第6話 finish


 東からの不審な電話があってから三日が経った。どうやら盗聴などはなかったようで、身の回りに不審な出来事は起きていない。

 あれは遺言だったのだろうか? いや、私は今でも東が多次元防御機構の向こう側で真実に迫っていると信じている。理由は、彼に託された仕事を私は今もなお遂行中であるからだ。

 朝霞ミツル。大戦争局局長兼、1班長。彼、または彼女の名前を見た時は東が苗字の一致だけで桜華重工の初代主席研究員との関連を疑ったのかとも思った。しかし、調べようとすると、彼または彼女に関するあらゆる情報へのアクセスができない状態にあることが分かった。性別が分からないのはこのためだ。気取った言い方をすれば、生ける機密である。

 昨年、東の遺志に従って大戦争局大戦争取材班を訪問したときのことだ。巧妙に年齢や性別を隠しているように見えなくもない顔で班長の朝霞は迎えてくれた。

 連絡もなく無断欠勤を続け、除名になった東のことを話題に上げると、寂しげな声でこう言った。

「なかなか刺激的な少年だったけど、不幸なことに強すぎる好奇心と、好奇心に見合う行動力を備えてしまっていた」

 長くはないが濃密な記者経験が、この人物は重大なことを知っていると告げていた。

「東は、重大なことに気づき、おそらくは多次元防御機構の向こう側に旅立ちました。そのときに言われたんです。朝霞さん、多次元防御機構の向こう側からやってきたあなたに話を聞けと」

 ブラフであった。もし、朝霞が白であったとしても、窓際部署とはいえ取材1班の班長を務めるような人間を正攻法で落とす自信はない。

「彼は、そこまで気づいていたのか?」

 私は首肯したが、その時の朝霞の目は、ブラフを見抜いた目をしていた。

「そろそろ疲れてきたな。でもうちはただの窓際記者だからね。きみが知りたいことを教えるのは、ね」

 そういうと、朝霞は帰り支度を始めた。

 そして去り際にこう言った。

「でも、先輩記者としてアドバイスはある。96年前の5月24日に作られた外務省機密文書を何とかして手に入れてごらん」


 機密文書は原則80年で公開することになっていたので、最初は簡単な仕事だと思ったが、そうでもなかった。96年前の5月の資料は意図的に隠しているとしか思えない不自然に少ない資料の量であった。

 あの手この手を尽くして、それこそ違法行為も辞さない覚悟で1年間資料入手にまい進したわけであるが、なぜか一回も捕まることはなかった。もしかしたら、朝霞が陰から操作したのかもしれない。

 資料入手までの間にどのような冒険があったかを説明したいのはやまやまなのだが、これは東の物語だ。割愛させていただく。


 資料は1枚のメモ、当時表向きは断交状態にあった、東国と西国の交渉記録であった。タイトルは「終戦の工程」、どうやら開戦から4年がたった時点で両国政府は戦争終結を目指していたらしい。

 4年で終わるはずだった戦争が今も続き101年目に突入した不毛さを思い、思わずため息をつくと、そこにあるはずのない文字が見えた気がした。

 気のせいではなかった。そこには、「多次元防御機構」という文字が躍っていた。横には、西国側呼称として「情報遮断装置」と書かれていた。


 気を取り直して見直すと、メモはタイプした上から手書きで注意事項が書き足してあった。手書き部分には「破壊行為の終結を最優先することで実務者合意」と書かれていた。

 

『東国側からは国民感情に鑑みて東国側の勝利以外の戦争終結発表は不可能との見解を示した。

 西国側からは多次元防御機構(西国側呼称、情報遮断装置)の提供を軸とした欺瞞工作の実施が提案された。

 東国側はこの提案を保留。(手書きメモ:追記、首脳部は受理で合意)

 西国側は具体的な検討のために技術者チームを秘密裏に派遣。(手書きメモ:東国側呼称、桜華重工)

 東西両国は引き続き状況打開に向けた協議を行うことで合意。(手書きメモ:破壊行為の終結を最優先することで実務者合意)』


 最後には当時の両国外交当局の幹部の署名があった。条約に準ずる合意文書、密約の類であったのだろう。

 朝霞の言っていたことは正しかった。しかし、ここから何が言える。東は何を求めて西国に渡った。


 当時の状況を思い出してみる。

 問:なぜ、あのタイミングだったのか?

 答:大規模動員があった。

 問:大規模動員の理由は?

 答:不明。しかし、動員直前に震源地不明の小規模な地震があった。

 問:大規模動員に不明な点は?

 答:医薬品などが運ばれていた。


 そして、密約を示す書類によると、東国は国民を欺いて戦争を終わらせようとした節がある。

 


 翌日、私は桜華重工会長にアポを取った。取れてしまったということは、私の行動は監視されていたのかもしれない。泳がされていたということだ。

「本日は取材に応じていただき、ありがとうございました。まずは、100年近くにわたって国内を欺きながら西国の工場を維持した手腕を称えさせていただきたい」

 桜華重工会長は高級そうなスーツを誇示するように胸を張りながら横柄にうなずいた。

「ありがとう、君たち新聞社の協力なしにはできなかったよ」

「誤解をなさっていますね。私は決して東西両政府や桜華重工を糾弾するつもりはありません。事実、多くの命を救った」

「100年間、不当に成功の芽を摘まれてきたとしてもかい?」

 会長が試すような眼で見つめてくる。

「そのことを論じるべき立場ではありません」

「逃げたね。過去から逃げるのは愛嬌だが、勢い余って今から逃げてはいないかい?」

「おっしゃる通りです。私は今から逃げたくない。この戦争、いつ終わらせるつもりですか?」

 広い部屋に笑い声がこだました。

「終わらせる?冗談じゃない。せっかく家畜を飼いならしたんだ。できるところまで絞りつくすのがビジネスだろ」

「西国ももはや東国の生産なしでは生きられないということですか?」思わず声が上ずった。

「さあな、俺とて西国の意向で動く存在だ。でも、戦争を終わらせる気がないのは確かだ。その証拠に多次元防御機構の置き換え計画が進んでいる。新しい多次元防御機構が完成しtら耐用年数はさらに300年延びる」

「本日はありがとうございました」

 


 短い会談を打ち切ったとき、すでに覚悟はできていた。取材申し込みが受理された段階で二度と日の目を見ることはないことはわかっていた。

 だから私は直前にちょっとした爆弾を仕込んでおいた。

 今頃、記者人生で気づいた人脈のすべてに、この1年で知りえた情報のすべてをまとめたものが届いているだろう。その多くは、茶番として相手にしないかもしれない。重要性に気づいた人々のなかでも日々の安寧を守るために見なかったことにする人がいるかもしれない。

 しかし、情報漏洩を良しとしない組織がすべての人間の口を封じようとしたら東国の生産能力は壊滅的な被害を受ける程度には情報をばらまいた。


 効果はわからない。おそらく知ることもできないだろう。しかし、分からないという恐怖を支配者に味合わせるだけでも一矢報いられたと思う。

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架空戦記 槻木翔 @count11

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