第4話:僕にこの手を汚せというのか

 操作方法、各システム、処理の流れ、世界観―――それらをひっくるめて説明するに、チュートリアルで実際動かすという手法は大変手っ取り早い。

 それに反論したいわけじゃない。心配事は―――ランクEのレベル1はそこらへんの住人より弱いというリシェスからの情報だった。


 ただ、逃げるという事は出来ない。だって、俺は―――


 妙な空間に閉じ込められているからだ。断じて、ヒーローだからとかではない。

 身体が自由に動かない。あの、紫色のトゲトゲ星人が2メートル程度離れた程度の距離に―――つまりかなり近い位置に―――いつの間にか存在している。


 なぜ、こうなったんだろう。

 あのトゲトゲ星人を見て怖くなった俺はどうしようか考えていた。そうこうしている間に、急に目の前が暗くなって、気が付くと身体が戦闘の構えを取っていて、自由には動かなくなっていた。

 周囲の景色は大幅に変わったわけではない。ただ、さっきまで大勢いたはずの通行人が姿を消し、野次馬すら存在しない。居るのは、隣で同じように身構えているリシェスだけだ。

 そして、右下に金ぴかヘルメットを被った頭が映っていて、その横に3本ほどゲージがある。

 これは恐らく、HUDヘッドアップディスプレイというやつだろう。このヘルメットの機能には純粋に感動していた。こんなカッコイイ機能があっただなんて。

 正直外を出歩く事に対して恥ずかしいという思いが強かった。必死に考えないようにしていたが、こんなコスプレみたいな恰好で外を出歩けたのは、ひとえに同じ格好をした仲間がいるからだ。

 そしてもう一つ考えないようにしていた事がある。

 戦闘だ。


 あるだろうなあ、とは思っていた。なんか、そういうゲームの世界なんだろうなあ、とは感じていた。

 でも、その…困る。

 こんなエグい恰好のやばい奴に、そこらの住人以下の俺が勝てるわけないだろ?

 そりゃあ、普通は勝てる。普通のゲームなら、チュートリアル戦闘なんてものは適当にやっても勝てる。

 でも、このゲームは普通なのか?

 今時分だと、チュートリアルだからといって適当すぎる行動を取ると死んでしまうものも存在する。主に高難易度がウリのゲームだ。

 このゲームの難易度が分からないまま、ここに来てしまった。出来れば他人の戦闘風景を見て、学んでからにしたいところだった。


 敵の姿を今一度確認する。

 全体的には人型だが、関節部に生えた黒い棘が恐怖感を煽る。遠くから見た時は紫の鎧を着ているかのように見えたが、どうにも鎧のように発達した外皮がそう見せていただけのようだ。その外皮は全身の殆どを覆っていて、頭部も硬そうな外皮に守られている。ぎらついた眼だけが剥き出しだった。

 その手足には鋭い爪が生えており、明らかに人間のそれとは異なる鋭い牙が光を反射している。人間など、骨ごと切り裂いてしまいそうだ。

 更に、奴の背後でゆらゆらと威嚇するように揺れる長い鞭のような尻尾。


 いや、こわっ!


 一般人の感覚で言えば、怖い以外の何もない。

 外側を恥ずかしいヒーロースーツに包んでいても、中身は単なる一般人なのだ。

 …よく考えてみたら普通の一般人より駄目かもしれん。

 しかし背を向けて逃げようにも足が動かん。


 ここは何とかして逃げ―――『戦わなくてはならない』


 戦わなくてはならない…?まあ、そうかもしれない。

 でも、怖―――『戦わなくてはならない』


「…?」

 何かよく分からないが…恐怖感が薄れてきた。

 勝算があるか無いかは分からないが…戦ってみよう。

 でもどうすればいいんだろう?さっきからずっと睨みあっているが、思案の最中でもムラサキトゲトゲ星人は睨むだけで何もしてこようとしない。

 とりあえず、自分に出来る攻撃手段は―――剣とか銃とかいった武器が無いから、パンチかキックだろうか。魔法が使えたらよかったのだが、出来るかどうかは不明だ。でも多分無理だ。出来るならリシェスからそこらの住人以下とは言われないだろうから。

 ともかく殴りかかってみよう。このままじゃ永遠に進まない。


 そう思った時だった。

 全身の筋肉が動く。

 短距離走のスタート姿勢に似た姿勢を取った後、全身のバネを使って一気に跳躍。一息で距離を詰めて―――跳躍による重力を乗せた、渾身の右パンチを放つ!

