4-⑥ まさか……本物……

「もうお前とはやってられんわ!」

『どうも、ありがとうございました!』


 その一言で幕が降りた。

 以前魔法で無理矢理異空間につないだときと違い、特設ステージに作られた、緞帳。2人のネタ披露の為に建設された厚手のカーテン。

 それが観客とシコロモート達との間を遮る。


 そんな中で2人は、ただ突っ立っていた。荒く息を吐きだしながら、体力も気力も出しきり、疲れ果てていたものの、倒れる気は起きなかった。

 何故ならここは舞台の上。芸を出す場なのだ。たとえ死しても無様な姿を見せるわけにはいかない。そんな芸人魂にも似たものをシコロモートは持っていたから。

 だがそれでも完全に演芸が終了した今、シコロモートの気も少し緩んだ。だから大きく息を吐きだしながら


「終わった、のう……」

「はい……」


 とつぶやいた。それに短くギムコも応じた。

 持ちネタの全てをここに出しきった。即興劇も披露し、ゴリラも呼んで突発的なお笑いネタをやって、数時間のお笑い劇場を完遂した。

 だが、完遂とは終了と同意義ではない。それは今会場中に響いている声が証明していた。


「面白かったぞー!」

「もっともっと見たいー!」

「アンコールだアンコール!」


『アンコール! アンコール! アンコール! アンコール! アンコール! アンコール!!』


 芸を志すものなら一度は体験したいもの。それは観客からもっと見たいという催促されること。シコロモートの体に戦慄にも近い想いが駆け抜けるのを感じた。

 観客に応えねば。そう思ったシコロモートは軽く顔を叩いて気合を入れなおした。


「……ギムコ、もう一踏ん張りじゃぞ! 行くぞ!」

「はい」


 幕をくぐり、2人は再度聴衆の前に表す。

 たったそれだけなのに、さらに大きく手は叩かれる。これまでの盛り上がりなど比較にならない。より大きく、激しく喝采が飛ぶ。そんな中、シコロモートは拡声器を取って、吠えた。


「皆のもの、盛大な拍手をありがとう! 感謝しておるぞ! 芸に生きる者として、この拍手は現世の中で2番目に嬉しいものじゃ!」

「それなら一番は?」とギムコ。


「金!!!!」

「強欲か!」


 ドッ、と会場が再び沸いた。

「見事だった、2人とも。僕も楽しかったぞ」


 いつの間に来ていたのか、キーテスとグーヴァンハが舞台の上に上がっていた。先のコント時のジャージ姿と違い、きちんとした王の服装で。胸をそらし、両手を後ろに回しながら。


「何の何の。これもそれも何もかも、この世の中のパンの値段もお肉の値段も高いのも全部キーテス様のおかげじゃよ」

「そこは関係ないだろ! ……いや、物価の変動は政治が関係しているから、僕も関係してるか」

 再度会場が笑いに包まれた。息をするかのように次々とネタを繰り出すシコロモートとキーテスのツッコミ。先のギムコのそれと違うノリでもあるため、観客には新鮮に見えた。


「……それにしても本当にご苦労だったな……そんな姿で長丁場を……」

 キーテスが背中に回していた、右手をシコロモートに差し出してきた。


(握手?)


 閉会の儀にそんな流れは聞いていない。

 もともとは適当な話を少しして、キーテスがその場をまとめる。それで終わり。そう聞いていたのだが、それくらい問題ない。そう考えたシコロモートも手を伸ばした。


 それはほんの、いたずら心だった。


 一瞬握手に見せ掛け、伸ばしてきた手を取らずに間を外す。そしてその手は、シコロモートの額へ。


 すかされたシコロモートに苦笑いをさせながらも、怪我を治すというちょっとした意趣返し。キーテスなりの思いやりと魔が差したものの融合体だった。


「……!?」


 一瞬、シコロモートの反応が遅れた。これまでほぼぶっ通しでお笑いをやっていたがために、判断も行動も、すべてが遅れた。

 回避するなど楽勝であったはずの回復魔法がシコロモートの顔にかかる。相当に練り込まれた回復魔法は一編に傷が治り、元通りになろうとする。


「その様な怪我の中でのお笑い、見事かつ面白かっ」


 そこで止まった。先ほどまでの喧騒は消滅、一気に水を差したようになった。


 再生した角がシコロモートの包帯を突き破ったからだ。


 人族にはあり得ないもの、魔族であることの証拠、そして外見の完全なる一致。


「………………」

「………………」

「………………」

「………………」


 シコロモートも、ギムコも、キーテスもグーヴァンハもブリアも。この場にいる誰もが事態に対応できず、止まる。

 だがこの世の中に永遠のものなど無く、この状況もまた例外ではない。だから誰かがつぶやいて沈黙の時間は終わる。


「まさか……本物……」


 誰が呟いたもの分からなかったが、それはキーテスを正気に戻すのに十分だった。だから腰に差していた、護身用の剣を抜いた。


「──!」

「なりません陛下!」


 何がならないのか、キーテスは疑問に感じなかった。

 目の前に敵の首領がいる。ならば討ち取る以外何の選択肢があろう、例え敵わなくても、逃げれば王家への信頼は消える。戦う以外何の道も無い。

 キーテスは力の限り、その剣でシコロモートに切りかかった。

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