3-⑤ 陛下には戦争を決意してもらうのだ

 グーヴァンハの執務室、そこは装飾も、壁紙も、敷物も、机も。すべてが質という意味では一級品を揃えていた。

 ただしその色合いは全て地味な黒か灰色で統一されていたので、そこまで派手には見えない。一見それは人を選びそうなものだが、本人としてはこの部屋を気に入っていた。


 その部屋にある机の前で、グーヴァンハは本を読みふけっていた。

 戦争をするときの戦術論、人心のつかみ方、非常食や戦地で生き抜く方法などが書かれた本が本棚に何冊か見えるため、それに類する本を読んでいる。のではない。

 今見ているのは『罵詈雑言辞典』、『人を怒らせる100の方法』、『上司に了解をつける前にクソをつけろ』の3冊を読みながら一部をノートに書き写していた。


(うーむ、『人を怒らせるときは図星こそ突くべき』か……その通りだな。確かに陛下を怒らせるとき一番効果的なのは欠点である『弱さ』を突くとあっさり怒る! だからこそ弱いことをネタにし続けた。だが、いつも同じではなぁ……何か変化をつけねば)

 書く手を止めて、一度思案するかのように考え込み、独り言をつぶやく。


「おはようございます、陛下。陛下のお顔を拝見するたびに、私は自分の不甲斐なさに涙します。何故このような弱さを……って結局弱いネタか……! これしか思いつかんのか私は。もっと多くの、豊富な語彙で、貶さなければならないのに!」

「……何やってんですか師匠?」


 それは本来聞くはずのない音、まだ遠く離れた土地で任務を果たしているはずのものの声であった。だからグーヴァンハはその方向へ顔をすぐに向けた。

「ブリア……! 転移魔法か? いつからそこに?」

「がりがりと何かをノートに書き写していたところからですよ」

「かなり最初のころからいたのではないか」


 何故声をかけてくれなかったのか、と思うところはないでもなかったが、久しぶりに見える愛弟子の姿、これはグーヴァンハにとってやはり嬉しかった。それもあってか、調子に乗っていつものノリで口走り始めた。


「なるほど、それを見てもお前が止めなかったところを見るに、お前も陛下に対する悪口を言いたいと思っていたのだな? それは重畳。私も弱いネタしか言えなくて困っていたところで」

「師匠、ちょっと真面目な話をしたいんです。お願いですから聞いてください」


 おや、とグーヴァンハは思った。ふざけたこと言ってブリアにたしなめられることは何度かあったが、彼女はきつく言うことの方が多い。ここまで緩いのは記憶になかったからだ。

