閑話9 勇者と試練

 この世界に来て半年、傭兵団に入って5か月がたった。

 ボクもある程度筋肉がついて、男らしくなったかもしれない。

 2か月前くらいにお風呂のある街に立ち寄ったんだけど、傭兵団のみんなはそれまでボクの事を女の子だと思っていたらしい。

 どおりで一緒に大浴場に行こうと誘ったらビックリしてたわけだ。


「俺は問題ない」

「十分いける」

「新しい世界を開けとの神のお告げか……」


 とか意味不明な事を言ってた人達が少し気になったけど。

 大事なのは早く魔王を倒せるように強くなる事だ。


 傭兵団のみんなと旅を続けてたんだけど、とある街で変な人を見かけた。

 周りのみんなは気づいてないようだったけど、全身黒ずくめでいかにも怪しい恰好をしている。

 学校で怪しい人には逆に挨拶をしなさいって教わったから、ここでも試してみるといいかも。


「こんにちは!その恰好、暑くないですか?」


 急に話しかけたボクを変な目で見るみんな。

 その人はボクの方をじっと見ながらも、ちょっと警戒しているようだ。


「全身真っ黒だと日焼けはしにくいですけど、暑さがこもりますよ?」


 再度話しかけてみる。

 王都よりずいぶん南の方に来たからか、この周辺は結構気温が高い。

 それなのに真っ黒なローブとか暑苦しいだろうに。


 でも、その人が見えていたのはボクだけだったみたい。

 いきなり独り言で話しかけるボクを、暑さにやられたのかと勘違いして心配してくれる。

 違うよ!とその黒ずくめの人の肩に手を伸ばそうとしたその時、黒ずくめの人はとっさにバックステップでボクの手を避けようとした。

 でも、ボクは伊達に傭兵団で鍛えてた勇者じゃない。

 逃げられる前に肩を掴むと、バリバリって音とともに何かが砕ける感触がした。

 あ、何か壊しちゃったんだろうかと少し顔を青ざめさせると、傭兵団のみんなも黒ずくめの人に気づいたようで戦闘態勢に入った。


 どうやらみんなには今まで見えていなかった事、見破れたのはおそらく勇者の力だという事。

 逆に勇者にしか見破れないような技を使うやつは魔王の手先である可能性が高い事。

 そんな理由からとっさに戦闘態勢に入ったようだった。


「くっ、ここでまさか勇者なんぞに邪魔されるとは!

 しかしもう遅い、貴様が目指す予言の祠は今頃水晶ゴブリンたちに蹂躙されているはずだ!

 タイミングよく職人ギルドと商人ギルドが襲撃されたとの情報も入っている。

 そのざまじゃ今頃街の人間は皆水晶ゴブリンの餌にされているだろうさ!

 あいつの手下は死体があればいくらでも増える。

 止める手段は水晶ゴブリンを含めて皆殺しにするだけだ!

 もう仕掛けて5か月近く立つが、果たして何千・何万に増えているんだろうなぁ!」


 よく喋る悪役はザコだって聞いたことがある気がするけど、話を聞く限りじゃこれはマズいかもしれない。

 ボクらが旅してきた5か月の間に、何か魔物を増殖させるような魔法か儀式を許してしまっていたのだろう。


 透けるようにして消えていった黒ずくめを捕まえることはできなかったけど、その話を聞いていた街の人も一緒に衛兵さんたちへ報告へ向かった。

 そして街のみんなで防衛準備をし、足止めする柵や堀なんかを急ピッチでこしらえた。

 これできっとこの街を守れる!

 油断しないように訓練も続けることにした。




 でも、いつまでたってもゴブリンたちは来なかった。

 そして、預言の祠ってどこなんだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る