第11話

*☆*☆*

 ひんやりとカビ臭い部屋で、リュイーヌは目を覚ました。

 清潔な夜具のおかげで寒くはないが、頭が痛む。

 オ・ロンの城門で、牙一族の者たちに導かれるまま、小路に飛び込んだまでは覚えている。だが、戦いの最中で記憶はとぎれていた。

「フリア、どこです」

 なんとか起きあがり、まわりの様子に気づいたリュイーヌは、鋭く息をのんだ。

 巡らした檻の外。

 簡素な椅子に腰かけた将校が皮肉な笑みを浮かべ、尊大に足を組んだままリュイーヌをながめていた。

 アルラントの紋章を刻んだ鎧に、松明の炎が照り映える。

 めずらしい小動物を捕まえた子供が、無邪気な残酷さをこめて見つめるように、将校の目が木もれ陽色にゆれていた。

 羞恥と絶望に身体中が凍え、リュイーヌはシーツをかき抱いた。

「亡国の姫君。お目覚めのご気分は、いかがでございますか?」

 心地よく耳になじむ声音は、皮肉を混ぜ込んだ棘でリュイーヌの自尊心を射た。

「だれが、平和な中立国であった我が国を、亡国に変えたのです。祖国を滅ぼされた気分など、そなたに解ろうはずはない」

 辛辣な返答に微笑む将校を睨みつけ、リュイーヌは立ち上がった。

 まだ頭は痛むが、見知らぬ者にこれ以上無様な様子は見せたくない。

 どのくらい気を失い無防備になっていたのかも、いまは考えたくなかった。

「わたくしの思っていたとおり、気丈な姫君でいらっしゃる。ご挨拶がおくれました。わたくしはアルラント王国軍の将校で、エルバス・シレーユと申します。アルラントまでの道中、あなたさまの護衛としてお供いたしますので、お見知り置きくださいますよう」「アルラント」

 自分の立場を確認するように、リュイーヌはつぶやいた。

 ラグーンを目前にして、自分は捕らえられたのか。

 だが、覚悟していたほどの苦痛はない。

 捕まったのが自分だけなら、アルラントは四宝のすべてを手にしてはいないのだから。

「供の者は? 捕らわれた者は、わたくしだけではないでしょう」

 ほんの少し、エルバスの顔が引き締まる。

「それなら、そこに」

 後ろを指さされ、肩越しに振り向いたリュイーヌは、とっさに悲鳴を飲み込んだ。

 床の上に、ボロ布のような者たちが放置されていた。

 確かめるまでもなく、牙一族の若者たちだ。

 中のひとりが顔をあげ、血に汚れた猿ぐつわを噛んで苦しげな呻き声をあげる。

 じっと見つめるリュイーヌの横顔に、エルバスの鋭い視線が向けられていた。

 この姫がなんと答えるよう望んでいるのかと、エルバスは自身に問いかける。

 神の加護を一身に受けているような巫女姫に、自分はなにを望んでいるのかと。

 青ざめ、平静を保とうとして振り向いたリュイーヌの視線を受け、エルバスは小首をかしげて返答をうながした。

「この者たちは、わたくしの供の者ではありません」

 硬くこわばった表情で、リュイーヌははっきりと否定した。

 牙一族の者がリュイーヌに加担したとなれば、それを理由にアルラントはラグーンへ宣戦布告するだろう。

 国として存続するため、礎である火の宝珠と巫女姫を差し出したラグーン神皇国に、ヴァルリオリンの二の舞はさせられない。

 祖国を失う苦しみや怒りを、リュイーヌは 他国の民にまで担わせたくなかった。

「エルバス殿。わたくしは捕らえられたのですから、もはや抵抗はいたしません。それから、この者たちに見覚えはないと、神に誓って申します。ヴァルリオリンの宝珠がアルラントに渡ったいま、なんの関わりもない人々を苦しめるのは、無慈悲な行為です」

