3-⑦ 1+1は3億ということはちゃんと分かっていますから

 ブリアが連れてきた男女2人を見たとき、一瞬キーテスは腰を浮かしかけた。

 長い金髪をツインテールにしている幼女、眼鏡をかけた銀髪を持つ男の2人組。

 つまり話に聞く、元魔王シコロモートと魔王ギムコにそっくりであったからだ。


 ただし彼はその姿勢で止まり、戦闘態勢への移行や人を呼ぶことはしなかった。

 何故ならそこにいる2人には角がない。魔族の代名詞ともいえる角が生えておらず、代わりにあるのは白い布だけだった。

 角が無い魔族などいない。つまりここにいるのは人族、よってここにいるのはシコロモートとギムコではない。

 キーテスはそう判断したため、腰を戻した。


「シコロモートンとギムコン。もちろんこれは芸名ですが、似ているでしょう? いわゆるそっくりさんという奴ですな。私も知った時には驚きました」

 まだ驚きから冷めやらぬキーテスの理解を助けるべく、グーヴァンハは解説を加える。


「確かにお前の言う通り、兵士に描かせた似顔絵にそっくりだ……似ている、似すぎているくらい……もしかして本物……」

 それは単なる思い付きであったのだが、そこにいる全員の体をわずかながら震わせた。

 しかしまだシコロモート達をじっと見つめていたために、それにキーテスは気が付かなかった。


「……何を言っているんですか、本物なら角があるはずでしょう。それくらい分かるでしょう陛下?」

「……そ、それもそうだな。いや、失礼なことを言った。すまぬ」

 グーヴァンハの上申が入ったことでようやくキーテスは冷静になれた。

 そして自分があまりにもじっと見つめてもいたし、非礼ともとれる発言をしたことに気が付いたため、即座に謝罪を口にした。


「ただ確かにここまで似ているのは珍しいです。これは芸人としては非常においしいですなあ。何せ世界的に有名な奴らですし。どんな小さなことをしてもウケるウケる」

 それはそうかもしれない、とキーテスも内心で思った。


 自分自身はそこまで好きではないが、キーテスにもそっくりさんがいて、それを利用して笑いを取る芸人の存在を知っていた。

 その者はいろんな日常的行為をするだけ、ただ食事を意地汚く食べたり、遊んだりしているだけなのだが、キーテスそっくりであったために


「キーテス様が変なことをしている」


 と民衆の目には映り、それが笑いにつながったのだ。

 この様に偉い奴に似ている者は、ただ行動するだけで笑いが取れるというのをキーテスは肌で分かっていた。


 と、そのとき彼はあることに気が付いた。

 先ほど見た額にある白い布、それが包帯であることに。両者とも、頭に厚手の手ぬぐいを巻いていた。


「その頭は一体どうしたのだ? 怪我でもしたのか?」

「……これですか? あー……芸人にはよくある怪我です」

 一瞬言葉に詰まり、ギムコはぼかした説明をするしかなかった。

 当然、理解できるわけではない。訝し気な表情をするキーテスだったが、シコロモートが一歩前に出てきて語りかけてきた。


「芸人というものはですね、お互いネタ出しをしているときに口論になって、その果てに喧嘩することは珍しくないのです。またどつき合いが激しくなったがために、それで怪我するというのもよくある話なのです」

「ふむ、そういうものなのか? 聞いたこともないが……」


 初耳であることを堂々と聞かされたため、キーテスの心境は疑問が占拠した。考えを巡らせる様に顎に手をやる。


(まだ疑っている……)


一瞬だが、シコロモートとギムコはここで目くばせした。今やるべきである、と。だからシコロモートは話し出した。


「はい、しかし大丈夫です、頭はまともです。1+1は3億ということはちゃんと分かっていますから」

「その時点ですでに間違っているんですけど?」


「何も間違っておらぬぞ、マンボウのオスとメスが出会ったら夫婦になり、一生の間に3億個の卵を産む。だから間違いではなかろう」

「いつからこれは生物学的なものが入ったんですか! 今聞いているのは『1+1』! 1個のリンゴに1個のリンゴを加えたらいくつになるか、て聞いてるんです!」


「ならば0だな。だって余が2つ食べるから」

「何でそこで食べるがくるんだよ! 今やってんのは純粋な計算だよ! だったら梅干し1個にもう1つ梅干しを加える! これでいくつだよ!」


「梅干し好きなブリアと物々交換するから、未知数Xが正解であろう」

「違えよバカ! だったら1人の人族のところにもう1人人族が近くに来ました! このとき何人!」


「余が友達になるから3人!」

「屁理屈! こじつけ! トンチ!」


「はっはっは、もうよい。よくわかった」

 これまで観客と化していたキーテスだが、こらえきれず笑いを漏らした。


「お前たちは真なる芸人の様だな。まさかその頭の怪我から、このようなネタにつなげてくるとは思わなかった。面白かったぞ」

「……光栄でございます」


 頭を下げるシコロモート。キーテスにしてみると特別な感慨を抱くものではなかったが、シコロモートは違った。

 胸の奥から満たされる思い、己のしてきたことが無駄ではなかった充実感、一言で言えば、感無量。

 それらすべてがあっての「……光栄でございます」だったのだ。

 しかしキーテスはそんな心のうちなど知らず、形式上で言ったものと考え、後を続けた。


「これならばお笑い大会を任せても大丈夫だろう。我らが兵士や勇者の日々の疲れをいやすため、お笑いを見せてやってくれ」

「お任せください! できなかった場合には私の家宝を差し出します!」

 これは誘いだ、ここからまた何かお笑いネタにつなげてくれる。キーテスはそう思った。だから彼は薄く笑いながら訊いた。


「ふむ、それは気になるな。一体なんだ? 何の家宝をもらえるのだ?」

「100キロほどの重さにもなるお金……」

「ほうほう、それは素晴らしい。今すぐにでも貰いたいぞ」

「だったら今すぐにでも上げますよ、だってお金の借用書ですし」


 これはツボに入ったのか、しばらくキーテスは笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る