3-④ それができたときこそ、余は『戦争に勝つ』のじゃよ……
皮肉を言っている。あのシコロモートが。
漫才でブリアを笑わせることに一所懸命だった人が。
駄々をこねてギムコを困らせたりしていたこの女性が。
まるで子供にしか見えなかった彼女が。
これには長い付き合いであるギムコも衝撃だったのだろう、焼く手が止まり、
じっとシコロモートを見つめていた。
「その戦い以来、脱け殻の様になった余はやがてギムコから引退を勧められ、隠居したのじゃ……当然の話じゃのう、政治も指揮も行わない王など不要そのもの。隠居で済ませてくれただけありがたいものじゃ」
「……あれは私の同僚達の間でも意見が分かれました。確かに何もしなくなったとはいえ、一番の功労者であるシコロモート様をどうするか。最後の最後まで議論を続けておりましたが、最終的にはその方針になったのです……」
「そしてお前は余を追い出す側の筆頭であったな?」
文面だけ取ると嫌味にしか見えない。それはギムコも同様だったのだろう、ばつが悪そうに俯いた。
だがシコロモートにはそんな気持ちはなかった。あるのは感謝、ギムコに対して真心を持っている。
それは今、穏やかそうな笑顔を浮かべていたことからも明らかであった。
「別に責めてはおらぬ。役立たずの王は追い出して、一刻も早く政治を行わなければならない現状。お前の行為は正しい。じゃからこそ、余はお前を次の魔王に選んだのじゃからな」
これは全く意外なものであった。ギムコはばね仕掛けの道具のようにして、驚いた顔で跳ね上がった。
「あれは皆の投票で選ばれたはずでは……」
「あの時の余は何をすればよいか分からなくなった。じゃがそれでも、余を追い出すお前が正しいのは分かった。ゆえに余のできる最後の置き土産として、お前を選ぶよう皆に呼びかけたのじゃよ」
そしてそれは正しかった。そう結ぶとシコロモートは刺さっていた食べ物を取った。選んだのは、またもや普段は食べないナス。それを一気に3つ、口に運ぶ。
「隠居した後、余は世界を回った。じゃがどこでも戦争の爪痕があり、その度に自分がしでかしたことを見せつけられた。『余は一体何のために戦ったのじゃ? これを作るために余は犠牲を出したのか?』そんなことばかり考えておったよ……」
独特の食感、苦みを内蔵した皮。それでもシコロモートは一口一口、噛み占めては飲み干した。嫌い、避けていた味。
だがそれでも許容できるもの。
あのときの痛みや苦しみとは比較にならないもの。
「疲れた。いつまでさ迷っても答えの出ないことで、全てに疲れた。余は自分に幕引きを行おうと、ある街にたどり着いた。準備を整えるべく色んなものを買い込もうと街に出たとき、余は出会えたのじゃよ」
「それがお笑い……?」
一度の頷き。大きく、しっかりと分かるほど、首を大きく動かす。
これまで辛そうであった、あからさまなまでに落ち込んだシコロモートであったが、ここにきて初めて楽しそうに語りだした。
「衝撃じゃったよ。そこで繰り広げられた数々のお笑いに多くの人も、そして余も笑っておった……旅芸人の芸にな。その後、大喝采が起こり、日常へと戻っていったのじゃ。その時の余はもう死のうなどという気は無かった。そこで分かった」
食べ終わった串を右手で拾う。そこにはもう何も食材は無いため、尖り鋭角をさらす先端がある。
「余が欲しいのはこれじゃった。こうして多くの者が笑っている。こういう世界こそ余が目指した世界なのじゃと。戦争でもたらされた、あんな悲しい世界などでは、ない!」
その串を地面に思い切り刺した。強くはあれど、無駄で、無意味で、価値のない行為。
だがそこにあるものは、何よりも伝わる。激烈なまでに否定したい、シコロモートの心中が、見るものに届いていた。
「……だからお笑いを見せるのですか?」
「そうじゃ、かつて余が感じたように、多くの人に笑ってほしい。じゃから余はお笑いを見せ続ける。すぐには無理かもしれんが、ずっとやり続けていけばいずれ皆は思うじゃろう」
炎が軽く爆ぜる。
木の中にある水分が気化、それにより木が破壊されるときに紡がれる音。本来ならそこまで響かないはずなのに、なぜかブリアには余計に大きく聞こえた。
「戦争なんぞするよりもお笑いを見るほうが面白い、と。戦争などやってられない、と……そうなれば誰も戦争なぞしよう者はいなくなる。それができたときこそ、余は『戦争に勝つ』のじゃよ……」
シコロモートの考えは万能ではない。むしろ多くの人の目から見ると欠陥だらけで、脳天気とさえいえる論理だ。そういった否定意見など山ほど出るだろう。
そしてそれはシコロモートも分かっていた。
それでも、彼女は笑いで世界を満たしたかった。明るく、優しい世界を目指して戦い、犠牲を払って得られたあの結果を否定したかった。
だから彼女はお笑いを見せ続けるのだ。たとえそれが世界中から非難されようとも。
そして内容はともあれ、そんな姿勢は誰かの共感を呼び起こすものだ。
(この人もそうなんですね……)
そしてそれは、ブリアも同感だった。
多くの人達を愛し、その人達の良い未来が来てほしいと考えて日々訓練を積んでいる。自分と同じなのだ。やり方は違うかもしれないが。
かつては呆れから戦闘を放棄した。やってられない、と感じた。
今は違う。
心の底から、戦いたくない。同じ思いを、明るい未来を作ろうとする人と戦いたくない。
明確に戦いを拒否したい気持ちが占めていた。
だからブリアは言った。
「……あの私に少し任せてくれませんか?」
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