3-⑧ そうなるとショートコント『英雄戦隊』ができないのう……
「お前達のお笑いの実力は分かった。僕も期待しているが、さすがに大会ともなると今日明日でできるものではない。しばし旅の疲れを癒し、ネタの打ち合わせでもして待っていてくれ」
この様に言われ控室として用意された部屋、ここも先のグーヴァンハの部屋には劣るがかなり豪華で広い部屋ではあった。
十分手入れの行き届いたベッド。椅子も机も一級品。引かれた絨毯も魔王城にあるもの以上にふかふかであった。
ブリアに訊いたが、たまに開かれる王族の祝宴で芸人達の待機場として使われる場所らしい。
「芸をするものは自分達を楽しませてくれる。ならばこちらも、少しでも芸人を喜ばせないといけない」
と芸に精通した王が部屋を整えたらしいのだが、詳しい経緯は不明だ。
そんな部屋なのだが今この場にいる2人、シコロモートとギムコはそれらにあまり注意を払っていなかった。周囲に人がいないのを確認したのち、扉をしっかりと閉めて鍵までかけた。
「何とかごまかし切れましたか……」
その場にへたり込みながらギムコは呟く。シコロモートも賛同の吐息をつきながら、話し始めた。
「ふー……余も焦ったぞ。気付くだろうとは思っていたが、こんなに早く尋ねてくるとはのう……何とかネタでごまかせたが、背中に汗が噴き出たわ……」
「今の私たちは魔法が使えませんからね」
言いながらシコロモートとギムコは頭に巻いた包帯を外した。
そこにあるべき角は、やはりない。代わりに見えるのは皮膚とは違う硬質化した部分、角の折れたところであった。
グーヴァンハから詭弁を弄してお笑い大会まで誘導する作戦を聞いたとき、最初ギムコは反対した。
もし正体がばれたら自分たちは絶対に生きて帰れない。それにネタがウケる確証もない。あまりにも不確定要素が多いため、そんな策には乗れない。と主張した。
しかしそんな弱気の姿勢のギムコは強気のシコロモートに流される宿命にある。
「お笑いに夢中にさせる第一歩を踏み出せるのじゃ! やらない理由などないわ!」
今回もそれは適用された。シコロモートがこう主張したために、ギムコの反対を押し切ってお笑い大会に出ることを希望した。
だがそんなシコロモートでも、これだけは絶対に欠かせないという条件を聞いたときはかなりためらった。
それは魔族の証である角を折ること。そのうえで漫才を行うことだった。角がない状態で「そっくりの芸人」という触れ込みでお笑いに出すつもりだったからだ。
魔族の角は折れたからといって、2度と戻らないわけではない。強い回復魔法をかければ再生することは可能である。
だがこれは魔族であることの証。生まれてきてからずっとついていたもの。
なくすのには抵抗があるのは無理からぬことである。
そして何より、角が無ければ魔族は魔法が使えないのだ。
これは魔族の中でも秘中の秘とされており、知っているのは魔王に近しい者達だけであり、ひそかに魔族を裁くときなどに使用されている手法であった。
だからこそ抵抗がある。シコロモートもギムコも躊躇いはあった。
しかしシコロモートは、折った。自らの手で角をへし折り、それを粉砕した。
「これで良いのじゃろう? せっかく掴んだ機会、絶対に逃すわけにはいかぬ。その代わり絶対お笑い大会までの流れを導いてくれ!」
上司がそうしたのだ、自分だけ逃げるわけにもいかない。不承不承ながらもギムコもその角をブリアに切ってもらったのだ。
「違和感とかは特にありませんが、とにかく魔法が使えないのが痛いですね……攻撃も防御も、回復魔法すらだめ」
「当然分身魔法も使えるわけがなく、そうなるとショートコント『英雄戦隊』ができないのう……」
「……まあ、それも痛手と言えば痛手ですよね」
自分の話したかったことと根本的にズレているのだが、事ここに至ってはもはやそれは些細な違いと考えることにした。
だから相槌を打って話を終わらせることにした。多分これ以上話しても自分が望む方向に向かわないと読んでいた。
「……工夫するしかあるまいか」
「え?」
だがその思惑は外れた。シコロモートはまだまだ続けていった。
「できないからやらない、というのはどうなんじゃろう。さすがに細かい点は変えねばならないが、あの『英雄戦隊』の流れをやらないのは勿体なさすぎる。あれはやる。絶対やる」
「ですが分身できないのであれば、5人も人数がそろわないのでは……」
「……安心せよ。余にも考えがある。大丈夫、お前には心配はさせん。全て余に任せておけ」
そういうなりシコロモートはネタ帳を取り出し、ぶつぶつとつぶやきながらそれと睨み合いを始めた。
真剣そのものの姿を頼もしいとギムコは感じたが、
「とりあえずギムコのツッコミ役は変えないとして……」
という一言を聞いたときそれは
「俺は変更なしかい」
に変わったが。
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