第二場「認識できない存在」
「お客さん」
「えっ!?」
僕たちしかいないと思った車内で、突然声をかけられた。
すぐに声のした方へ振り返ると、ボックス席が並ぶ通路の間に、車掌服姿の何かが立っていた。
「うわびっくりしたァ……」
鉄郎も僕と同じように驚く。
その奇妙な何かは、よく見ると、確かに人のように思えた。
ちゃんと人間の形をしているし、足もある。
ただ制帽の先の、顔だけがうまく判別できない。目も、鼻も、口もある。
なぜか、頭の中で顔だけが像を結ばない。
「……他のお客さんの迷惑になるんで、もうちょっと……お静かに願えますか?」
「あぁ、はいすみません」
「ご協力ありがとうございます」
軽く頭を下げると、その人は岡持ち(お弁当とかジュースとかを売り歩く、首からかけるヒモのついている箱みたいなものだ)を持ったまま、ゆらゆらと去っていった。
「銀河弁当、お茶、コーヒー、ジュースは~いかがでしょうかー……?」
不気味だ。しかし目の前の鉄郎は呑気に言う。
「来た気配全然なかったな~」
「何、いまの?」
「車内販売だろ?」
「え?」
「だから、車内販売。電車だから、サービスで」
「は? サービス?……そもそも他のお客様っているの?」
「いるだろ、電車なんだから」
こいつに目の前の出来事を疑う能力はあるんだろうか?
呆れたところで、僕は美しい窓の外を眺めようと――
「三次空間からお越しのお客さんで!?」
鉄郎の隣に、やつがいた。
「うわぁっ!?」
「いいいきなり戻ってくんなよびっくりするだろ!」
さすがの鉄郎も驚きすぎて椅子からずり落ちかけている。
そいつはハハハと頭を掻きながら話し始めた。
「いやぁ……すみません。この時期になると、三次空間からのお客さんが多いもので、つい」
「三次、空間……?」
聞き返すと、そいつは姿勢を正して微笑んだ。
「フフフ、念のためご説明させていただくと、お客さんが現在お乗りになっているこの電車は、幻想第
「はぁ」
難しい言葉が続いた途端、鉄郎の生返事。
かいつまむと、この列車は『あまのがわ』という名称らしい。
「ちゃんと名前、あるんだ……」
「通常は、死者しか乗れない列車なんですがね……今から90年ほど前に、うっかり生きてるお客さんが乗り込んでからは、知名度ばかり上がっちまいまして、度々死者のお導きや私たちの気まぐれで、乗せてやっていいことにしてるんですよ……」
この列車には、死者しか、乗れない?
やつがいう、90年ほど前に乗った“生きてるお客さん”って?
「なぁに、ここは不安定な
「お前みたいにな、教授!」
「うるせぇ」
僕は、死んでいないはずだ!
自分の中で不安がむくむくと大きくなってくる。
「死者の方々からは、葬式の際に上がってくる六文銭を乗車賃としていただくんですが、生きてるお客さんはほぼ無賃乗車ですからね、商売あがったりなんですよ……冥途の土産に、お一つ、いかがです……?」
やつは岡持ちに入っているカラフルな装飾の『銀河弁当』やジュースを差し出してきた。すぐに鉄郎がのぞき込む。
「じゃあもらおっかなー」
「お金持ってないんでいいです!」
咄嗟に鉄郎の腕を引いた。本当に不用心なやつだ。
「そうですか……まあ、商売と言っても、この路線は天上の管轄なので営利目的ではないんですがフフフフフ……ゆっくりしていってください」
「あぁ、はい……」
「どうもご丁寧に!」
「後に、切符を確認しにお伺いします。あぁ、申し遅れました。本日の列車の運行を担当してます、車掌の
幌舞は、ゆらりと立ち上がり、また去っていった。
鉄郎はその背を目で追いながらつぶやく。
「……えぇーあの人、車掌さんだったの!?」
「もうわけわかんない、降りたい、早く目ぇ覚めろ……!」
顔のわからない車掌、死者しか乗れない銀河を走る特急列車。
僕は一体、どうしてここにいるんだろう。
「あっ……流れ星!」
「えっどこ!?」
鉄郎の声に反応し窓を見ると、目の前を激しく燃え光る星が、流れ去っていった。
「……うわぁ、すげぇ。これが本物の銀河なんだなぁ……!」
「さっきまでの落ち込みはどこいったんだよ」
ヘラヘラ笑う僕たちを乗せて、電車はどこまでも走っていく。
僕と鉄郎なら、どこへでも行ける。
そんな気がしていた。
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