 ふっと、エルバスは顔をほころばせた。

 牙一族が何をしていたか百も承知でいる自分に、姫はしらを切ろうとしている。

 求める宝珠も、巫女姫も手に入れてなお、エルバスは多くの血を求めるのかと、リュイーヌは問うたのだ。

「手厳しい姫君だ。わたくしを、無慈悲な男とおっしゃいますか。しかしこの者たちは、力に屈せぬ強情者のようですが」

 心から楽しそうに、エルバスは無邪気な笑みを浮かべた。

「この者たちが、姫君とどういう関わりをはたしたか。それは、あなたさまと同行されていた者たちの、出方しだい。と、申し上げておきましょう。明日の宝珠授受式が無事に終了し、だれもあなた様を救出に来ないとなれば、いささか不本意ではありますが、この者たちは、あなたさまとは無縁の者と判断いたしましょう」

 檻越しに優雅な会釈をして、エルバスは背を向けた。

「お待ちください。わたくしの従者は、どのように」

 振り向いたエルバスの微笑が、わずかな毒を含んでいる。

「ご心配なく。大切に お預かりいたしておりますゆえ」


*☆*☆*

「なぜ、助けに行かないのですっ?」

 テーブルを囲む者たちに向かい、メティスは苛立った声をあげた。

 ラグーンの領事館の地下室で、主だった者が顔をあわせていた。

 時刻は深夜をすぎている。

 夕方に、アミとディルを伴ったレムランが、ひっそりと訪れた。

 カリオペとミランディアが夜になって到着し、アルラントの砦を見張っていた牙一族の密偵が、一足おくれて合流した。

 人通りの少なくなった日没に、目立たない幌馬車が砦に入ったと報告をした。

 御者はふたりで、シレーユ家の兵士だと断言した。

 砦の門が閉まるまえ、牙一族の救助を求める合図がしたとも、密偵は告げた。

 おそらく、リュイーヌ姫も同乗していたのだろう。

 メティスは、すぐにでも皆が行動すると思っていた。しかし、だれひとり動こうとしない。ミランディアでさえ、腕組みしたまま考え込んでいた。

「まさか、見殺しにするのではないでしょうね」

 あまりの沈黙に耐えかねて、メティスは立ち上がっていた。

「落ち着きなさい、メティス。正面切って動けば、ラグーンもヴァルリオリンと同じ運命をたどるのです。これ以上、アルラントに滅ぼされる国があってはならない」

 イスランの穏やかな制止に、メティスは不満を押さえ席についた。

 ラグーンと関わりのある者が、もしリュイーヌ救出に失敗しアルラントに捕まれば、国の存亡にかかわってくると諭される。が、そんなことは、言われなくともわかっている。

 国の礎となる宝珠を差し出してまで、ラグーン神皇国が、形だけでもアルラントの同盟国として存続する意義は大きい。

 秘境と言われるラグーンの奥地に、神への扉『ヒリングハム』を抱えているからだ。

 アルラントに国を明け渡すことは、神の扉をも無防備に差し出すことになる。もし、リュイーヌ姫の逃亡に、ラグーンがなんらかの手助けをしたとなれば、アルラントに対して反逆の意思があると取られるだろう。それは、ラグーンを滅ぼす絶好の口実となる。

「国を出るとき、リュイーヌ姫はおっしゃった。もしも、ヴァルリオリンの宝珠がアルラントに渡り、ご自身が捕らわれたなら、見捨てるようにと。追っ手を逃れ、他の宝珠を守りなさいと。決して、姫を助けようとしてはならないと」

 ポツリとつぶやくミランディアに、メティスは言葉を失った。

 あの気丈な姫なら、言いそうなことだ。

「姫を救おうなどと、決して思うなと、きつく命令された」

 腕を組み、うつむいたミランディアが泣いている。

 メティスは、いまさらながら己の非力に歯軋りしていた。

 だれも手出しができないなら、自分がやればいいのだが。

 大地の宝珠をラグーンに届ければ、メティスの役目は終わる。

 ヴァルリオリンにも、ラグーンにも、自分はまったく関係のない者だ。しかし、救い出すだけの力をメティスは持たない。

 思い悩んであげた目と、潤んだミランディアの目が合った。

「メティス。たとえリュイーヌ姫を救えても、もうこの大陸に、姫の逃げ場はないのだ。最後にはアルラントに捕まるのを承知で、姫はラグーンの聖地を目指された。もしかしたら、ヴァルリオリンの宝珠を封印できるかもしれないと、万に一つの奇跡を願ったのだ。火、水、風。みっつの宝珠は、アルラントの手に落ちた。残るは、おまえの持つ大地の宝珠だけだ」

