体とも、思考能力は低い。リーダー格のドルレロが何を言っても、一旦動き出してしまえば止まらないだろう。

「ったく…しょうがねえな」

 まあ、あの2体はバカすぎる分、強い。グルラは姿を完全に消す事によってあらゆる攻撃を回避でき、奇襲できる。ズムゲは厄介極まりないヒーローギアを一定時間無効化する能力を持つ。

 言うなれば暗殺者とヒーロー殺し。強くないはずが無い。

 ただ、あまりにも考えなしなのが玉に瑕だ。どれほど時間をかけても、学習しようと言う気すら起こらないらしく、どれほど教え込んでも、何の進歩も無い。

「まあ、いいか…おいヴィサク、遅れんなよ!メシ、くいっぱぐれちまう!」

「わぁってるよ」

 これもいつも通りだが、ドルレロとヴィサクも2体の後を追っていく。こうした事は何度もあったのだ。



 先行したグルラとズムゲは、すぐにやってきたエサに気付いた。

 金に光るご立派なスーツだが、ヴィサクが弱いと言っていたのでそれはどうでもいい。

 いつも通り、グルラは戦闘開始前に能力を発動した。

 自分の中のちいさな何かが蠢きまわり、身体を透明にしていく。音は消せないため、奇襲するには忍び足をする必要があるので、俊敏さは薄れてしまう。が、ゆっくりと背後から忍び寄って不意を打つ楽しみもある。

 そんなわけで、表向き最初に戦闘を開始するのはズムゲだ。


 ズムゲはいつも通りヒーローギアを無効化し、グルラが不意打ちをして、後からやって来たドルレロとヴィサクがとどめを刺しておしまい、だ。


 それではいつも通り、エサを頂くとしよう。

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