3-⑥ お笑い大会です

 謁見室はブリアが以前見たときと同じではなかった。模様替え等が行われた訳では無いのだが、所々変わっていた。

 飾られている剣が違っている。椅子が別物になっている。壁にかかっている絵の種類が増えている。


(……また派手に喧嘩したんですね……)


 恐らく、ブリアがイザクショーの森に行った後、大喧嘩を繰り広げたためこうなった。と彼女は推測した。

 現にそれは、駆け足ぎみで謁見の間に入ってきたキーテスの顔にある青瓢箪や包帯を巻いた体が証拠であった。そして来るなりキッとグーヴァンハを睨み付けているのもまた物語っていた。


「ブリア、まずは無事で戻ってきてくれて何よりだが……いつの間に帰ってきた? 一体何があった? 勇者を倒して回る不可思議集団の件はどうなった?」

「その答えには私が答えます。おふざけなしで、真面目に言いますので陛下もどうか同じようにして聞いてください」


 一歩前に出てきて声をあげたのはグーヴァンハであった。

 そんな彼を見てキーテスは口元歪めて怒りを露わにする。横やりを入れたことに怒っているのではない。その言葉に怒ったのだ。


「お前が真面目を語るな! 僕はいつだって真面目だぞ! そこをお前がいつもいつも……」

「陛下! 話を聞けと言ったでしょう!」

「お前なあ……! あー、もういい! なんだ! 何があった!」


 普段の態度を攻めようとしたし、そうしたいのだが、キーテスとしてはブリアの持ち帰った話を聞きたかったのだろう。だからかなりの不快さを覚えつつも、仕方なく先を促した。


「単刀直入に言いましょう。ブリアは負けたのでございます。あの魔族2人に」

 それまで怒り一色だったキーテスの心は、一編に一変した。自らの内心を渦巻く怒りは驚きで塗り潰された。


「……ブリアでさえ敵わなかったのか?」

「はい、コテンパンのケチョンケチョンでございます。ボロボロのクソカスで、まるでへい……」

「………………」


 それ以上先を話そうとするグーヴァンハの尻を軽くブリアがつねる。バカにされたことは別によかったのだが、横道にそれようとしている話をけん制するために行った。

 さすがにまずかったと考えたのか、グーヴァンハは一度咳払いをして場の空気を整えてから話し始めた。


「……ん。その者たちが何者であるのか、それは確認できなかったそうです。ですがロボッソに続きブリアも負けた今、個人単位での戦闘で我々は優位に立てない。その上、そんな怪物が敵にいることが証明されてしまいました」

「となると、我々が魔族に勝つには……」

「無念ですが……軍を動かしての集団戦闘、戦争しかないかと……」

 質量にして髪の毛ほどもない言葉であるのだが、それはキーテスの内心を押し潰し、雄弁とは真逆の世界へと向かわせた。感情的に言えば嫌なのだが、どうしても選ばざるを得ない、それが彼の心を深く沈めた。


 誰もがしばし黙りこんだ。

 キーテスは決断を迫られているのを自覚しているため、何か他の道がないかと選択肢を探すための思考するため。

 グーヴァンハは自らが望む方向へキーテスが答えを出すように、無言で圧力をかけるため。

 ブリアは言いたいことが山ほどあるけれど、黙っているようにと指示され、ただただ不安を感じながらも未来に祈っているため。


 と、ここでキーテスが立ち上がった。

「……分かった、事ここに至っては仕方あるまい」

 静かに、キーテスは言った。そして玉座の後ろに回り込み、置いておいた杖を手に取る。

 大きさはキーテスの背丈以上。宝飾が幾つも付いている。大々的な命令を公布するときのために使う、儀礼的なもので特別な力などは無い、棒。

 しかしこれを使い歴代の王は命令を下してきたものである。

 つまり今から命令を出すのだ、王として。逆らえない命令を。



「グーヴァンハ、お前に命じる! 軍を動かせ! 兵士も勇者も、全員に召集をかけ、魔族領への侵攻を開始する!」

「はい陛下! 三流として模範的な答えをありがとうございます! 愚なる王として最適でございます!」



「………………待て、どういうことだ?」

 一瞬というにはあまりにも長い時間ではあったが、激怒よりも興味を優先した。グーヴァンハの意図を確かめるため、キーテスは聞き返すことから始めた。


「戦争するならば兵士を動かさなければ話になるまい。そして集結させ作戦を提示、周知させ行動の末に勝利がある。そのための第一歩、勇者や兵士の緊急招集をかけることの何が間違いなのだ?」

