第一場「もう一度、名前を」

電車の走行音がガタゴトと聞こえてくる。まどろみの中から、僕はゆっくりと浮上した。


「すっげぇー! あきら、見てみろよ! ものすげぇ景色だぜ! ほら!」


目を覚ますと、そこは電車の中。

制服姿の見知らぬ男子が、僕を揺さぶり起こしていた。

ぼんやりした僕の耳に聞こえてきたのは――


『銀河鉄道、幻想第四次冥府線をご利用くださいまして、ありがとうございます。この電車は、冥府線特急、サザンクロス行です。グリーン車は――』


聞きなれているはずの電車内アナウンスに違和感。銀河鉄道?冥府線特急?


「んあぁ? なんだよ、うるさいな……」


僕は寝ぼけているんだろうか?

覚醒したばかりのぽやぽやした僕のつぶやきを遮るように、ハイテンションな声が響く。


「お前の大好きな星の中を走ってんだぜ? あ! 今の流れ星じゃね!? あーッ! ……通りすぎちまった」


ほんとうに騒がしい声で、あからさまにがっかりする男子。

誰なんだ、こいつは?

そう思いながら窓の外へ目をやると――無数の星々が広がっていた。


「……え」


思わず声が出た。

街灯の全くない、ほんとうの星空をみたことはあるだろうか。

どこまでも暗く深い夜空の群青色の中に、色とりどりの光が散りばめられた絶景が広がっている。


「あーあ。お前、いつまでも寝てるからだよ」

「え?」

「え? じゃなくて、流れ星。まあこんだけたくさんある星の中を突っ切ってれば、今のが最後じゃねぇとは思うけどさ」


僕がいるのは電車の中。

車窓の外は星の海。

一体、この電車はどこを走っているんだ?


「……ここどこ」

「どこって?」


ぽかん、と目の前の男子は聞き返してきた。僕は初歩的な質問をもう一度してみる。


「え、なんで? ……ここ、どこ?」

「電車」

「なんで電車?」

「……なんで? なんで電車かって? ……そりゃなんでだろうなぁ、いや哲学的だなぁ、さっすが教授」

「ちゃんと答えろよ!」

「答えてやってるだろ!」

「てかお前誰だよ!? それにそのあだ名やめろよ!」


その男が口走ったというあだ名。そう呼ばれたのは久しぶりだ。

彼はニヒヒとニヤついて、さらに煽った。


、懐かしくね!?」

「良い気持ちしねぇし、それより、僕は……どうしてこんなところにいるんだ!?」

「えーッ!」


こいつ、さっきから無駄にテンションが高い上にうるさい。

幸い、ほかの席に乗客はいないみたいだ。


「うるさいなぁ!」

「晃ァ~、ウソだろ、俺のこと忘れたのか……?」

「だから誰……?」

「ほら、これだよ……!」


なにやら、バットを振る仕草をする彼。


「え?」

「小学校んときの……!」


さらに、ボールを投げる仕草をする。その瞬間の、特徴的なガッツポーズ。


「小学校? 小学校と、そのイヤな呼ばれ方……お前、もしかして、」

「そう!」


目の前の男、そう、名前は……!


「佐藤学……!」

「松本鉄郎だぁー! ……って違うし名乗った俺めっちゃ恥ずかしいじゃねぇか!」


わざと間違えたに決まってるだろう。そうだ、思い出した。


「その馬鹿みたいなテンションと下手な野球、思い出した……鉄郎?」

「下手なのは余計だが、そうだよ星野晃……!」

「え、なんで、久しぶり!」


僕たちはハイタッチを交わす。小学校卒業以来だ。人懐っこい笑みを浮かべた鉄郎は、多少でっかくなった気もするが何一つ変わっていない。


「一生思い出さねぇつもりかと思った」

「ごめん。でも、ここどこ?」

「それがわかんねぇんだ。お前と同じように眠ってて、起きたらここにいた」


改めて窓の外を見る。今度はまばゆい光の帯の横を進んでいく。


「外は……すごい……どこかの河原? ススキが銀色に光ってる……」


「河原じゃないし、あれはススキでもねぇよ、ぜんぶ、銀河の星たちだ」


銀河。一般的には、恒星や宇宙塵が集まってできた巨大な天体。

その中に、僕たちがいるって?


「え? ここ宇宙?」

「銀河鉄道だよ。さっきの車内アナウンスでそう言ってた」

「銀河、鉄道……?」

「銀河鉄道ってことは、あれだ、マカロニとかなんとかの」

「マカ……? 銀河鉄道って、確か、宮沢賢治の童話のことだよね?」

「あぁ、だから出てくるじゃんマカロニ」


銀河鉄道と聞いて、僕はピンときた。

もしあの童話が本当の夢だったのなら、鉄郎の冗談に付き合ってる暇はない。


「僕……降りる」

「おい待てよなんでそんなこと言うんだよ!」

「『銀河鉄道の夜』の話、知ってる?」

「あ? あぁ、だいたい」

「死んでるんだよ」

「誰が?」

「その話に出てきた二人の片方は死んでるんだ!」

「へぇ~」


へぇ、初めて知った!とでも言いそうな能天気な返事。

松本鉄郎はいつもそうだった。

出口を探そうとボックス席から立ち上がった僕を彼は必死で引き留める。


「へぇじゃねぇし、僕はまだ死んでない!」

「お、俺だって死んでねぇよ!」

「っていうかまだ死にたくない!」

「落ち着け! 俺だってそうだ……何かの間違いで乗ってる可能性もあるだろ!」

「夢じゃないの!?」

「夢かも知んねぇけど……」

「とにかく降りたいんだ!」

「待ってくれマカロニ!」

「ジョバンニの間違いだろ!!」

「……ジョバンニ!」

「誰がジョバンニだ!?」


こいつ、この期に及んで言い直した……!

鉄郎は僕の前に両手を広げ、通せんぼするように言い放った。


「……ほら!」

「え?」

「……呼んでよ」

「なにを?」

「だから、俺の名前を」

「鉄郎」

「バッカ違ぇよ」

「お前鉄郎だろ!」

「そうだけど……ちがう」


仕方がない、こいつのおふざけに付き合ってやることにする。


「……メーテル」


そうこぼすと、鉄郎は裏声を絞り出し、こう答えた。


「『鉄郎、スリーナインに乗りなさい』って違ぁう!!」

「だからなんて?」

「ジョバンニって言ったら……いるだろ、もう一人」

「あぁ……」


ジョバンニともう一人。

宮沢賢治の童話の中で、銀河鉄道という、冥途の旅路を共にしたもう一人の男の子。


「……言わない」

「なんでだよ!?」

「っていうかふざけてる場合じゃないんだよ!」

「なんでだ楽しいだろ」


うきうきと微笑みながらさも当たり前のように彼は言う。目の前の鉄郎は、記憶の中の少年時代よりもずいぶん背が伸びていた。


「そういうことじゃなくて……もう……馬鹿! ほんと馬鹿なのは変わってないよな……!」

「黙ってきいてりゃバカバカ言いやがって……!」


取っ組み合いを始める僕たち。

ああ、こんな楽しいやりとりをするのは、どのくらい久しぶりになるだろう。


僕のみる夢にしては、とてもにぎやかで、懐かしい感じがした。

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