現在の選択 その1

 大学生活を満喫できたのかどうかは微妙だが、一つ失敗だったと言えることがある。

 それは就職活動だ。


 もう4年の12月なのに就職先が決まっていない。このままでは異世界就職まっしぐらである。

 原因の一つは確実に異世界転移である。

 脳筋ゴリラも2割くらいは原因かもしれない。いや、3割かな。……5割くらいあるかも。


 それはこの前お祈りされた面接の前日だった。

 もう何度目かわからない異世界転移、せっかく記憶した面接マニュアルを忘れてしまいそうな絶望に打ちひしがれてのスタートだ。


「そうだ、逆に考えるんだ!面接のタイムリミットが明日から魔王を倒すまでに伸びたという事ではないか!」


 幸いマニュアル本は異空間倉庫に3冊ほど入っている。

 少しずつ勉強していけば、一夜漬けではなく、一年くらいかけてしっかりと覚えた状態で臨めるという事である。

 面接の予習だけに1年を使えるという贅沢!

 まさに異世界転移で元の時間に戻る事が出来る特典と言うべきか!

 神様!ありがとう!


「あのー、大丈夫ですか?」


 森のど真ん中で神に感謝していた俺に声をかけるイケメン男性。

 腰には若干鉈のような剣をき、手の弓と背中に背負う矢筒を見るに狩人だろうか。


「あ、はい、大丈夫だウホ。」

「ウホ?」


 いけないいけない、ゴリラ要素無かったと思うんだけど。

 狩られちゃうからね。野性味は抑えようね。


「ちょっと時間に余裕が出来たことを神に感謝していただけなので。」


 そう答える俺に、イマイチ納得しない表情で首を傾けるイケメン狩人さん。

 まあこんな森の中で時間も何もないだろうから、理解できないのはしょうがないよね。


「こんな森の中で立ち止まっておしゃべりもなんですので、村に行きながらお話を聞かせて下さい。」


 エスコートもイケメンである。

 警戒心が薄いような気もするが、ここの土地柄なのだろうか。

 それともこの狩人さんが戦えるからだろうか。


「あ、助かります。

 でもいいんですか?手ぶら獲物無しみたいですけど。」


 狩人が森に入って武器しか持ってないって事は、空振りだったという事である。

 決してこのイケメン狩人さんが胸に手を当てて手ブラとか言っているわけではない。

 誰得だよ!そんな誤解しねーよ!ってツッコミは受付ますん。


 太陽から見てまだ昼を回った頃だろうから、本来ならもう少し狩りを続ける予定だったのではないだろうかと思っただけである。


「大丈夫ですよ。ちゃんとに猪が2頭いるので。」


 ただ物ではないとは思っていたけど、色々な意味で優秀な狩人のようである。

 それではお言葉に甘えさせてもらおう。


「おお、猪ですか。

 香辛料なら売るほどに入っているので、ご相伴にあずかりたいですね。」


 ちょっと驚いた顔をして少し警戒心が増した気がするイケメン狩人さん。

 あれ?ひょっとしてさっきのストレージ発言はマウンティングの一種だったのかな?


「え、ええ、香辛料を分けて頂けるのであれば大歓迎ですよ。

 ところで胸に何かつっかえたんですか?」


 ナチュラルにドラミングしてた俺マジゴリラ。

 マウンティングにはドラミングで対応するのがナチュラルになってる俺マジゴリラ。

 あれか、シリアスが一定値を超えるとゴリラが出てくるのか。

 そんな設定じゃ無かった気がするんだけどなぁ。

 やっぱりクールならぬ紳士なオークとやらが書籍化までされてるのを知ったショックで頭おかしくなってんのかな。うん。


 これ以上は怒られそうなので狩人さんと世間話をしながら村への道を進んでいく。


「少しスピードアップしてもいいですか?