 トゲトゲ野郎は避けようともしない。拳は完全に額を捉えている。

 次の瞬間、右拳に鉄板が何かに激突したような感触!右手に走る激痛を覚悟したが、痛みはやってこなかった。ただ―――


「へっ、なんだぁそれ?今のが攻撃かぁ?」


 奴は、余裕の表情だった。

 そして右手が兜のような額に衝撃を与えたと同時に4、という白い数字が数瞬、表示された。

「これは―――」

 何かを言おうとしたとき、俺の身体は飛びのいた。後方への跳躍後、無駄にバク転まで決める。


 身体が自動的に動くようだ。

 これはスーツの力なんだろうか。それともゲームの力なのか…どっちにしろ、あまり変わらないか。

 というか、モーションはかっこいいのに全然効いてねぇじゃねえか!

「今度はこっちの番だぜコラァ!」

 ドスの利いた声と共に尻尾が揺らめき、紫閃が襲い掛かる!

 避ける事も防御する事も出来ず、吹き飛ばされる。

「うぐっ」背中から地面に叩き付けられ、声が漏れ出る。

 不思議な事に、痛いとは思わなかった。強打した筈の背中もだが、尻尾が叩きつけられた腰も痛くはない。

 ただ、右下の金ぴか顔のHPゲージは無情なまでに減っていた。

「リッシュ、ヒーローは腕力に頼るものじゃないわ。『ヒーローギア』を使って!」

「は!?」

 また分からない単語が出て来た!

「使おうと思えばいいのよ、いい加減に慣れなさい!」

「はいぃ!」

 しかも怖い!ヴィランとかいう奴らより怖くないか!?

 一刻も早くヒーローギアとやらを使わないと、銀色の女ヴィランより怖いひとに殺される!とにかく使いたい!


 俺の身体がその思考に反応したのか、左腕の前腕を身体の前面に出した。今まで気づかなかったが、左腕にはゴツめのガントレットがついており、そこに小さなディスプレイが収められていた。ディスプレイを右手で2、3回ポチポチと操作した後、前方の敵を見つめる。

 HUDに銃火器か何かの照準が表示され、ヴィランを捉える。

 LockOnの表示と共に、「『テールスラッシュ』をキャプチャーした!」というメッセージがでかでかと表示された。


 一連の動作に訳が分からず混乱していると、怪人に紫閃が襲い掛かる!

 凶悪そうな怪人はさっきの俺よりも派手に吹っ飛び、49という白い数字が表示された。

「バ、バカなぁ…!」

 先程の態度とは真逆の、苦しそうな声。背中から地面に叩き付けられたムラサキトゲトゲ星人は上半身を起こして俺を驚愕の表情で見やった後―――消えていった。


「おめでとう、リッシュ」

 事も無げにリシェスは言った。

 本当に動じていないのだろう。怪人―――やはりあれがヴィランらしい―――を倒したあと、1レベルアップした時に「スキルポイントの割り振りを忘れないようにね」と、事務連絡っぽく言っていた。

 きっと、俺なんかとはレベルもランクも段違いに違いない。

「これであなたは、さっきのヴィランが使っていた特技を使えるようになる。悪用しないようにね」

「…ああ、分かった」

 悪用なんて出来るのかよ、どうせゲームの力で動きを止められそうなもんだぜ―――という言葉は飲み込む。

「全てのヴィランに有効なのか?」

「多分ね。ヒーローギアが効かないヴィランなんて、聞いた事無いし。ああでも、調子に乗って使いまくっても駄目よ。メモリーは無限じゃないんだから、必要なモノだけキャプチャーしなさい」

「…そうか」曖昧に応えた。

 まあ言わんとすることはわかる。さっきの「キャプチャー」とやらは、無限に出来るわけじゃないのだろう。

 いずれ、選別が必要になるかもしれない。まあ、今はどんな能力でも欲しいものだが…。


「それじゃ、これから初ダンジョンね。頑張って」


「…え?」

 意味が分からない。

「これから本社に行くだけだろ?電車に乗って行くだけじゃないのか?」

「知らないの?都市部の駅は、ダンジョンになっているのよ」


 知らなかったそんなの…。

 あまりの驚愕に身が震える。それに、頑張って、って…。

「君は来ないのか?」

「私はこれから緊急出動か掛かる手筈になってんの…ほら、きた」

 リシェスの左腕前腕部にあるディスプレイから警告が鳴り、だるそうに右手で操作している。ガントレットから緊迫した男性の声が鳴り響き、2、3のやりとりの後、彼女は通信を切った。

 緊急出動が掛かる「手筈」って…どういうことだ。一体全体。

「リシェス、君は一体…」

「言ってるでしょ?慣れなさい、この程度。『世界』の意思よ」


 じゃあね、と言ってリシェスはひらひらと手を振り、いずこかへ去っていった。先程のヒーローギアとやらを使ったらしく、大空を舞う程の跳躍で一瞬にして消え去ってしまった。



「…え、マジで?」

 チュートリアルが終わったからといって、街中でダンジョンって…。

 うなだれながらも、重々しい歩を進めていく。

 目指すは、Villain Hero's本社があるというジャスティス・エリアだ。


「マジで…?」

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