 皆の視線を浴び、メティスは胸元を押さえて椅子に沈み込んだ。

「ラグーンの巫女姫様に封印していただくよう、お師匠様は遺言されたのです。わたしの役目は、もう終わります」

 宝珠の入った袋をはずし、メティスはカリオペに差し出した。

 自分が持っているより、よほど安全に届くだろう。

「リュイーヌ姫を助ける方法は、ないのですね。姫も、ほんとうに望んではいないと」

 返事をする者はなかった。

 ミランディアの言うとうり、リュイーヌを助け出したとしても、もう逃げ延びる場所はない。

『でも、このままでは虚しすぎる。なんとかして、リュイーヌ様の支えになることは、できないのだろうか』

「助けには行かないが、預かり物を返しに行くのは構わないだろ」

 戸口をふり返ったメティスが、パッと明るい顔になる。

「ヤムッ」

 ほんの少しやつれているが、しっかりした足取りで、ヤムはカリオペとレムランの前まで進んだ。

 隅の椅子に腰掛けるイスランと、はじめて目が会う。

「よう、兄貴」

 感慨深く自分を見つめるイスランに、ヤムは茶目っ気たっぷりに手をあげた。

 思わず知らず、イスランは破顔していた。

「おやじ。赤狼族の村で、ネッドとセリオスを捕まえた。アルラントの手先に、踊らされたと白状した。後悔して自殺でもされちゃあたまらねぇ。母子別々にして監禁してきた」 

 ホッとレムランが、息をつく。

「セリオスには、おふくろの命が惜しいなら自害するなと言った。母親には、息子の命が惜しいなら自害するなと言ってやった。どちらも 手練の者に監視させて、長老が帰るまで生かしておけと言ってきた」

 ヤムは椅子を引き、馬乗りに背もたれへ顎を置いた。

「まさか、ひとりでも死なせたら、見張りの者の命もないと言ったんじゃねぇだろうな」

 身を乗り出して問う長老レムランに、ヤムはうなずいた。

「おやじのやり方を、見習っただけだ。あいつらを生かしておくには、それが一番手っ取り早いからな。数少ない一族が、これ以上少なくなるなんて、おれは嫌だね」

 この話は打ち切りと、あきれかえってレムランは手を振った。

 テーブルを見渡し、真顔になる。

「牙一族から、裏切り者が出た。長老として、おれは責任をとらねばなるまいが、それはこの一件が片づいてからだ」

 そっとカリオペの手を握り、レムランはうなずきかけた。

 カリオペも、黙ってうなずき返す。

 メティスの肩に手を置き、ヤムは言い聞かせるように囁いた。

「お嬢は、もう逃げる気はないだろうよ。おとなしくアルラントへ行くはずだ。二度と会えなくなるまえに、おれはお嬢から預かった物を、返しに行く。いっしょに来るか」

 散歩にでも誘う気軽さに、メティスも大きくうなずいた。

「はい。もう一度お目にかかりたい。連れて行ってください、ヤム」


*☆*☆*

 砦の謁見室では、宝珠の授受式が行われている頃だ。

 檻の中で、リュイーヌはかかえた膝に額を置いてじっとしていた。

 一晩中、痛みに呻いていた若者たちも、少しは体力を回復したようだ。

 声をかけて無事を確かめたい衝動を、リュイーヌはかろうじてこらえていた。もし、だれかに聞かれたら、無関係だと、しらを切れなくなる。

『皆は、どうしているのか。捕まったのか、無事に逃れたのか。それがわかれば』

 なにかが、リュイーヌの足に当たった。

 驚いて開けた目に、深い緑のエメラルドが飛び込んでくる。

「これはっ」

 アネッタで、路銀にかえた形見のブローチだ。

 白金貨十枚で売りさばいたと、ヤムは言っていたはずだが。ふと、地下室の隅に影が動く。物陰を伝い、檻のそばにある木箱の死角から、ふたつの見知った顔と、たくましい男の顔が覗いた。