 そんなブリアを観察するように見ていたグーヴァンハだからこそ、気が付いた。

 ブリアの後ろに誰かがいるのを。


「なんだ、後ろに誰かいるのか?」

「……います。そこにいる人たちについて話し合いたいのです」

 ブリアはそういいながら横に一歩退いた。遮るものは無くなり、お互いを視認できるようになる。

 なので、グーヴァンハの視界に飛び込んでくるのは──シコロモートとギムコの姿だった。


「!?」

「どもどもども! シコロモートじゃ!」

「……ギムコです」

「2人合わせて魔王と魔王のお笑いコンビ、『まおまお』じゃ! 今日はよろしくー!」

「相手完全緊張している中でよろしくもクソもないと思うんですが」


「なるほど、有名人にあったときに緊張するあれじゃな? あまりにも嬉しすぎて何言えばいいのか分からなくなるあれじゃな?」

「絶対に違うと思うけど、ほんの少しだけ合っているだけにツッコミに迷います」


「ならばその緊張、緩ませてやらねばなるまいのう」

「ああ、深呼吸とかそういうのをやらせるわけですね」

「という訳じゃから、クロロホルムを渡すぞ」

「ちょっと待て! 何でここでそれが来る! おかしいだろ!」


「いやいや、何もおかしくないぞ。クロロホルムをかがせることで全身リラックス! 意識もリラックス! すなわち緊張は無くなる!」

「その前に倫理と道徳と法律が立ちはだかっていることに気づけ!」


「ふうむ、それじゃそれを考慮して……睡眠薬ー!」

「変えたの名前だけ! やることなすこと全部同じ!」


 ある意味ではシコロモートとギムコらしい姿、出てくるなりボケとツッコミを繰り広げている有様。

 しかしやはりタイミングが悪すぎた。披露する機会が大幅に間違っていた。ゆえにグーヴァンハは


「……」


 これまでの兵士や勇者の様に、沈黙での返答をしてしまうのだ。意味不明なものに対して困惑することでの回答。

 そしてそれは笑えなかったとも解釈できるので、シコロモートは途端に沈んだ。


「……ウケないのう。何がまずかったんじゃろうか? いいズレが出てたと思うんじゃが……」

「だから私はやめようと言ったんですよ。ウケるわけがないんですよ……ネタが悪いとかそういうのではなく、行う場所的な意味で」


 不承不承という風に、シコロモートはネタ帳に大きくバツ印を書く。それに対して彼なりだが、ギムコはきちんとフォローを入れる。

 そしてあまりの状況についていけず、グーヴァンハは目が点になっていた。

 それでも平常心を完全に消していなかった彼は、ブリアに訊いた。絞り出すような声で。

「……ブリア、この2人は一体? 見たところ、元魔王シコロモートと魔王ギムコに見えるのだが……」

「……師匠、まずは私の話を聞いてください」



 ブリアはこれまでのことを全て伝えた。


 魔王と元魔王と会い、手も足も出ずに負けたことを。

 豚汁を流し込まれてブチ切れたことを。

 その後ショートコントを見せられ、改善点を指摘、コンビを結成させたことも。

 そして、『死の大地』の経緯も。

 そして何より、シコロモートの考えを。


 ブリア自身、話していてあまりにも前後の脈絡が異次元的につながっていった過去。しかしグーヴァンハはそれに茶々等は入れずに聞き続けていた。

「以上が私の見て、聞いてきた話です……」

「……にわかには信じがたい話だが……他ならぬお前からの報告。疑う余地は無い。その上……」

 ちらと、目線を飛ばす。2人のいる方向、グーヴァンハの執務室の隅。

 そこでこそこそとシコロモートとギムコはネタを話し合っていた。


「先のネタじゃが、クロロホルムがまずかったかのう? 肉たたきハンマーとかにして、『肉を解す』と『緊張を解す』というのをかけてみればもう少しウケたかのう?」

「だからそういう問題じゃなくて、やる場所と状況がまずいんですよ。いきなり出てくるなり漫才繰り広げて面白いわけないでしょう」


「何を言う、驚かすことは重要じゃぞ。驚かせることで他の粗をごまかして、勢いで色々押し切る。サプライズとはそういうものじゃ」

「全国のサプライズを仕掛けている人たちに謝ってください」


「あのような光景を見せられては信じるほかはない……」

 それを補足するようにブリアは頷いた。


「彼らに戦闘の意思はありません。少なくともこちらから仕掛けない限りには。それどころかこちらを笑わせようとしてきます。戦争を避けよう、というそんな思いで……」

「……しかしそれを皆が、特に陛下が信じるか? 目の前に連れていき、その事情を話して『はいそうですか、それでは和平交渉に入りましょう』と言ってくれるか?」

「それなんですよね……私もそれが引っ掛かり踏み切ることができませんでした……」


 お笑いを見せて、それに夢中になってもらい戦争などどうでもよくさせる。

 これこそがシコロモートの理想であり、真実なのであるが、果たして信じてもらえるのかどうか。ブリアはそれが確信できなかった。あまりにも突拍子がない話なのだから。


 であるから、キーテスに直談判という訳にはいかず、人格的には尊敬していないが地位も知恵もあるグーヴァンハに相談しようと考えたのだ。

 むしろ簡単に信じてはくれないから長期戦を覚悟していたのだが、ここまで早くに理解してくれたのは意外であった。


 これは、グーヴァンハにしても戦争はしない方がよいと思っていたからだ。

 戦争が起きることで、これまで育ててきた部下を死なせるのは避けたいという感情的な部分と、戦費がかさむことの打算的な部分。この2つの点から戦争を避けたいとは思っていた。

 短期決戦ならまだしも、これらは長期化すれば国家を傾けることにつながってしまう。それはグーヴァンハにしても回避したいものであった。


「ともあれ皆に納得されるかどうか、これが一番問題だ。最低でも陛下の納得が得られなければ、これ幸いとばかりに生け捕りになる。見せしめのために処刑という流れにさえなりかねん」

「……やはり無理ですか。あの2人に何と言えば……」

 露骨に落ち込むブリア、そして後ろにいる2人を見た。

 いまだどこが悪かったとかどうだとかの議論を繰り広げ、シコロモートが新たなボケを広げ、常識的なツッコミをギムコが入れている。


「……いや、手はあるぞ」


 静かに語りだした言葉はともすると聞き逃してしまいそうだったが、ブリアの耳はそれを捕らえていた。だから即座に振り向く。

 そこにはいつにもないほど真面目な顔をしたグーヴァンハがいた。普段のふざけた彼はおらず、将軍として、国を守る1人の男が、そこにはいた。


「陛下には戦争を決意してもらうのだ。それで全てが始まり、終わる可能性はある」

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