第3話:人生は決断の連続だ
大陸中央に位置しており、先進技術・最先端ファッション・幾多の観光名所犇めくメガロポリス・ジャスティスシティ。人口は約5万人ほどで、周辺の衛星都市を含めると、全長はおおよそで800㎞にも及ぶ。
都市の中央区は軍事施設、行政施設が群れ成しており、この周辺に住む人間は、まあ、いわゆるエリートに位置する者達だ。もちろん、空を反射するような高層ビルとか、お高いレストランとか、「いかにも」って感じの建物もたくさんあるらしい。
俗称だが、中央区の住宅街はエリート地区などと呼ばれる。
そして、その郊外である住宅街。ギリギリで中央区を外れている地区はサテライトと呼ばれる。
俺が今いる家はサテライト地区の、そこそこスーパーマーケットが近く、そこそこに駅も近い。良くも無ければ悪くも無い物件だった。
まあ―――しみったれた家というのが、ぴったりな表現なのかもしれなかった。
銀ぴかピッチリヒーロースーツの彼女は、この世界の事を色々と教えてくれた。理解が追いつかない事と、いちいち聞いていたら何時間、いや、何日間質問攻めにしてしまうか分からないため、一旦彼女への質問を止め、ひとまず外に出る事にした。
言ってしまうと簡単だが、ここに至るまでの俺の狼狽っぷりっといったら、自分でもちょっと恥ずかしいぐらいだ。
なにしろ、ランクEのレベル1であるリッシュという男はそこらへんの住人より弱い存在だとか、サテライトから中央区は近いが、サテライトから中央区に入るには交通機関を使って2時間を要するとか、無抵抗のまま殺される事もあるヴィランを可哀そうとか言っている連中はこの世界に存在しないとか、そういった話がワンサカと出て来たのだ。
どう受け止めればいいのか?そんなの知るか。驚くのも疲れた。もういい、早くストーリー進めちゃおう。
今の俺―――駆けだしヒーローのリッシュは―――そういう心持ちだった。
「よし、ともかく本社に行くんだよな?行こう、悪いけど案内よろしく頼む」
銀ぴか彼女が最初に発した言葉は、本社へと行こう、というものだった事を覚えている。つまり、出勤するのだろう。彼女とリッシュという男は―――つまり俺は―――知り合いなのだろう。少なくともそういう設定のはずだ。
「あ、待って」
「なんだ」
「家を出る前に言っとくけど…変な名前だったら承知しないわよ」
「…何のことだ?」
「すぐにわかるわよ…そして慣れなさい。さ、玄関まで行って、ドア開けて」
頭上に?マークを浮かべたまま(本当に浮かんでないか心配になったが、流石に無かった)、彼女に急かされるまま階段を降りていく。階段を降りると、玄関は目と鼻の先だった。
また開かないとか無いだろうな、と思いつつ、ゆっくりとドアノブに手を伸ばし、掴む。その瞬間―――
『
「は?」俺は思わず口に―――出そうとした疑問が、出ない事に気付いた。
ドアノブが動かないどころじゃない。回そうとした手首までも動かない。
いや、それどころか、足も、首も、瞼も―――全身が動かない!
『
声が響く。気のせいだと思いたかったが―――やはりまた、謎の声が聞こえてくる。
おい、おい。これ、最初の真っ暗闇と同じ状況じゃないか。
彼女って誰?―――とは思わない。さっき、銀ぴか彼女が言ってた言葉はこれだったのだ。
『変な名前だったら承知しないわよ』
恐ろしい。
俺にネーミングセンスなんて求めないで欲しい。
普通、ゲームキャラに付ける名前なんて、自分が気に入っていればそれでいい。
だが、こうなると自分の赤ちゃんに名前を付ける行為とさほど重要さが変わらない気がする。
だって彼女は、自分の名前に疑問を抱くことも出来る。ただの文字列じゃなく、自分で物事を判断し、行動する「人間」なのだ。
アルクテクノロジーよ―――長いからアルテクと呼ばせてもらうが―――そういうイベントも、良い。愛着を持つために、自分で名を付けたいプレイヤーも居るだろう。
だがな、デフォルトネームぐらいは用意しておいてくれ!
困るんだよ!まだ彼女のキャラクターを把握してないから、どういう名前が似合うのか分からないし、この世界にどういう名前のキャラクターが居るのか知らないから、ありがちで無難な名前だと他のキャラと被る可能性があるし、奇抜で気取った名前だと後々で恥ずかしくなってくる場合もあるし、何より本人が嫌がる可能性もある!
