3ー② やった! やったぞ! ギムコ! ウケた! 笑った! 勝った! へーい!

 拍手が響いた。夜のイザクショーの森の中で。バーベキューの準備が全てできた薪の前で。

 たった1人の手の叩き。しかも片手には、大きめに切った肉がいくつも付いた串を持っている。そのため叩く速さはそこまで早くはなく、音も大きくなれない。

 しかしこれこそ、シコロモートが何よりも欲していたもの。

 観客からの喜び。芸の称賛。楽しませることが成功した、証。


「面白かったです。そうそう、こういうネタが私は見たいんですよ。ぶっ飛んでてよかったです」

 そしてさらに感想がもらえたとき、シコロモートの感情は軽く爆発を起こした。全身を伸ばして喜びを体現する。

「やった! やったぞ! ギムコ! ウケた! 笑った! 勝った! へーい!」

「へーい……」


 高揚したシコロモートの掲げた手が、かろうじて上げたギムコの手を叩いた。かたや完全にノリノリ、かたやはイヤイヤ。

 あまりにも対照的な2人にブリアは思わず吹き出した。


「今夜はお祝いじゃ! ブリアのためにジャンジャン焼くぞ! 燃やすぞ! たんぱく質を変遷させるぞ!」

「もうやりますから。それと野菜は早く焼けるんで、すぐに食べてくださいね」

「余が好きな奴ならな。カボチャやニンジンなら食べるぞ!」

「パプリカやナスも食べてくださいね」


 言いいながらギムコは燃えた薪の上に金網と、鉄で組んだ足場を乗せた。もう既に油は塗っておいたため、事前準備は全て執行済み。そして手際よく、肉と野菜を次々と並べていく。


 赤や黄色といった、艶やかな色を持つウリ科やナス科、セリ科の野菜類。

 大きく切り分けられ、香辛料をまぶしてある肉がいくつも刺さった串。

 薪から発せられる熱エネルギーが、それらの細胞の変化を進めていく。最初は何の音も立てなかったが、やがては焙られる音を立て始める。


 苦みや酸味、脂が蒸発、消滅、焼失していき、おいしさが生まれ始める。だがそれが頂点に行くまでにはまだ時間がかかる。

 だからシコロモートはブリアの近くに腰を下ろし、礼を言い始めた。


「ブリアよ、今回の件、誠に感謝しておる。ギムコとのコンビ結成は大正解じゃった。奴の怒りが入ったツッコミは短く鋭い! あれは余では出せなかったもの! お笑いの雰囲気がグッと引き締まった感じになったぞ!」

「私はただ思ったこと、思いつきを口にしただけですよ。大したことはしてません」


 謙遜しつつも、ブリアは自らが置いた肉からは目を離さなかった。

 大きい肉がたくさんある今回のバーベキューの中でも、最も大きい肉が数多く串刺しされているそれ。先ほどのショートコントでもずっと手放さなかった肉達。


「それが大事なんじゃよ。他人からしてみると些細な思いつきかもしれんが、言われた当人からすると一生を左右するものになることもある。それが今回の件だったのじゃ。本当の本当に、感謝しておるよ」


 口では感謝の念を述べるシコロモート。しかしその手はさりげなく、先の肉を自らが取りやすい方に寄せていた。

「いえいえいえ、お気になさらず。素人意見ですし」

 その串を自分の方に戻すブリア。

「いやいや、言葉ではこの思いは表現しきれぬ。いくら言っても言い足りぬ」

 再び手を動かし、肉はシコロモートの付近に行く。


 一瞬だが2人の目線が交錯する。

 敵意と野生。ともすると殺意にも昇華しそうな2人の視線は離れず、睨み付けるようにして話し始めた。


「……この肉はきっと弱火でじっくり焼いた方がいいですよ。私の近くは風上なので弱火になりますね。そこで時間をかけて焼きましょう。安心でもありますし、きっとこの肉もそれを望んでいると思います。」

「いやいや、余には肉の声がわかる。こいつは早く焼かれることこそ望んでいる。それこそ肉をうまく食べるコツじゃ。だからこそ風下でもある余の方が火が強いから、余の近くで焼いて余が食べるべきであろう?」


 2人の手が全く一緒に、串をつかむ。

 1人は自分へ寄せるため、もう1人はそれを防ぐため。

 お互いが自分へ肉を取らせまいと力を籠めるが、それがつり合い動きはしない。


「……野菜類はカロリーが低いのです。そして私はあなたと違って身長も胸もお尻も、その他の部分も大きい。それを維持するためにはたくさんの食事を必要とします。しかしたくさん野菜を食べては迷惑がかかります。だからこそ私は肉を食べねばならない義務があるのです」

「……コントは大声を出して行うものじゃ。しかも今回は分身魔法まで行ったからカロリーを多く消耗した。つまりそれはエネルギーの枯渇。それを補うのは野菜では不足であり、大量のカロリーを摂取できる肉類が必要なのじゃ。余は肉を食べる責務があるのじゃ」


 もっともらしく聞こえそうで、もっともらしくない論理。要するには詭弁を戦わせる2人。それらを言いながらも引き合いはやめない。


「……」

「……」

 激しい握力の闘争、何も語らずに生まれるは沈黙。

 炎が爆ぜ、焼いている肉から脂がしたたり落ちる。

 それを燃料として、一瞬だが炎が大きくなる。だがそれは2人にとって背景でしかなかった。見ているのはお互いの目のみ。感じているのはお互いの筋力のみ。


 しかしそれは長続きしなかった。

『ぷっ……』

 同時に吹き出し

『あーはっはっはっは!』

 とほぼ同時に大笑いし始めたからだ。


「戯れにノッてくれるかもしれん。と思っておったが、ここまでやってくれるとは。シュールな笑いもやりたいのだが、まだギムコにはできる自信がなかったのでな。まあ許せ」

 それが本心なのだろう、だからこそシコロモートは手を串から放した。

「しかしいつ気付いた?」

「最初から妙な絡みをしてくるな、とは思っていました。確信したのは引き合いをしたときです」


 今度こそ、自分の近くに串を置き、しかももう動かせないように持ち手を地面に深く刺しながら、ブリアは続けた。

「手加減しましたよね? そうでなければ私があなたに勝てるわけありませんから」

「バレてたかー」


 とこぼしながら、シコロモートは苦笑しつつ片手で顔を隠した。

 その姿はいたずらがばれた子供がやるそれにそっくりであった。実年齢を考えると似合わないことこの上ない行為なのだが、とても絵になっていたのはやはり見た目が関係しているかもしれない。


 そんなおふざけが終わってもまだ肉は焼けきれてはいなかった。色こそ変わり始めているが、まだまだ生の部分が見られるため、時間がかかりそうに見える。

 だからブリアはシコロモートに尋ねた。

「あの、聞きたいことがあるんですが、いいですか?」

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