第53話 欲出る食べ放題
――そこは戦場だった。
放たれる氷魔法、雄叫びを上げる男、その体躯で周囲の人間を弾き飛ばす強者。
周りの怒声も気にせず割って入っては獲物を狙う戦士。
弱き者ははじき出され、そのまま戦線から離脱してゆく。
まるで親の敵でも討たんとする悪鬼のような表情で、その手につかむのは銀色に輝く太刀魚。
そう、魚市場は戦争だった。
いや、冗談抜きで酷すぎるんですが。
何とか気合いでクソマズいトマトリゾット風の麦粥っぽいものを喉の奥に押し込んだ俺は、既に戦争に出遅れていた。
片や大漁だと安売りをし、片や食べ放題だと網で魚を焼き続ける。
その周囲には数多の奥様方が群れをなし、他人を蹴散らしてうまい魚を求めて暴れていた。
ここは人間の欲望渦巻く地獄だったようだ。
なんて現実逃避気味に格好つけた妄想をしていてもしょうがない。
魚を、貝を、甲殻類を手に入れなければならないのだ。
あまりムキになると死者を出しかねないので気を付けないとならない。
強い力もこればかりは加減が難しくなるのである。
とりあえず多少鮮度が微妙でも、時間が止まる異空間倉庫に入れておけば問題ない。
刺身で食べる勇気は無い。
あれは衛生技術の発達した国でしか実現できない、1つの贅沢だからだ。
「それ箱ごとで銀貨3枚でどうだ!」
大量に買い付けをする事で、多少目立つが売り手は優先してくれる。
腐らせる事は無いから多くても問題ない。
異世界転移を繰り返した体験談として、魚は内陸じゃ手に入りにくいから買い溜め一択だ。
弾き飛ばそうとしてくるおばさんも、肘で押しのけようとするおじさんも、今の俺には通用しないウホ!
無事にある程度買い溜めできた俺が、ホクホク顔で市場から脱出すると声をかけられた。
「兄さん見ない顔だがガッツリ買ってたな。」
おや?カツアゲウホ?
「あの三段腹弾きのティーモや、エルボープレッシャーのホジーソの攻撃にビクともしてませんでした!」
声をかけてきた身なりのいい青年に、その連れの少年が興奮気味に説明していた。
と言うかあのおばさんとおじさん、そんな2つ名ついた人だったのか。
どうやら悪意は無く、むしろ好意的であるようだ。
「そんな兄さんに良いもうけ話があるんだけど――」
あ、一気にうさん臭くなったぞコレ。
しかし詳しく話を聞いてみると、ごく普通の人助けだった。
孤児院の管理をしている女性は線が細く、この戦場にはとてもじゃないが参加できていないらしい。
一部取り置きをしてくれる人もいるようだが、量が獲れなかった日などは根こそぎ奪われるとの事。
体格が女性ほどでは無いにしろ、この世界の平均より華奢に見える俺が負けなかったコツを知りたいといった訳だった。
……正直筋肉で耐えていただけの脳筋対処法なんだけど。
でも歩方や重心の操作には筋力は関係ない。
本人を見て出来るだけのアドバイスはしてあげたい所だ。
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