2ー② 最悪『死の大地』を再現してしまうかもしれん
白い大理石によってつくられた壁と床。
高級繊維をふんだんに使った絨毯が玉座に広がっている。
トーミ王国城の玉座がある間。王族や重臣以外は容易く入ることができない場所。ここにキーテスは玉座に座り、グーヴァンハは傍に直立不動の姿勢を取り、ブリアは2人の前に跪いていた。
普段は謁見時には衛兵が何人かいるはずなのだが、今はいない。
必要ないのだ。
トーミ王国の最強とそれに次ぐものがここにいるので、誰も守りに着く必要が無いし、守ることもできないのだから。
「ブリア。お前も聞いているだろう。先日我が軍に、それも勇者がいる部隊に襲撃がしかけられたことを」
「存じております」
言いながらブリアは顔をあげた。その顔にいくばくかの口惜しさを滲ませながら。
トーミ王国にある軍の中で精鋭とされる武力集団、『勇者』。
肉体的にも魔法的にも優れており、1人であらゆる局面に対応することができる、文字通り一騎当千を地で行く軍団。未だ実戦経験こそ無いものの、近々起こるであろう魔族との戦争で多大な戦力として働くことを期待されている者達だ。
「うむ、しかも」
「しかもその勇者が手も足も出ずにやられたらしい……陛下ならむしろ勝てる方がおかしいと思うが。あの鍛え続けてきた勇者ロボッソが負けたとは、相手は相当な実力者であると思われる。陛下ならぼろ雑巾の様になるのが自然と思うが」
「……」
さらに何か言おうとしたが遮る様にしてグーヴァンハが横やりを入れた。刺すような視線だけ送るキーテス。しかしそんなものを意に介さず、さらに彼は続けた。
「襲撃者は魔王と元魔王という話も聞く。だからこそ、どこぞの出来の悪いキングオブザコと違って、本当にできのいい弟子であるお前に頼みたいのだ。最強の勇者であるお前にそいつの討伐を」
「……は、お任せください」
一瞬だがブリアの返事が遅れた。
自分の任務の重さを痛感したから、ではない。師であり尊敬もしている人だが、また始まったかと呆れたからである。
「うむうむ、お前は素直だな。これほどの勇者はお前が最初で最後だろう。前に受け持ったミソカスのクソ木っ端には転生転移して特殊能力授かってもできない。断言できる。ねえ、陛下」
「……ブリア、僕はお前を信頼している。その武力も、魔力も」
先と違い公の席で、しかも信頼している勇者を送り出す場であるがために、まだキーテスは耐えていた。尤も椅子の手置き部分は硬く握っていたが。
「そんなお前を1人で送り込むなどしたくはない。しかも敵は強大。ならば軍全体で取り組むべきであるとも思う。しかしそれでは魔族との大々的な戦争になり、最悪『死の大地』を再現してしまうかもしれん」
「……」
一瞬だが、ブリアの肩が揺れる。ある単語、絶対に避けなければならないものを聞いたためだ。
『死の大地』
10年ほど前、魔族の支配する土地で戦争が起きた。詳細の調査はできなかったため、何が起きたのかは人族側には分からない。
確固として言えることは、そこで大激戦が繰り広げられ、ある時爆発が起こったこと。
遠く離れたこの王城まで届く爆風を発生させたそれは、爆発の中心地にあった自然も建造物も全て消し飛ばした。後日改めて遠方から簡易的な観測をしたところ、そこは未だに草木一本すら生えていない。完全なる不毛な大地を完成させた。
故にいつしか、そこは『死の大地』と呼ばれるようになった。
「理由、仕組み、起動条件。全てにおいてあの爆発は不明過ぎる。今この瞬間にも出来るのか、後100年は経たなければできないのか。それすら分からん……そんな中で大軍勢を動かしてもし使われれたら……滅亡しても不思議では無い」
「そうですね、陛下の過去だったら分かるんですけどね。過去どこに大人向けの本を隠したのかとか、恋文をどれだけ作っては破かれたとか。その辺ならそらんじることもできるんですけどね」
「師匠、今は真剣な話をしているんです。黙っていてください」
深刻そうな顔をしながらも、言うことはこれまでとまるで変わらないグーヴァンハに、ブリアの口が辛辣な言葉を浴びせた。
それがキーテスの溜飲を下げた。先ほどまで椅子のひじ掛けをきつく握りしめていた手が緩んだ。
「……ありがとう、ブリア。ともあれこれからお前に転移魔法をかけてその襲撃者がいたと聞くイザクショーの森に送る。そこで聞きたいのだが、今何か私にできることは無いか? 可能なことであれば叶えよう」
「それでしたらあります。陛下。是非とも叶えて欲しいことがございます」
「何だ?」
そこでブリアは頭をあげた。切実な想いを胸に秘めた、真剣な顔そのもので。
「私が転移した後……」
「うむ」
「絶対勝てないので師匠と喧嘩しないでほしいのですが」
「無理断る」
真顔で一切止めることなく、キーテスは言いきった。
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