 今日は村に泊まっていくんでしょうし、準備の時間も欲しいところですから。」


 その言葉にうなづくと、徐々に進む速度が上がっていく。

 ちらちらとこちらを見てついて来ているか確認するイケメン狩人さんマジ紳士。

 段々と余裕が無くなって驚愕の表情をしている気がするのは気のせいだろう。

 イケメンだし。クッソ悔しいなおい。


「ハァ…ハァ……着きましたよ。」


 そんなに一生懸命走らなくてもいいのに。

 結構早く走ったからか、まだまだ昼過ぎと言っていいぐらいの時間だ。

 俺をそんなにもてなしたいのか。照れるなあ。


「とりあえず村長に話を通したら猪を捌きに行くので、その間に香辛料を村人に売ってもらえると助かります。」


 あ、はい。香辛料が目的ですよね。うん。わかってました。

 自意識過剰恥ずかしいね。うん。


「村長!香辛料もった商人の方が来たよー」

「おう、テミスか。上がってこい。」


 イケメン狩人さんはテミスって名前らしい。

 いやあ、名前名乗らないって不自然だよね。人の事言えないけど。


「客人、それで香辛料って何もってきたんだい?」


 靴を脱ぐスタイルの玄関を上がると、囲炉裏のある居間のような部屋に通された。

 畳じゃなくて板張りだけど、どこか懐かしい感じのする家である。


「塩はもちろん、少量で良ければ他にも色々と揃えてますよ。」


 そう言いながら異空間倉庫から異世界用に布袋に小分けした香辛料を取り出していく。

 色々あるもんシナモンカルダモン


「珍しいのは使い慣れておりませんので、塩だけでもいただければ助かります。

 それにこの塩は……かなり高級な物なのでは?」


 正直ここの相場とか何もわからない状態で商人のフリは問題があるようだ。

 白い塩が高級と言う事は製塩技術が拙いのか、この辺の主流が色のついた岩塩なのか。

 というか貨幣価値どころか貨幣自体何も知らないんですけど。

 この世界来てまだ2時間だし。


「いや、先ほど商人と紹介されましたが、実際はただの旅の者でして……

 香辛料は売るほどあると言ったのでテミスさんに誤解されたのではないかと。」


 警戒度が上がる村長とテミスさん。

 と言うかずっとテミスさん警戒してるよね。なんかごめんね。

 ウホウホ、ボク悪いゴリラじゃないよ?


「正直この辺の相場も良くわかっていないので、野菜などの食料とかと交換してもらえると助かります。」


 俺がそう言うと、村長はあごに手を当てて考え込む。


「ストレージ持ちとは言え、野菜ばかりでは腐らせてしまうでしょうし保存食なども多めに用意いたしましょう。」


 あっぶねー!ストレージとやらの時間は止まらなーい!

 そんな心境をポーカーフェイスで誤魔化しながら村長に答える。


「そうしていただけるとありがたいウホ。」

「ウホ?」


 この世界のストレージと俺の異世界倉庫は別物だからね。しょうがないよね。

 大丈夫大丈夫、バレてないバレてないウホ。

 とりあえず塩は別の異世界で、海から魔法で精製したかめ入りの物を提供。

 ミネラルなどの成分も調整できるようになったから、日本でも塩を買わなくなったほどの一品ウホ。


「一個、二個、三個、四個、ゴリラー!」

「「!?」」


 突然奇声を上げるのは仕様です。諦めてください。


「村長!大変だ大変だ変態だ大変だ大変だ!」


 なんか今混じったぞおい。

 慌てて村長宅に駆けこんで来た村人A、足をもつれさせながらも滑り込んだ。

 舌ももつれたんだよね。うん。俺の事じゃないよね。


「そんなに慌ててどうした、お客さんの前だぞ。」


「王族が!王族の方が来たんだ!」


 こんな田舎の村に王族?

 ここって意外と王都から近いんだろうか。

 と言うか何しに来たんだろう。


「……来てしまったのか。」


 どうやら村長は王族とやらが何しに来たのがご存じの様子。

 ゴリラには解りやすく説明プリーズウホ。


「こんな辺境に来たんだ、目的は私を連れて行く気なのでしょう。」

「しかしそれでは!この村の守りが!!」


 何やら俺以外は事情を知っている様子。

 仲間はずれは寂しいウホ…


「もし宜しければ事情をお聞かせ願えませんか?

 何かお力になれるかも知れません。」


 俺の発言に物凄い勢いで振り向く三人。

 え?何コレ余計なこと言ったみたいで怖いんだけど!


「王族の方を待たせるわけには行きません、お迎えに向かいながら事情を説明いたします。」


 そう言って立ち上がるテミスさん。

 あれ?これ俺も一緒に行くパターン?

 何だか早まった気がするウホ。

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