第5話
午後3時7分過ぎ、気持ち急ぎ気味に歩きながら大戦争局のだだっ広い部屋に入った東は、カンカンに怒った上司の朝霞に迎えられた。
「こら!7分の遅刻だ!この忙しい時に何を考えているんだ」
どうやらとがめられたのは7分分だけらしいと考えながらも、東の目は際限なく紙を吐き出し続けるコピー機にくぎ付けになっていた。
「予告なしの大規模攻勢が始まったんだ、国内は第1種戦時体制に移行、一気に戦果報告が入ってきて大変だよ」
朝霞班長は目下、次々に吐き出される紙を順番通りに机の上に積んでいく作業を行っているようだった。1代のコピー機で手伝えることはなさそうなので、東はすでに積まれた資料を読むことにした。
資料の山は、突如始まった西国の大規模侵攻に関するものであった。どうやら軍部はこの侵攻を重く受け止めて東国のもつ生産設備のすべてを接収することを決定したそうである。
経済局は大変だろうな、などと人ごとのように考えつつ、東はやっと収まりつつあるコピー機まわりの作業を行っている朝霞に話しかけた。
「この大規模侵攻ってもしかして朝の地震に関連してるんですかね?」
「そういう推測はしないほうがいい。もし当たってたらきみやうちの首だけじゃすまないよ?」
朝霞は忙しそうにしつつも、70年間なかった大規模侵攻に関する焦りのようなものは示さなかった。
「参謀本部はこの侵攻の目的をどう考えているんでしょうか? 送られてきている資料にはそこら辺の見解が書かれていません。これだけでもコメントを取りに行かせてもらえませんか?」
「ダメだ」
「なぜです?」
「ここで足を引っ張れば、おそらく人命にかかわる。我々がやるべきことは、政府、参謀本部、桜華重工の意向をくみ取り、最大限協力することだ。民衆が疑念を抱かないように」
「権力者の暴走を防ぐのが新聞の使命じゃないんですか?」
「それは、前時代的な考え方だ。政治局ではその考え方は通用したかもしれないが、軍事にその考えは入れるな」
「納得できません」
「納得する必要はない。好奇心にふたをしろ。大人になれ」
気づいた時には東は部屋を飛び出ていた。同じことを東は以前にも体験していた。その時はとある議員の汚職を追及していて、複数度にわたる抗議が行われたため、取材を打ち切るように命令された。しかし東は命令に従わず飛び出し、翌日東は政治局から追い出された。
「次は会社から追い出されるか、はたまた社会からはじき出されるか」
東は独り言ちたが覚悟は固まっていた。
目的地は西向ヶ原である。西向ヶ原は軍の拠点であり、当然防衛のための物資も集積されているはずである。戦場は観れなくても装備品を見れば状況の推測はできる。その自信が東にはあった。
鉄道は軍需物資輸送のための特別態勢に入っており一般旅客は乗ることができなかった。
「バイクだ」
こうも都合よく、あきらめた趣味が役に立つとは思っていなかったが、30分後には西向ヶ原に向けて走り出していた。
風を切り、物資輸送の車列を回避して走り続けると、目的地が見えてきた。
最後は列車と並走する。その列車は貨物列車で、小型戦車の台座のようなものを大量に乗せていた。
「砲台はついていない、ミサイル型か?」
西向ヶ原にたどり着いた東は手詰まりになっていた。
『もしもし』
「山城か?頼みがある」
『今忙しい、あとにしてくれ』
電話越しの山城の声の背後には聞きなれた喧騒があった。どうやら山城は本社にいて、本社では何かをもめているらしい。
「集積拠点にある物資の内訳がおかしい」
『なぜそれを知っている?』
声のトーンが変わった。
「いま西向ヶ原集積拠点にいる」
『そうか、実はそうなんだ。徴発された工場のなかに医薬品工場があっておかしいと思った。なんで無人機しかいない最前線に医薬品が必要なのか分からない。しかし上から止められた。いったいどうなっているんだ』
山城が興奮気味にまくしたてるのを聞きながら、東は自分の仮説を調整していた。
「なあ、山城。この戦争は最初はどうやって始まったんだ?」
『今忙しいって言ったのが聞こえなかったのか?そんなこと聞いている暇はない。切るぞ』
「待て!大事な話なんだ!」
『わかった。3分だけだ。
開戦理由か?確か、西国が東国の工業地帯の支配権を求めて進軍してきたのが始まりだろ。歴史で習った』
「そうだ。じゃあ、なんで支配されなかった? 当時、東国の軍備は旧式の歩兵師団が主力だったはずだ。西国の主力は戦車機動部隊、高度な自律思考能力を持つことが報告されていた」
東は大戦争局の古い資料で見つけた報告書を思い出していた。
『そいつは知らなかったな。有名な話じゃないか。桜華重工の朝霞博士が自律戦闘機械と多次元防御機構を政府に提供して、外界との連絡が不可能になるのを引き換えにして完全な防御と戦力を手に入れた』
「桜華重工の記録は、開戦から5年がたつまで出てきていない」
『それがどうした?』
「おかしいと思わないか? 100年も戦争をしているのになぜ疲弊しない?」
『自動化と計画経済の成果だろ』
「大戦争取材1班班長の朝霞を問い詰めろ。なにかを知っているはずだ。俺は真相を確かめる。おそらく帰らない」
東は電話を切った。
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