4-⑤ まあ、僕は最高にスカッとしたが

 漫才、ショートコント。

 次から次へお笑いは繰り広げていく。そしてそれを見る人々から大きな笑い声がそこかしこで起きる。

 新作もあれば、先の『豪傑戦隊』の様に『魔神と部下』、『悪の大王と四天王』、『悪対正義』。過去に行ったお笑いを改変したものを絶え間なく披露していく。シコロモートの全てのお笑いがここにあった。


 さらには大会準備中にこっそり観察でもしていたのか、キーテスやグーヴァンハのものまねも行った。

 グーヴァンハ役のシコロモートが毒舌を吐いて、キーテス役のギムコがぶちギレ大喧嘩。ホウキや椅子でドタバタした戦いを舞台の上で繰り広げられていくコント。

 最後はコテンパンにのしたグーヴァンハ役が『私の勝ちです』とばかりに得意気に歩きだしたところ、ローション床を踏み転げ回る。『かかったなアホが!』とばかりにキーテス役が吠える。

 即興ではあり、粗も無いわけではったが、このネタもウケにウケて、辺りから笑い声や拍手は止まらない。


 中には劇が始まって2人が顔を見せただけで、笑いをこぼす者まで出始めていた。

 優れたお笑い芸人が持つ、面白みのある雰囲気。これをもう既に感じている人が出始めているのだ。


(皆、笑ってます……)


 そんな喧騒をじっとブリアは見ていた。先のコントに参加したこともあってか、気分が高揚、その頬も紅い。

 先に色々演技指導をしてくれたブリアには、キーテスを初めとした特別待遇客の席をシコロモートは用意していた。一段上から劇を見ることができる席から見ていた。


 その場からの眺めは良かった。劇の全てを見渡せて、観客の反応も見られた。笑い合い、時折感想を話し合う、それがよく観察できた。

 そんな中、ブリアは彼を見た。人族側がシコロモート討伐のためにブリアを派遣するきっかけになった人物、先ほどほぼ無理矢理に近い形でショートコントに巻き込まれたロボッソ・ウギューを。今現在笑い転げている男を。


 彼は最初、頑なに笑っていなかった。

 だが、それは決して笑いの琴線に触れなかった訳ではない。何度か肩を震わせながら、俯く姿が見られた。つまり我慢していたのだ。

 しかしあのショートコントに参加してから緊張が解けたのか、それとも色々吹っ切れたのか。彼は、弾けた。

 そこからは吹き出し、繰り出されるネタの1つ1つに声をあげて笑い続けている。今では一際大きく喝采をあげている。熱心なファンそのものの姿だった。


 元魔王と魔王のお笑いで、人族でいっぱいの会場が幸せな空間となっている。つい先日まで思いもよらない光景。そしてそこには戦いも、憎しみもない。やさしい世界。


(私も……)


 だからこそブリアは思うのだ。人々を幸せにするために戦おうと決意し、勇者となって毎日訓練を積んでいる彼女は、当然のごとく、この考えになる。


(私も、もっと皆を笑わせたいです……)


 ブリアはシコロモート達を見つめた。羨望であり、希望であり、期待に満ちた眼差しで。






「あっはっはっ!」

 ブリアがいる側と違う特別待遇席。そこでキーテスは笑い転げていた。


「見事、見事だ! あいつら! 途中僕とお前も一緒にコントさせるとかどういうつもりだとか思ったし、さらに僕とお前のものまねし始めたときは『失敗だったか……?』的なことは思ったが、最後にお前が痛い目を見ていたから良かった!」

「それはそれは……私としてはあいつらを罰する法案を成立したいくらいなのですが」

「はっはっはっ、腐るな腐るな。劇の世界での話だ。お前がローションで転げたわけではあるまい。まあ、僕は最高にスカッとしたが」


 とりなしてきてはいるものの、それは全く効果は無かったよう、。グーヴァンハは口元を引きつらせて、額に血管が浮かんでいた。

 普段はおちょくっているキーテスがここまで上機嫌なのも気に入らないし、自分が笑いのだしにされたのだ。不愉快に思わないわけはない。

 しかしある意味では、今の状況はグーヴァンハに取って理想的とも言えた。


 グーヴァンハの狙いはこのお笑い大会の後、まずは自らが人頭に立って平和使節となることだった。そして魔族の首脳へ会談を希望する。

 受け入れるのであればそれもよし。殺すなら開戦の大義名分が成り立ち、奇襲もかけられる。とキーテスには説いていくつもりであった。尤も、シコロモートを知った今、後者はあり得ないとも思っていたが。

 その後シコロモートやギムコとあって、和平条約を締結する。最低でも停戦までは勝ち取る。


(その後陛下とシコロモートを会わせ、今日のことを伝える。驚きはするものの、これで恐怖を抱くことはない。魔族はあれだけ近くにいても害を及ぼすことの無い存在ということが身に染みて分かるはず……そうなれば戦争への道などますます遠のいていける……)


 魔族とは怖くないもの。共存できるもの。それを諭さらせる。

 その為には、上機嫌で浮かれ、お笑い大会に大満足するキーテス。これがグーヴァンハの計画にとって欠かせない要因だ。だから内心では『クソ間抜け面をさらしてどうしたんですか』とせせら笑ってやりたいのだが、そこは堪えていた。先の『豪傑戦隊』の一幕だけで我慢しているのだ。


 そんなグーヴァンハの思惑を全く知らないキーテスは、シコロモートとゴリラの2人が行う動物ものまねを見てさらに声を大きくして笑っていた。


「はっはっはっ……ん?」

 遠くから見ていたから気付きにくかったが、シコロモートの包帯が僅かながら赤くなっている。さきの『伝説の剣』でどつき合いをしてきたことで傷口が開いたのだろう。それにキーテスが気付いた。


(……あれは本当にケガをしていたのか……てっきりネタでやっているのだとばかり思っていたが、違ったのか……それなのに舞台に立つ。健気な……)

 よし、と膝を叩く。

(僕の回復魔法で治してやろう。あいつらはお金以上の働きをしている。それくらいはしてやった方がいいだろう)

「陛下?」

 笑わなくなったことに不安を感じたのか、覗き込むようにしてグーヴァンハがこちらを見てきた。


「ああ、気にするな。何でもない……そうだ、もうそろそろ閉会だ。閉会の言葉を僕が言う手はずだったな。向かうとしよう」

「……そうですね」

 一瞬何かあったか? と考えるグーヴァンハであったが、それ以上は控えた。そしてキーテスは階段を降り始め、舞台の方へ向かっていった。

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