2-③ 豚汁―♪ 豚汁―♪ トントン汁汁―♪
イザクショーの森にブリアは難なく到着できた。
元々武闘こそ得意ではなかったが、高位の魔法を扱うことができるキーテスだったため、それが気に入らないからグーヴァンハにボロカス言われるのだが、何の障害もなくブリアは来ることができた。
そしてそこに潜んでいる2人の襲撃者、シコロモートとギムコを見つけるのも彼女にとって容易かった。到着したその日のうちに発見することができた。
元々ここには小動物や昆虫、植物程度しかいない。その中に人が潜むとなると、どうしても生活の跡が発生する。それを辿って簡単に見つけることができた。
尤もそれは、シコロモート達が全く隠そうとも消そうともしていなかったためでもあるが。
何にせよ目的を発見したなら即時襲撃。その後打倒を果たして帰還。
というのが本来の流れであったが、彼女はしなかった。2人を見た瞬間、魔王ギムコと元魔王シコロモートと分かったため、無策での戦いを危険と判断。偵察を重ねて情報収集後に対策を取ることにしたのだ。
彼らがどのような生活を行っているのか。狙うべきはいつなのか。目的は何なのか。
これらの情報を収集した後に万全の作戦を持って倒す。
だからこそ堪える必要があるのだ。まだ調査を開始してから3日しか経たないのだ。ここで音を上げるわけにはいかないのだ。
ギムコが作っているおいしそうなご飯にも、色鮮やかな具材が見える豚汁にも、その匂いにも、ぐつぐつと煮える音にも、飛びついてはならないのだ。
「豚汁―♪ 豚汁―♪ トントン汁汁―♪ とーんじるじーる♪ 大好物―♪」
「シコロモート様、行儀が悪いです。箸を鳴らさないでください」
自作の歌だろうか、1人で箸とお椀を打楽器の様にしてシコロモートは喜色満面で歌っていた。それは控えめに言って音痴であったが、そこにいた誰もが指摘はしなかった。
だが食の礼節に関しては、ギムコは意見した。その間にも料理の手を止めずに、さらにはご丁寧に口元を唾が飛ばないよう布で覆ってまで。
そしてそんな2人を近くの木の上からブリアは観察していた。獲物であるシコロモート、のすぐそばにある湯気を放ち、味噌の匂いを辺りに満たしていく豚汁を。
(ぐうううううう……! おいしそうです……! ああ! 豚肉があんなに大きめにある……王宮のケチな食堂飯と違って、あんな大きくお肉切ってあるなんて! しかも他の具もたくさん! ああ、お腹が……! お腹が……!)
必至になってなりそうになる腹を鎮めるべく、空いている手で抑える。
だがそれで空腹がまぎれるはずもない。なおさら腹の虫が雄たけびを上げそうになり、それと比例するかのように渇望の想いが湧き上がってくた。
(分かる……あれ絶対おいしい奴です……塩分も脂もタンパク質も足りてない私の体が叫んでいます……あれを食べたいって……! あれを食べて体内活動を活性化させろって……渇きを満たせって吠えてます……!)
転移魔法でここまで来たとき、ブリアは軽い食料等は持ってきていた。しかしそのどれもが保存できることを優先されたもの。味に関しては二の次三の次だ。
嫌いという訳ではないが、好んで食べたいということもないものばかり。
しかもその上ブリアにとって豚汁は、というか肉関連の食べ物は大好物なのだ。食べたくて食べたくて仕方ないのに、城での食事は誰にもひいきはされず、平等な量が盛られるようになっている。
その不満と無縁世界の豚汁!
それを思うだけで何度も湧いてくる唾、飲み込んで飲み込んでも出てくる。その制御に四苦八苦していた。
そんな彼女の様子を全く知らないギムコは豚汁の味見をし、一度頷いた。食事としての完成度を確認できたため、お椀を手に取りよそい始めた。
「のうのうのう、今日は何杯までお替りして大丈夫なんじゃ? この間のけんちん汁みたいに7杯はいいじゃろ? 余はショートコントの訓練でお腹ペコペコなのじゃ。いくらでも食べたいのう」
「ダメです。明日の朝にまた食べるため取っておく必要がありますので。2杯、少なめでも3杯までです」
盛り終わった豚汁をシコロモートに手渡しながら、今度は自分の分を注ぎ始める。その豚汁をもらいがてら、シコロモートは一口啜る。
口の中から脳髄へ染みていく塩味に心底満悦そうになるが、それも一瞬。先の発言の反応を取り始める。
「3杯!? 少なすぎるぞ! せめてもう少し……5杯ならどうじゃ?」
「ダメです。あと食べながら話さないでください。大体あのとき食べすぎて、『お腹痛い~』とか喚いてたじゃないですか。この間のおでんのときもそうでしたし。回復魔法かける身にもなってくださいよ」
(おでん! おでんでお腹痛めるってことは相当食べたんじゃ……つゆがしみ出した汁に、アツアツの大根、しらたきとタマゴ、忘れちゃいけないのが鶏肉……! ダメダメダメ! 考えちゃダメ!)
にへらと緩む顔を締めるため、軽くつねる。痛みによって妄想から解き放たれ、再度2人の観察を始めた。
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