2-⑨ あの、あなたたち2人で組んだらいかがでしょう?

 幕は下りた。劇にも、文字通りにも。

 途方もない魔力で異空間につなげたのだろう、空から緞帳どんちょうが垂れ下がって舞台を隠したのだ。

 そんな厚手のカーテンの向こうから、ギムコとブリアを見つめる瞳。期待と不安に押しつぶされそうな2つの眼。それらでシコロモートは見ていた。


「………………」

 何も語りかけてこない。ただひたすら待ちの姿勢に徹していた。

 ただ目ではこう訊いていた。

『面白かった?』

 と。


 そしてそれはギムコも同様の道を辿った。目でブリアの反応を伺っている。

 視線が集中していることを自覚しながらも、それを表には出さず、ブリアはただ答えた。


「……悪くは無かったと思いますよ」

「おお! おお!」


 カーテンを払いのけ、飛び出してきたシコロモートはブリアの両手を取った。そしてちぎれんばかりの勢いで両手を上下に振り始める。

「そうか、そうか! 余のショートコントは面白かったか! 嬉しい! 嬉しいぞ! やったぞギムコ! 今日は赤飯じゃ!」

「赤飯の材料なんてあるわけが……」

「ただ、欠点も数多くみられましたけど」


 今発したものは、氷の魔法ではない。ただの空気振動でしかない。

 しかしそこにいたものの全てがまるで凍り付いたかのようにして、止まった。

 喜びの極致にいたシコロモートも、赤飯の材料がないことを抗議しようとしていたギムコも、その場に留まった。

 だが、シコロモートにはまだ勢いがあった。いち早く束縛から解けて、握りこぶしで自らの胸をたたき、鼓舞してきた。


「……お、おう! どんと来い! 芸に携わったものとして、批評を恐れてどうして野望が達成できようか! なんでも! 全部言ってくれい!」

「全部、ですか……?」

 きょとん、としてブリアは聞き返した。


「もちろん! 全部じゃ! 改善点と思われること全部!」

「本当にいいんですか? 全部と聞かれたからには全部答えちゃいますよ?」

「ふ、ふふふ、望むところよ! それを受け入れ、可能な限り改善する! そうでなければ何故成長できようか!」



「分かりました。ではまず2人で漫才をしているのに、全く同じ姿というのはどうなんでしょう? それを使ってのネタもあるにはあると思いますが、あなたの場合それを活かしていませんよね? それはどうなのかなぁ、同じ姿でお笑いするのって意味があるのかなぁって思います」

「……うむ」


「あと正直なところ中途半端に勇者や魔王を出すのはどうなんでしょう? 私みたいに勇者やそれに近い職業の人にしてみると、仕事を思いだしてあまり劇に没頭できませんでした。もしどうしてもそれらを出すのなら、役割が近いものだけど別物か、童話の様なぶっ飛んだものを出した方がいいと思います」

「………………うむ」


「そうそう、殺しが結構ネタの中にありましたよね? 確かに暴力的なところって好きな人もいますけど私は苦手ですね。だって嫌じゃないですか。人を傷つけるのも傷つけられるのも。だからそういうネタは避けた方がいいと思います」

「………………」


「それに明らかな嘘も入ってましたよね? 『死んだらアンデッド族として再雇用』とか言ってましたけど、それ現実ではありえませんよね? アンデッド族は死人がなるものではなくて、術者が魔法を使うことで大地の中にある成分を骨として構成して」