 ヤムとメティスが心配で、同行したイスランだ。

「お嬢、元気そうで、なによりだ」

 朗らかに言い放つヤムの声に、両手で口を押さえたリュイーヌは、すすり泣きを我慢した。無事なヤムとメティスの姿に、張りつめていたものが溶けてゆく。

「捕まったのは、お譲とフリアねぇちゃんだけだ。ミランディアのねぇちゃんは、お嬢の言いつけを守るそうだ。こいつらは、心配いらねぇ。おれが連れて帰る。お嬢は 」

「わたくしは、逃げません」

 ヤムの言葉をさえぎって、リュイーヌは断言した。

 ヴァルリオリンを離れるまえから、そう決めていた。宝珠のことがなければ、占領されたその日のうちに、アルラントへ投降していただろう。

 自分の命が惜しいのではない。

 国を占領され、頼みの国王夫妻が亡くなっても、リュイーヌが生きている限り、ヴァルリオリンと言う国は滅びない。

 いつか再興する日がくると、民は希望を持っていられるからだ。

「そう言うと思ってたよ」

 床に転がる者の縄を、イスランが切ってゆく。

 ためらう者たちに、ヤムは先に行けと顎をしゃくった。

 若者たちは互いにかばい合い、地下の汚物処理場へ降って行った。

「長居はするな、ヤム」

 重傷の者に肩をかし、イスランが囁いた。

「わかってるよ兄貴。先に行ってくれ」

うなづいて、イスランもその場をあとにした。

「リュイーヌ様。お力になれなくて、すみません」

 檻のあいだから差しのばしたリュイーヌの手を取り、メティスは喉をつまらせた。

「メティス、ヤム。あなたがたと過ごした旅の日々を、わたくしは忘れません。これからどのような未来が待っていようと。ほんとうに、楽しかった」

 とつぜんリュイーヌの微笑が、メティスたちの背後に移り、凍りついた。

「お別れは、おすみになりましたか?  リュイーヌ姫」

 上に続く階段に足をかけ、きっちりと武装したエルバスが立っていた。

 抜きはなった長剣の柄をかるく握り直し、切られた縄が散乱する床へ降り立つ。

「ラグーンの者を連れ去りましたか。いえ、責めはいたしません。わたくしの手間がはぶけて、けっこうです。それにしても、最後の宝珠を持つあなた」

 スッと剣先でメティスを示し、愉快そうにエルバスは笑った。

 ヤムは後ろ手にメティスをかばい、地下へ続く扉へと移動する。

「なぜ、こんなところへ来たのですか。すべての宝珠が集まれば、だれにも摂政殿の野心は止められないのですよ。実に愚かな行為だ。それとも、すでに宝珠は封じたと?」

 ヤムの合図で、地下道に飛び込もうとしたメティス。が、檻越しにリュイーヌの喉元へ、エルバスが剣を突きつけるのを見て思いとどまった。

「メティスとやら、わたしとともに来るが良い。そのかわり、牙一族のその若者は、無傷で帰してさしあげよう」

 素早く動いたヤムの短剣が、エルバスの剣を跳ね上げた。

 そのまま身をひるがえそうとするヤムの首に、ピタリと切っ先が張りつく。

「聞き分けのない」

 刀身の背で強かに肩を打たれ、ヤムは床につっぷした。

 起きあがろうとする襟首を捕まれ、動きが止まる。

 癒えていない身体は、力と敏捷性を失っていた。

 エルバスの構えた刃先が首を狙って落ちてくると知って、おもわず顔を背けたヤム。

 メティスは必死で、エルバスの腕にむしゃぶりついた。

『死ぬのか』

 ヤムの頭の片隅で、冴え冴えとした声がする。ふっと、時間が止まった。

 両手で口を押さえたリュイーヌの顔が、いとおしい。

 見開いた目に浮かぶ恐怖をぬぐってやりたくて、ヤムは微笑んだ。

『お嬢が、好きだ』

 死ぬのだと覚悟したヤムは、初めて自分の気持ちに気がついた。

