3-③ 誠に見事な『勝利』じゃよ
「ん? この肉の種類か? それなら余よりギムコの方が詳しいぞ。買い出し等は全て奴に任せておるからのう。まあ、食べた感じだとこれは恐らく牛肉……」
「いえ、そうじゃないんです」
勿論それも聞きたくはあった。こんなに肉が肉をしているものを食べる機会、それがブリアにはあまりない。だから何処で仕入れてきたのか、非常に興味関心が高いことではあった。
しかしそれと同じ程度、聞きたいこともあった。それも10日ほど前から、初めてお笑いを見たときから。ずっと聞きたかったこと。
「そうか……やはり気になっていたか……」
「それはやはり気になりますよ。あれは誰が見たって不思議に思います」
「うむ、先のゴリラじゃな? あいつは余のバナナを盗んで、そこから奴と余の死闘が始まったのじゃ。その戦いは天地鳴動、驚天動地、3日3晩の激闘の末に友情が芽生えたのじゃ。そんな奴に今回の出演を依頼したが、遂にバナナ30本で」
「いい加減真面目な話をしましょうか」
「……すまぬ、ふざけすぎた」
ギャグとは場合によっては相手を不愉快にする。しかもかつてのグーヴァンハと似たような、真面目にやりたいときにこのノリを出されると、それは極端に増大する。
シコロモートもそれが分かったため、ここはおとなしく引き下がった。
「私が聞きたいのは、どうしてこんなことをしてるのか、ということです。何故お笑いを人族に見せているんですか?」
「……それか……」
その質問にシコロモートはそう短く答え、黙った。時おり野菜や肉の串をいじって火の当たる面を変更してはいるものの、言語化したものは出さない。
しかしそれは無視ではない。何となくだが、ブリアはそう感じていた。そう判断したから、続けて思いを口にした。
「ここのところ色んなご馳走を食べさせてもらい、本当にありがとうございます。その都度色んな面白い漫才やコントを見させてもらいましたし、毎日がとても楽しかったです。でも私は人族。あなた方の敵のはずです、それに対して、何故?」
「……そもそも敵ではない、と余は思っているのじゃがな……」
シコロモートは近くの焼きあがった料理を手に取った。
いくつも連なるように付いていて、香ばしい匂いと脂の音が聞こえる肉。ではなかった、握ったのは焼けたピーマンだけがついたもの。
「シコロモート様、それは私が……」
「余も食べたくなったのじゃよ。すまんが、1つくれ」
肉を焼く手を止めないギムコの言い分を流し、シコロモートは新たな串を空いた場所に加える。
そしてその焼けたピーマンを口に含んだ。
味は、苦い。噛むたびにそれを舌が教えてくれる。火は通っていたものの、新鮮だったためか苦みはまだ残っていた。
だがそれでも、シコロモートは特別騒ぐことも、わめくことも無かった。
ただ静かに、噛んでいたピーマンを嚥下した。
「ブリア、その質問、答えよう。余がお笑いを見せる理由、それは後にも先にもただ1つ。戦争に勝つためよ」
「……?」
言っている意味が分からない、それもあまりにも。だから首をかしげるブリア。
そこから心中を読み取ったのだろう、シコロモートは薄く笑った。
「少し説明不足であったかな……のうブリア、『戦争に勝つ』とは一体何をすれば勝ちなのだと思う?」
「……敵を倒せば勝利になるのでは?」
「敵を皆殺しにして、戦いの被害を被った土地が残るのは勝ちかのう? その結果、家族を亡くした者は勝利者かのう? それをしたがために、生きていて楽しくない現在にしてしまった、それは勝利と言えるかのう?」
それは……とだけ言い、ブリアは沈黙した。
多少感傷的すぎるものを感じてはいたものの、シコロモートの論理にある程度の正しさを認めたからでもある。
そもそも自分も『死の大地』の再現を避けるために、殺し屋まがいのことをしにきた。そんなブリアには責められるはずもない。
その困惑はシコロモートにも伝わったようだ、苦笑しながら再びピーマンを食べ始めた。
「すまんのう、揚げ足を取るかのように言ってしまって。お前の方が正論じゃ。じゃが余はそれを見てきたし、作り上げてしまったのじゃ。魔族と魔種の戦いでのう……」
「魔種? 魔族と魔種の戦いとは……」
「今から10年ほど前に突然変異的に発生した生物達です。見た目は異形そのものの化け物達ですよ。何故発生したのかは誰もわかりませんが」
その疑問を引き取ったのはギムコだ。肉や野菜の串を動かす手を止めず、顔も向けては来なかったが、簡単な解説をし始めた。
「そしてその生物は全ての生物を見境なく襲います。近場にいた魔族も多数襲われました。そんな魔種を討伐すべく、我々は戦い、最終的には勝ちました。途方もない代償と引き換えに、ですがね……」
代償とは何か。それをギムコは明言しなかった。
だが『10年前』という単語と『代償』という言葉はブリアの脳内でつながり、あるものを導きだした。
「もしかして……『死の大地』ですか? あれは魔族同士の内乱では無かったのですか?」
「確かにお前達にしてみると異形のもの同士の戦い、そう見えたかもしれんのう。じゃがあの戦いで魔種に味方したものはおらぬよ。魔族全員が魔種を倒すべく一丸となっておったのじゃ」
残っているピーマンを、またシコロモートは食べる。
先ほどと同じ、火こそ通っているが、シコロモートが苦手とするもの。苦味が嫌で、食べようとしなかったもの。
「じゃがそれが故に悲劇でもあったのう……誰も戦いをやめようとはしなかったのじゃ。皆が皆、魔種を倒すために兵士となることを志願していきおった。正義の味方願望でも出たのかのう……まるで何かに取り憑かれたかの様じゃった……」
だがそんなものでも食べないと、彼女にしてはやってられなかったのだ。あの時を思い出せば、今自分の口内の苦みの方がずっとましだったから。
「だがそれは余も同じじゃがのう。『魔種がいるから不幸なのじゃ。魔種を倒せば幸福な日々に戻る! 余も陣頭に立ち戦おう! 皆もついてきてくれ!』余はそのような号令を下し、次々に兵とともに戦地へ向かったのじゃから……」
「……」
ふっ、とシコロモートは上を見上げる。目線が向いているのは空であり、明確な対象物を見つめていない。
だが、ブリアには何となくだが分かった。
彼女は見ているのだ。
過去を、死の大地を、見たくないものを。けれど、見ないふりをしてはいけないものを。
「いくら戦っても魔種の根絶はできなかったある日、余は禁呪に手を出した……その破壊力はすさまじく、魔種は根絶、『勝利』したのじゃよ。家族を亡くす魔族が多数おり、しかも『死の大地』を作り出した、誠に見事な『勝利』じゃよ」
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