自分の名前ならまだ気楽だ。自己責任だから、まあ納得できる。
罵りの言葉を虚空に投げかけてやりたいところだったが、今言葉を発するのはまずい。それが彼女の名前になる可能性がある。というか―――
(いま、喋れるのか?)
全身が動かない今、口まで動かないならどうしようか―――って、さっき動かなくなってたぞ。「は?」って言おうとしたのに、口が動かなかった。
『
どうするどうする。
もしこのゲームのバグで、名前を決めたいのに喋れないから先に進めないとかなら、俺は永遠にこのままではないか。
なにか、とりあえず名前を言ってみよう。もうこうなったら、思いっきり奇抜じゃないものでなければいい。試してみよう。
「リシェス!」
ドアノブが開いた。
さんさんと照り付ける陽光と吹き付ける爽やかなそよ風が、雄弁に春である事を告げてくる。
いやあ、ゲームでここまでの表現ができるなんて、すごいなあ。アルテク。
「………」
銀ぴかの彼女は―――恐らくはリシェスと名付けてしまった彼女は―――何も言わなかった。
なんでよりによって、リッシュと似ている名前になったのかって?
だって―――何も思いつかないんだもん。この世界で人名を見てないから、どんなのがスタンダードか分かんないし、リッシュっていう名前しか思いつかないんだもん。そりゃ、似てる名前になるだろう。
それに、『リシェスでいいですか?』とか、聞いて欲しい。安全工学は大事なことだ。
「………」
案内して欲しいんですけど…しかし、何も言えない。
名付け親も、大変だ。
無理!
そう思ったのは、数十分ほど彷徨った時だった。
土地勘ゼロの男があちこちをぐるぐる回り、様々な箇所を見て回っても、分からんものは分からん。
本社って、どこだよ。本社行きの駅って、どこだ。
彷徨う数十分間、ずっと黙っている彼女に、気まずくてどうしても話しかけられなかったが、疲れた。どんなに動き回っても身体は疲れないし息も切れないのだが、精神的に疲れた。
「なあ、その…どこに行けばいいんだろう」恐る恐る。今の俺はこの言葉を体現していた。
「…リシェス、よ。リッシュさん」
「…はい」
「右よ。そこから真っすぐ行って、人だかりのある駅に行って」
「はい…」
紛らわしい名前…と、背後からぼそりと聞こえた気がする。ケイレンしそうな顔面をほぐしながら、指示どおり右に曲がる。
道は全面コンクリートで、車道脇には樹木が植えられており、道にゴミや汚れは一切ない。個人経営のカフェやら雑貨屋が立ち並ぶ通りがあるかと思えば、大きな学校が建っていたり、散髪屋―――というか理容室―――があったりする。
郊外とは言え、さすがにメガロポリスだけはある。田舎という感じがない。
ただ、分かれ道がとても多いのは参る。こんなの、目的地の方向を知らなければ、絶対に迷ってしまう。
一度右に曲がった後は大小様々な分かれ道を無視すると、やがて人だかりが出来ている駅らしき場所を見つけた。
混んでいるのだろうか?
嫌だなあ、こんなファンタジー世界でも満員電車なんて。
「じゃ、そろそろ始まるわよ」げんなりした俺に、リシェスが話しかけてきた。その声は無感情で、ただ事実のみ告げているようだった。事務連絡のように。
「何が?」
「ゲームが始まって少し経った頃に始まるものよ。分かるでしょ?」
リシェスがそう言った時、人だかりから悲鳴と轟音がした。
「弱い!弱すぎるなニンゲンども!」
そして、いかにも悪そうな声。地底から響いてくるような重厚感のある声は、むしろかっこいいとすら思ってしまう。
人混みの中心で爆発が起こった。そして、人だかりが―――なぜか俺から見て正面部分だけが―――人が避けていき、裂け目となった。人だかり、その中心部が見える。
そこには、全身が紫色で、やたらトゲトゲしい衣装に身を包んだ、3メートル以上はあろうかというこれまたトゲトゲしい尻尾を持った、怪人がいた。
直感した。いや、まあ―――誰でもわかる事だろう。
あれは、ヴィランだ。話しに聞いていた、悪の―――
「これって、まさか!?」
俺は、相も変わらず背後に張り付いて動かないリシェスへ、悲鳴をあげるように問いかけた。
「
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