第7話 難しい愛

 暗闇の中で、ぼくは必死にを目指した。それなのにぼくは息ができず、体が鉛のように重くなってどんどん沈んでいく一方だ。そうやって、そのままについてしまった。底には、レーナが横たわっていた。ぼくたちの周りだけ明かりがついて、まるで舞台で照明を浴びているようだと思った。明かりの輪の外側には、漆黒の闇が広がっている。レーナはぼくが最後に見た時と同じ服を着て、床の上ですやすやと眠っている。その姿を見ているうちにぼくがぼくから分離して、レーナを見つめている自分を後ろから観察することができた。 


 その姿は肩を落とし、頭を垂れて祈っているように見えた。でも、そうではないことをぼくは知っていた。ぼくの中では自分勝手なレーナへの想いが、ぐるぐると渦巻いていた。そして、レーナが眠ったままかすかにその口を開いての名を呼んだ時、ぼくの想いは深い絶望に変わった。彼。学校の中で一番目立っていた、運動が得意で陰のない笑顔を見せる、彼。愛はなんて酷薄なのだろうか。この世界は、ぼくが誰にも必要とされていないことを見せつけるに当たって何の躊躇も猶予も与えなかった。その不幸な感覚がぼくの心臓を貫き、あと少しでそれを破壊しつくすと思えた時、その刃物はぼくの体内で固定され、消えない痛みとしてそこに残った。


 遠いあの夏の夕べ、ふたりで出かけた浜辺の散歩も、帰り道に振り返ってくれたことも、冬の吹雪の日に語り合った晩も、何もかもが幻想で、この上なく美しくて残酷な幻想で、ぼくはそこにいてもいなくても良かったのだと気づいて、ぼくはその痛みに満ちた自覚に惨めなうめき声をあげた。レーナはそこにいる。こんなに近くにいるのに、こんなにも遠くて、こんなにも触れられないものが、他にあるだろうか。隔絶された孤独な自我の中で、ぼくの感覚は出口を求めてさまよい、さすらっていた。君がいれば、君さえいればこの牢獄から逃れられたのに。


 そうやって自分の境遇の上にへたり込んで、ぼくはただただ涙を流した。その涙がぼくらをさらって、海へと流し去るまで。

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