第3話 厳しい冬

 その冬は例年になく厳しく、秋の収穫が乏しかったこともあって食糧事情は緊迫していた。近隣の村も皆食糧難に襲われていて、どこに助けを求めることもできなかった。ユエスレオネからやってきた男は、レチという名で、機械の修理ができたので町外れの小屋で機械工をはじめた。ぼくはよく彼の小屋へ行き、彼が機械を手際よく修理していく様子を見ていた。しかし、冬が深まるにつれてぼくたちの村はますます困窮しはじめ、ぼくを含めて動ける男は皆、森に狩猟に行った。獲物は少なく、運よく捕まえてもだいたいが痩せていた。

 

 ある晩のこと、ぼくと家族が乏しい食事を終えて家の中で暖炉を囲んで座っていると、レーナがやってきた。厚い外套を着て震えながら入ってきた彼女を、ぼくは暖炉の前に座らせて靴と上着を脱がせてやった。母が彼女に温かい飲み物を出した。外は吹雪だったわ、と彼女は言った。彼女は早くに両親を亡くし、最後まで残っていた兄も秋に結婚して隣村に行ってしまったので今はひとり暮らしだった。水溜めが凍ってしまって、飲み水がなくなったのでここへ来たのだと言う。父は、この気候が穏やかになるまでここにいなさいと彼女に優しく言った。ぼくは空いている部屋を掃除して、彼女の寝室にするのを手伝った。木組みの天井が見える屋根裏部屋の一角で、ずいぶん来ないうちに少し湿っぽくなっていた。片付けには一時間ばかりかかった。一通り片付けが終わると、ぼくとレーナはベッドに腰掛けて話をした。もっと早く彼女を迎えに行けばよかった、とぼくは思った。もともと細い彼女は少し青ざめて、体調が悪そうだった。それでも彼女は努めて明るい話をしようとし、最近森で拾った木の実の話などをした。


 次の日から、レーナはぼくの家で暮らすようになった。冬でも、みんなやることがたくさんあった。ぼくたち男は狩猟に、女の人たちは木の実や枯れ枝を拾いに、森や林に入った。森の中は降り積もった雪で歩きにくく、晴れた日でも寒かった。レチが狩猟に来る時は、ぼくは言葉が通じない彼の横にいて指示を伝えることしていた。レチは腕の立つ狩人だった。皆が見えないような高みにいる鳥を何度も撃ち落としては村人の喝采を浴びた。


 長い冬が終わり、やがて春がやって来た。皆は村のそばの川を遡上する魚の群れを期待して、そわそわしはじめた。例年春先になるとやって来るその魚は、卵を抱えて丸々太ったメスが大半で、とても美味しかった。村の男たちは川を交代で見張って遡上に備えた。


 春になっても森のけものはほとんど戻って来なかったから、人々はじりじりしながら魚たちを待った。食事からは肉が消え、野菜や山菜ばかりになっていった。去年の遡上の日がやって来たが、魚は影も形も見えないままだった。5日、10日、15日が経った。


 そして結局、魚は一匹も来なかった。

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