「お嬢、泣くな」

 思わずつぶやくヤム。のけぞった首を貫こうとして、エルバスの動きが止まる。

「おまえっ。 まさか」

 唐突に突き飛ばされ、ヤムの身体が床を転がった。

 倒れた自分の上に、投げを打たれたメティスが重なるのを、呆然と受け止める。

 目の前で、蒼白な顔をしたエルバスが 仁王立ちになっていた。

「気が変わった。 ふたりとも、すぐさま消えろっ」

 あまりの変わり様に、ヤムは不可解な顔で身構える。

「理由は聞くな。知れば、生かして帰せなくなる」

 どこまで信じられるのか。

 だが、ヤムにはどうしてだか、エルバスが真剣だとわかった。

「最後の宝珠が揃わねば、ラグーンは滅ばない。はやく行けっ!」

 悲鳴に似たエルバスの声に、ヤムはメティスの手を引いて走った。

 目の端で安堵したリュイーヌをとらえ、我れ知らず唇を噛む。

『かならず、救い出す。お嬢、かならず』

 ヤム達の消えた地下への扉を、エルバスは食い入るように見つめた。

「皮肉だな、こんな出会いかたは」

 聞こえぬほどのエルバスのつぶやきが、笑いに変わる。

 まるでむせび泣くような、か細い笑いに。

 そっとかき上げたエルバスの耳に、命の炎が揺らめくような、ピアスが輝いていた。


*☆*☆*

 朝日に照らされた長城街道を、王国軍の一隊が行く。

 ラグーンの宝珠と、ヴァルリオリンの宝珠。そしてラグーンの幼い巫女姫と、リュイーヌ姫を護送して行く。

 ヤムはエルバスの横で、堅い表情をしたフリアが、馬を進める姿を見つけた。

 アルラントの捕虜になろうと、リュイーヌとともにいることが、フリアにとっては幸せだろう。

 人混みにまぎれ、ヤムとメティスはそれらを見送った。

 背後には、ふたりを守るようにイスランが立っている。

 エルバスとのことは、イスランに言っていない。

 言えば、ヤムのアルラント行きを反対するだろう。

 この事にイスランを巻き込んではいけないと、ヤムの本能が警告していた。

 大地の宝珠はミランディアが、時の織り姫のもとへ届けるらしい。

 地の者の王が、目覚めとともに訪れる聖地だが、いずこの場所かは知られていない。

 レムランとカリオペは、部族のあり方を変革しようとしている。

 どんな結果が出ようと、ここしばらくはかかりきりだろう。

「おれは、お嬢を追ってアルラントへ行く。メティスは?」

 イスランを振り返り、メティスは朗らかに笑んだ。

「わたしは、イスラン様とともに参ります。ユタとメイベルに、生きる場所を探そうと約束しましたから。イスラン様が、助けてくださるので」

 大きくうなずき、ヤムはふたりに背中を向け、そのまま別れの手を振った。

 辛気くさい挨拶は、大の苦手だ。

 この瞬間から、ヤムには新しい旅が始まった。

 ラグーンの部族にも。

 メティスとイスランにも。

 ミランディアやフリア、リュイーヌにも。

『エルバス。おまえには、かならず出会う』

 なぜ、急に命を助けたのか。その理由が知りたかった。

 あの瞬間。エルバスは、間違いなくヤムを殺そうとしていた。

 それがなぜ、急に心変わりしたのだろう。

『おれは、アルラントへ行く。いや、どうしても行かねばならない気がする。だれかが、呼んでいるような気がするんだ』

 そっと肩越しに振り返ったヤムの目に、連れ立って歩くメティスたちが映った。

 少し淋しげな笑顔で、肩をすくめるヤム。それでも、歩く速度は変わらない。

 それぞれの旅立ちに、晴れ渡った空が広がっていた。 


 メティスの章  完

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