山の撮影会

ネコモドキ

先輩に誘われて


 山、と言う言葉には、言の葉では表現できぬ程の恐ろしさだったり何やら神秘を感じる事がある。

 特に月の出る夜ーー満月が照らす山道には、所謂怪奇的現象が度々起こると言われている。

 これは、私の友人の体験談を基にした奇談である。


「夜、K山に撮影会に行きましょう」

 同じ学科のA先輩にそう誘われた時は、直ぐに返事をする事が出来なかった。

 K山、地元の人間ならば知る人ぞ知る、積雪地。誘われたのが三月上旬と言うこともあり、好奇心よりまず安全面の心配が頭を過る。

「こんな時期に、何を?」

 バードウオッチングを目的とする、写真同好会に属している自分としては、安全面もだが、まずそれを聞かずにはいられなかった。

「来れば分かりますよ。夜の山道は冷えますからーーなるべく重装で来て下さい」

 胡乱な話ではあったものの、最終的には好奇心が勝った。何より、昔から足繁く通っていた場所でもある。危険であれば無理矢理連れ帰るのも辞さない覚悟で行くことにした。

 さて、時は飛んでーーその日は満月の夜だった。

 田舎特有の田園風景が満ちた月明かりに照らされ、神秘的かつ淫靡的な雰囲気を醸し出している。不規則に点滅する外灯の下に、A先輩はいた。

「すみません、お待たせしました」

「いえ、今来たばかりですよ」

 なんて、お決まりの挨拶を交わし山道の入口へと向かう。入口、と言っても粗末な立札があるだけで、特に景色が変わることもない。

 ふと顔を上げると、木々に遮られた山道は闇に包まれ月光が届く事はない。道は未だ溶けぬ雪で所々が白く、寒々しい印象を持つ。

 もう少し登ると開けた場所があった筈だ。そこで一休みつきませんか?と提案するとA先輩は承諾した。

「結局、何を撮影するんですか?」

 開けた場所にて、古ぼけたベンチに腰を降ろし未だ写真初心者の自分は、デジカメを弄りながらA先輩に問うた。何となしに昔の記憶を探ると、百舌の速贄に驚嘆した過去があった。思えば、あれがキッカケで鳥という生態に興味を持ったのかもしれない。

 とすると、百舌の巣作りかーーと適当に当たりをつける。

「今に分かりますよーーいえ、そろそろですか」

「はい?」

 その時だ。白と緑、黒。そして光だけの静寂が佇む空間にボゥと、突如として影が生まれたのは。

 人型の、やや起伏に富んだその影は、前も後ろも分からない筈なのに、何故か此方を見ている気がした。妙な重量を感じる、腰まで届く長髪が不自然な動きを見せ直後、

「ぅ、っ!?」

 音も無く滑るように此方へと向かって来る!?

 敵意も、害意も感じないーー感じないのだが、震えが、鼓動が、止まらないっ

 嫌な汗が全身から吹き出し、包み込むような寒さを忘れさせる。目が、離せない。息が、詰まり、嗚咽ーーが、漏れる。

 喉の奥から重音が溢れ、視界がぼやける。その間にも影はどんどん接近して来てーー


 カシャ


 乾いた音が、轟音に塗り潰された感覚を切り裂いた。

 横を、見る。

「先輩、何を……」

 している、のですか……?

「写真を、撮っています」

 変わらぬ声色でそう、返される。

「あれがーー見えないのですか!?」

 殆ど半狂乱、或いは、八つ当たりとも言うのかもしれない。

 ーーただ、

 ーーただ、ただ、

 目の前の現実を受け入れられずにいた。

 それだけの、

「ーーーーーぁ、ハ」

「ひ、ぃっ!」

 耳元で囁かれた声に、鳥肌が総毛立つ。

 それは、声を声とも認識出来ぬ、濁った音のようであり、或いは自然の響きのような。


 カシャ


「先輩っ!!」

 喉の奥を痙攣らせながら、A先輩を戒める。

 そう、それは非常識な行動だろうと、

 この場において、最も常識とは剥離したこの場において、そんな事しか出来ない。出来なかった。

「あなたもとりなさい」

 ーーアナタモトリナサイ。

 何を?脳が理解する前に、身体が反射的に拒否を示した。

 手に持っていた筈のデジカメが、そこには無かったのだ。

「携帯、持っているでしょう?」

 それを見越してか、先輩は畳み掛けるように言う。当然、かどうかは判断しかねるがコートの内ポケットに入れてある。

「大丈夫。悪いものではありませんから」

 既に影は目と鼻の先に在る。

 心の臓の鼓動は体内を侵し尽くさんばかりに激しく胎動している。

 それが、鼓膜を震わせる。

 手を、震わせる。

「ーーーーふ、ンン、」

「ひ、いぃっ」

 内ポケットに手を伸ばす。それが、助かる方法だと、信じるしかなかった。


 カシャ


 甲高い音と共に、スマホのフラッシュが焚かれ、影の姿、全容を焼き写す。

 恐る恐る画面を覗くと、そこにはーー


「なんだ、これ……」


 顔の半分が焼け爛れた、美しい女の姿があった。

 白装束を身に纏い、腰まで届く長髪は艶のある黒。顔の右半分は見るも無残で、皮の一部が頭髪に張り付き、妙な重量を感じる。

 着物故に身体のラインはハッキリとは分らないが、細身で、そう、焼け爛れて尚、美しかった。均等を冒涜するかのような背徳感すら、その女の美しさをより際立たせているような思える。

 A先輩が、口を開いた。

「ここはね、数十年前程かな?酷い火事があって。酷い、と言っても規模じゃなくて、被害の方ね。父、母、娘の三人一家でそれはもう、美男美女の家庭だったそうでねーーある時、それに嫉妬した近所住民が事故に見せかけた火事を起こしたらしく、まあ、火傷で顔を見せられない程度にする筈だったらしいんだけど、結果は三人とも死亡。特に娘さんに至っては顔の骨まで無残な事になっていたそうで」

「じゃあ、あの影は」

「さあ?娘さんかも知れないし全くの別人かもしれない。ただ、私はそれを撮りたかっただけ」

「そ、んなーー」

 だって、そんなーー

 言いかけて、気付く。

 あの影が、文字通り影も形もなくなっている事に。

「あ、れ?」

「あの影ーーいえ、娘さんに対してどう、思った?」

「は、いえ、綺麗、だなぁと」

「顔が焼け爛れていなかった?」

「それでも、綺麗だと思いました」

 心の底から。

 そう言うと先輩は、満足、したのだろうか。

 足早に、下山し始めた。

「ちょ、先輩!?」

 ベンチの下に落ちてあったデジカメを無事発見し、月明かりに照らされる山道を見て一人、思う。

 もしかするとあれはーー満月の夜が見せた幻覚だったのかもしれない。と、


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山の撮影会 ネコモドキ @nekomodoki

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