この世界には生活しかない

朝起きる。

布団を畳む。

朝食を作る。

皿を洗う。

…。


そんな営みは世界で一番無駄だと思っていた。


それはいつも奪われてばかりだったからだと思う。気を抜けば奪われる。幸せじゃなくなる。同じ生活を続けられなくなる。


そこに止まるためには、ある限りの力を使って走り続けなければならない。そんな感覚があった。


大人になってからというもの、走り続ける力をどんどんどんどん失っている気がする。この世界は自分ではどうしようもないという無力感や理不尽が尖った意思を削いだ。


浮遊する力を失った鳥は岩場で荒れる海を見つめるしかない。最低限のお金、最低限の仕事、最低限の関係が手元に残った。


かつて同じ高邁な意思を持って雲より高いところに昇った仲間もいた。だが、同じような理不尽をあと数十年耐えることができるかというと、難しい。


僕の人生には生活しかない。


フライパンでベーコンを焼いている自分の姿こそ、自分の人生の本質だったと感じる時、まるで大いなる海の一部に、脈々と続く生命の大きなうねりの一部になったように思う。


それは心地良くもあるが、自分のこれまでの生き方を否定していてとても寂しい。雲を見ればかつての意思や仲間を思い出し、自分がこの世界を変えられる存在ではなかったという無力感が襲う。


この無力感が消えるときはくるのだろうか?






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

SS集 沖伸橋 @tgf

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る