「もうやめてください! シコロモート様が息してません!」


 全部、と言われたため思いついたことを全部話し始めたわけだが、それは精神に影響を及ぼさないわけではない。しかも心が弱いシコロモートなら余計にそうなる。

「………………」

 だから彼女は立ったまま白目をむいて泡吹いていた。


 気絶を治す回復魔法など存在しない。だから思いつく限りの回復魔法を混ぜ、ギムコはそれをかけた。

「シコロモート様! しっかりしてください! ほら、回復魔法ですよ!」

「だ、大丈夫じゃ……死んではおらん……ただストレスで胃が自壊しただけじゃ……」

「それの何をどうやれば安心できるのか教えてくださいよ!」


「大丈夫じゃと言うておろう……これならせいぜい致命傷ですむくらいじゃ……」

「命に到っている時点で大丈夫もクソもないんですけど!?」


「心配するな……余が死んだら転生を期待すればよい……そういう創作物は巷にあふれておるぞ……」

「創作と現実をごっちゃにしないでください!」


 シコロモートがボケて、間髪入れずにツッコミを入れるギムコ。その2人のやり取りがなんだかおかしくて、思わず吹き出してしまった。

 と、その瞬間、ブリアの脳が思いついた。

 この笑いから導き出されたあるものに。


「あの、あなたたち2人で組んだらいかがでしょう?」

「え?」

「え?」

 どういう意味なのか、とギムコとシコロモートは表情で尋ねていた。むっくりと起き上がりながらしっかりとした目で、先刻見られた弱った姿はどこにもなかった。


「今のお2人はボケボケの元魔王にキレ芸的にツッコむ魔王という構図でした。うん、男女という違いもありますし、これはいいんじゃないでしょうか? しかも先のネタは人を傷つけての笑いでもなかったですし、私としては面白かったです」


「それありじゃ!」

 指を鳴らしながらシコロモートは飛び上がった。つやつやとした生気がみなぎった様相で。

「そうじゃ! なぜ気付かなかったんじゃろう? ここにいる優秀なツッコミ役を! こいつと組むという発想を!」

 ヤバい。

 自分の服の下に汗が流れるのをギムコは感じた。また流れも感じていた、とんでもない方向へ巻き込もうとする流れも。

 そしてそんな流れに、心あるものは逆らうのだ。たとえ報われなかったとしても。それはギムコも例外ではなかった。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよシコロモート様!? 私お笑いのおの字も知りませんよ!? できませんよ!」

「大丈夫じゃ、余がみっちり仕込んでやる! 何事にも初めてはあるものじゃ、安心するがよい!」


「そもそも戦争を止めるという役割は!? お笑いなんてしてたら戦争止められないじゃないですか!」

「これが最短にして最高の道のりなのじゃよ。ゆえに組むことが最上! 一緒にやろうではないか」


「私、妹に笑われたことは何度もありますが、それは『笑われた』のであって『笑わせた』わけではないんです! そんな私には無理です!」

「その違いが分かっているだけでももう既に素人ではないぞ! 期待がさらに膨らんだぞ!」


「嫌だっての! 何で現役魔王がお笑いをしなければならねえんだ! 魔王にはそんなことをする勤務内容は含まれてねえだろ!」

「人を楽しませるのは王の務め! だからお笑いをお前がやるのはむしろ自然! それに魔王じゃから面白いんじゃよ! 偉い人がバナナの皮で転ぶ。それこそギャグの基礎! だからこそお前がギャグをやればよりウケやすいんじゃ!」


 ゴチャゴチャと本音を交えながらごねるギムコだが、そんなもので説き伏せられるシコロモートではない。これは反論するギムコにも、付き合いの短いブリアにもわかっていた。

 ゆえに時間の程度こそあるかもしれないが、いずれ陥落されるだろう。ギムコのやりたくないという気持ちは。


 だからブリアはシコロモートに問うた。

「あのー、1ついいでしょうか?」

「ん? なんじゃ?」


 かなり熱中した説得であったため不安ではあった。しかし叫んだ声は届いたようである。シコロモートから間延びした返答が来た。

 だからこそ聞いておきたい。聞かなければならない。

 ブリアにしてみると最大で最高の関心事を。


「ここに置いてある豚汁もらってもいいですか?」

「全部食べてもよいぞ!」

「それはダメー! 明日の朝食がなくなるー!」

 自らがとんでもないものに引きずり込まれようとしているのに、そこの点だけは看過しないギムコであった。

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