第2話 元魔王様、女勇者にショートコントを見せる。
2-① オポッサムかてめー
トーミ王国の円形闘技場。
古の時代には血なまぐさい戦いを繰り広げられていた場所。現在では政治の決議を行う所、また現代を生活するための人々のために普段は解放されている地点。だがそれは普段、日常での話である。
今また、ここでは闘争が行われていた。
だがこれを戦いといえるかどうか、それは議論が必要だっただろう。
たった1人が周囲から攻撃を受け、それを回避、防御しているこの現状、これを争いに含められるかどうか、人によって違うのだから。
「……」
たった一人の少女を相手にして屈強な男数人が囲んでいる。
周囲の男達は剣を、槍を、槌を、矢を、魔法を放つのに対して、少女は身にまとうものこそあるが、武器は持っていなかった。
白銀の長い髪を三つ編みにしているために、動くたびにその三つ編みも右に左に揺れる。
着ているものは軽装の鎧、見た目には防御力が低そうに見えるが、魔力による防御を施しているためにその力は相当の物だ。
しかしそれに頼ることは全く無かった。何故なら周りを囲む兵士たちからの攻撃は一度も、かすることもなく空を切るか、大地を削る仕事をこなしていた。
「……」
女は止まらない。剣撃を躱しながら、右人差し指で槍の軌道を逸らす。かと思えば槌の柄を片腕で受け止め、矢を魔力で逸らせ、魔法と相殺させる。
攻撃こそしていないが、自分へ向かってくる敵意を全て無意味と化していた。
「いかがでしょうか?」
「むうう……」
その女の戦いを特別席から見ていたのは2人の男だ。他の観客席と比べて一段高いところにあり、そこの座に座るものは特別であると推察できる。
1人は動きやすさを重視した武闘着を着た初老の男。もう1人はまだ年若く、王の礼服に体が見合っていない男。
武闘着の男の名はグーヴァンハ・キビイア。王国の兵士たちを統率する将軍であると同時に、王の肉体的、精神的成長をこれまでも、そしてこれからも助ける役職にあるものだ。
年若い男の名はキーテス・ツアクニー。就任した日こそ短いが、このトーミ王国の国王。全ての役職の上に立つものだ。
「うむ……まだ年若そうに見えるのに中々やるではないか」
「そうですね、陛下だったらあれだけの面々に襲われたら泣いて命乞いしていたでしょうね。もしかしたら漏らすかもしれませんね。以前しごいたときにありましたし」
一瞬、キーテスの肩が震える。が、それだけで顔には何も表さず続けていく。
「……あの武術の腕、どこで身につけたのか知らないが見事なものだ。見習いたいくらいだ」
「本人曰く、努力の賜物らしいです。まあ、私の稽古を逃げるため発熱、嘔吐、痙攣、といった仮病ができて『オポッサムかてめー』と誰もが言いたくなった陛下では無理でしょうが」
「………………しかし防御の方ができても攻撃の方に不安が残るな。その点は大丈夫なのか? いざ戦う時に相手に攻撃が当てられないでは話にならんぞ?」
「その点は大丈夫です。先に陛下の似顔絵を描いた人形に『これを積年の敵とみなしてズタズタにしろ』と指示して攻撃させました。物証もありますが、ご覧になられますか?」
「お前いい加減にしろよこらあ!」
さすがにもう無視できなかったようだ、席を立ってかみつかんばかりにキーテスは食って掛かった。
「何で僕の似顔絵を攻撃させたんだ! 魔族の絵があるだろ魔族の絵が!」
「ちょうど訓練用の魔族の絵を切らしてしまいまして。それで仕方なく、誠に不本意極まりながらも、そうせざるを得なかったんですよ」
「そ、そうなのか……?」
「はい、たったの130枚しかなかったんですよ」
「十分すぎるほどあるだろ!」
「何言ってるんですか? 130枚ですよ? 1枚使ったら 129枚ですよ? 130じゃなくなるんですよ? この差は大きすぎますよ。それに引き換え陛下の似顔絵なんて、紙屑と同じくらいあるでしょう」
「衛兵! 誰かこい! こいつを死刑にしろ!」
何事か、と慌てて彼らの元へ大量の兵士が押しかけるが、2人の顔を見たときおおよそを察したのだろう。誰もが顔で「ああ……」と語っていた。
「おお、来たか。衛兵達。何をしている? 陛下を早く死刑にするんだ」
「何で僕を殺す! 死ぬのはお前だろ!」
「何を言うのです。私は自分が死ぬなんて絶対に嫌です。でも陛下が死んでも私は痛くもかゆくもないです。ならばどちらを選ぶのか。言うまでもないでしょう」
「誰でもいい! 剣を寄越せ! こいつを切り捨てる!」
暴れ出そうとするキーテスだったが、そこは助けに来たはずの兵士たちに抑え込こまれた。
このからかいが日常茶飯事的であり、また襲い掛かったところで絶対敵わないのを知っているからである。
「放せー! こいつを殺すー! 前々からこいつは僕のことをからかっていたけど、もう容赦しないー! 殺させろ―!」
「おお! なんと陛下がやる気に! これは奇跡と同価値程度の物! なるほど、それだからですね! 周りの誰もが陛下の行動を注目しているのは!」
その一言で少しだけキーテスは冷静さを取り戻し、
見れば戦っていた下にいた兵士たち全員が、肩で息をしながらキーテスの方を見ていた。先ほどからの騒ぎに集中をこちらへやったのだろう。
唯一、丸腰の少女だけは全く動かず、まだ臨戦態勢を整えていたが。
「いやあ、注目の的ですな、陛下。偉大なものが誰からも注目を集める何かを持っている!それの証明! 人から愛される王の生き字引! 名君! 歴史に名を刻む偉人! そんな人が私を殺そうとするなんてありえない!」
「もういい! もういいわ! 全員引き上げろ! お前もだぞ! ブリア・ペース!」
鋭い声が闘技場全体に響き渡る。
その時改めて彼女は、ブリア・ペースは動いた。
同時、彼女の目から狩人の如き輝きが消えたのを見た兵士はいなかった。彼らが確認できたのは彼女、ブリアの顔に柔らかな笑顔が宿ったことと
「はい、承知しました。兵士の皆さん、お疲れさまでした。ゆっくり休んでくださいね」
と自分の安心感を相手にまで伝えるような、穏やかな声音だけだった。
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