「ああ……! 何という回答……浅慮かつ隙だらけ。香ばしいまでの愚か臭。反面教師の生き字引とは正にこれ。後世に生きる人々や歴史家のためにこれを残しておきいたぁっ!」

「………………」


 長々と続く嫌みにいい加減嫌気がさしたのだろう、今度こそブリアはグーヴァンハの尻を思いきりつねった。強烈な痛みなのか、顔もかなり歪んでいる。

 うさを晴らしてくれたことから怒りが多少和らぎ、キーテスは訊くことに専念した。


「グーヴァンハ。どういうことか説明してくれ。悔しいが、お前の言いたいことが僕には分からない」

 さすがにもう一度つねられるのはごめんなのだろう、今度こそ真剣な雰囲気を携えて話し始めた。


「……んん、陛下。逆の立場で少しお考え下さい。もし魔族の軍勢が集まりつつあると知りました。そのときあなたは、王としてどのような行動をとりますか?」

「……何かあるのでは、とまず疑う。万が一を考えて守りを固めるか、逆にこちら側から出陣して先手を取ることもあるだろう」

「それです」


 右手の指を鳴らし、その人差し指でグーヴァンハはキーテスを指してきた。

「軍を動かす、とは相手に『これから戦争をしますよ、準備してますよ』と教えるようなもの。そうなれば当然備えてきます。つまり真正面から激突しての戦争となる。実力で劣ることが分かった今、この様に戦うなど愚の骨頂です」


 むう、とキーテスは唸った。完全無敵とは言えないが、ある程度グーヴァンハの言い分に正しさを見つけたからだ。


「だから今やるべきはその逆。緊張の緩和です。兵士に休みを与えるべきです。今我々は戦闘状態にないということを、魔族達に見せつけるべきなのです」

「それは……どうなのだ? こちらが緩んでいたら逆に魔族が侵攻してくる可能性もあるぞ? 先の勝利の余勢を駆って、襲ってこないとも限らん」

「安心してください。それは無いでしょう」


 当然すぎるキーテスの疑問だったが、グーヴァンハは一言で切り捨てた。

 しかしそれだけではキーテスの心配は消えるわけがない。なのでグーヴァンハは説明を補足した。


「これもまた逆の視点から考えてみてください。個人戦とはいえ負かした相手が、敵達がお気楽なことをしている。そうなれば陛下は何とみますか?」

「……なるほど、罠か」

 こくり、とグーヴァンハは一度大きく頷いた。


「明らかなに不利な状況で不利なことをする。理屈にあいません。攻めてきてくれ、と言っているようなもの。魔族に少しでも知能がある奴がおれば、間違いなく攻撃を躊躇してきます」

「……なるほど、一理あるかもしれん」


 真剣な表情で真面目な話をしている2人。

 なのだが、ブリアは違った。よくもここまで嘘をつけるものだとグーヴァンハに呆れるのと、それを素直に信じすぎてしまうキーテスの人の良さを喜びつつも少し案じていた。


「かといって兵士を全員が全員、故郷に返すとなると招集等にも時間がかかりますし、これは無防備すぎます。ここは兵士全員が持ち場の近くにいながらも、心身を休ませる大きな行事が必要になると私は考えます」

「理屈は分かるが、パッと思いつくものがないな……例えばどのようなものがある?」


 ニヤリとグーヴァンハは口だけで笑った。

 長々と弁舌を振るってきたが、それがついに実を結ぶ時が来たのだ。自分が向かいたかった世界へと舵を切れる時が来たのだ。


「お笑い大会です。面白い奴らを見つけてきてくれたのですよ。ブリア、彼女らを連れてきてくれ」

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