サイダー味の青空に

片山径路

第1話 サイダー味の青空に

 ぽとりと地面に落下したサイダー味を、彼女はうらめしそうに見ていた。

 学校の帰り道、古びたバス停のベンチに二人、並んでおんなじ青色の棒アイスを食べていた。

「中学生にもなって棒アイス落とす人なんて、なかなかいないよ。かおりはほんとに注意力が足りないわね」

 私はそう言って、自分のアイスを彼女に差し出した。

「えへへ、ごめんね、お姉ちゃん」

 彼女は照れて少し笑って、私のアイスをひとくち食べた。

 ふわりとした横髪が風に揺れて、頬をくすぐっていた。彼女はそれを片手ですくって、後ろに流した。その仕草がとてもきれいで、私は思わず見とれてしまった。

 太陽はじんじんと照りつけていて、空の青さをいっそう引き立てていた。吸い込まれそうな青空の向こうには、入道雲が天に向かって手をのばしていた。

「すごいね。おっきいね」

 私は言った。かおりは私の視線をなぞるようにして、空を見上げた。

「うん、おっきい。天国まで届きそうだね」

 彼女はそう言って、入道雲へ手をのばした。



 それからいくつかの時が流れて、私は東京の大学へ進学した。

 都会での新しい生活はやはり刺激的で、ふるさとへ帰る意思を簡単に奪った。なにか理由がなければ、帰ろうなんて思えなかった。実家のことが嫌だったのではない。ただ、自由を手に入れて、自分がどこまでも行けそうな気になっていたのだ。戻るよりも先へ進みたい、そんなエゴだった。

 でも私は、それでいいのだと思っていた。前だけを向いて真っ直ぐに進むことが、いま必要なことなのだと、そう信じていた。


 実家から電話が掛かってきたのは、大学3年も終わろうとしていた、春のはじめだった。



 バス停のベンチで、私は空を見上げていた。右手にはあの日と同じサイダー味の棒アイス。それにならうように、空はどこまでも青かった。湿気を帯びた空気に混じって、サイダーと夏の匂いがした。

 不意にアイスがぽとりと落ちて、私のスカートを汚した。真っ黒な喪服のそれに、さわやかな青色は不釣り合いに見えた。

「大学生にもなって、棒アイスを、落とすなんてね。かおりのことを笑えないなあ」

 そこまで言葉を絞り出して、私はスカートを見つめ、そして目を閉じた。妹の名前を口にしたことで、やはり涙がこぼれた。

 なにか理由でもなければ、帰ってこれないと思っていた。たしかにそう思っていたけれど

「こんな理由なんて、おかしいでしょ」

 涙と一緒に、言葉もこぼれた。まるで、溶けて支えられなくなった棒アイスのように、自然にこぼれ落ちた。それを止めるすべはなくて、私はぐっと顔をあげて、やはり空を見上げた。人生に取り返しのつかないことは、たしかにあるんだ。落ちたアイスが元に戻らないように、こぼれた涙も、なかったことにはならないんだ。それならば、どうしたらいい。こんなに悲しいのに、どうしたらいいというのだろう。


 太陽がじんじんと照りつけて、空はうらめしいほど青かった。吸い込まれそうな青空の向こうには、まるであの日のように、入道雲があった。それはとても雄大な姿で、天に向かって手をのばしていた。

「大きいね、天国へだって届きそうね」

 私はそう言って、入道雲へ手をのばした。

 あの日の妹と同じように。

 今はもういなくなってしまった、彼女のように。

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