1-⑦ 必ずやお笑い力でお前の期待に応えてみせるぞ!
「どうじゃ! 面白かったじゃろう! 大笑いものじゃろう!」
分裂したもう1人のシコロモートを取り込みながら、彼女は平坦な胸を張った。鼻息も荒く、顔からも自信が溢れている。
「余が買い物に行っているときに思い付き、そのまま家に直帰してこのネタ帳に記したんじゃ! そのときは1人で笑い転げておった! じゃが今日のご飯買えなかったことを思い出して、1人植物の根をかじった飢えをしのいだがの!」
(そこは自炊でもしろよ)
と無言のツッコミを入れたが、それを音声として起こす気はギムコにはわかなかった。
何故なら今のシコロモートは上機嫌だったから。先ほどの落ち込みは鳴りを潜めて、普段の確固たる己を持つシコロモートに戻っているのだ。
(……無気力や無頓着状態とは程遠い状態。先の荒れているときとも違う。つまり最悪ではない。今避けるべきは先の様な状態に戻してしまうこと。ならば俺が打つべき手は……)
数多の選ぶ未来がギムコの脳内で生まれていき、そして消えていく。数々の取捨選択の末にギムコが選んだ未来は
「す、素晴らしい! 呆気に取られてしまい、ついつい反応が遅れてしまいました。とても面白かったです」
そのシコロモートの気持ちを増幅させる方向へ舵を切ることにした。
そしてそれは成功し、彼女の顔に喜びが塗装された。
「おお、おお! おおおおおお! そうかそうか! どこら辺が面白かったんじゃ? 余としては『さすまお』が気に入っているんじゃが?」
「それもいいですが、魔王が死刑とか喚いてからの予想を裏切る数々。掌の返しっぷりのところとか、最後だけは死刑にするってのも良かったです」
これはギムコにとって偽りではない。
上に立つものとして、コントの中の魔王に感情移入できたし、最後だけは裏切ってきたオチは面白かった。呆気に取られていなければ、もっと大きな声で笑っていただろう。
「そうか! うむうむ! やはり余のネタは完璧であったか! ならばこれを人族たちに見せれば大爆笑は確実よの! 誰しもが余を認めるであろうの!」
(それはないな)
演説とさえ取れるほどの声量と熱量のシコロモート、対照的にギムコは冷めきっていた。
(いかにネタが優れていようと、それを出す場所が戦場では誰からも笑いを勝ち取れまい。先のことを繰り返すだけだ。それが分からぬ限りシコロモートが認められることは無い)
だが、とギムコは続けた。
(ひとまずはこれでいい。これでまたもやウケない現実を見て、お笑いを諦める。そうしてやがて人族に絶望して、暴力と魔力で人族を滅ぼしてくれれば……)
ここであることに気が付いた。シコロモートがもう騒いでいないことに。先ほどまで見られていた熱意は姿を消し、軽く俯き下を見ていた。
(……妙だ。こんなシコロモートなど見たことないぞ。落ち込みがぶり返したか? 褒めが足りなかったのか? まだ何か言った方がいいか?)
訝しむギムコに気付いたのだろう、シコロモートは彼の方を向き、笑った。
苦笑いとも冷笑ともとれる、そんな笑いを。
「実を言うとな……ほんとのほんとは自信なかったのじゃ……独りよがりなのではないか。そんな風に思っておったのじゃ……」
「……はい?」
「漫才があれだけウケなかったので、ショートコントもウケないのではないか。少し……いや、大分不安じゃったのじゃ……」
(ちょっと待て! そんな素振りちっとも見せなかっただろ!)
「もし今のでウケなかったら……余はお笑いをやめて暴力で解決しようとさえ思っておったのじゃ……愚かそのものよのぉ……」
(えええええええ!? それなんだけど!? それを俺は求めてるんだけど!? というかそれをしてもらうために俺はここにいるんだけど!?)
冷静に話すシコロモート、熱く暴走し始めるギムコ。先ほどとは全く逆の構図になっていたが、最早それを気にできるほど彼に余裕は無かった。
「だがもう余はそんなことはしないし、思わぬ!」
(いや、思ってほしいよ! してくれよ!)
「必ずやお笑い力でお前の期待に応えてみせるぞ!」
(そこは暴力と魔力でいいんだよ!!)
一際心の中では大きくツッコんだギムコだったが、神ならぬシコロモートにはやはり届かなかった。
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