第3話 仕事

「ひまだ」

 大戦争取材1班に配属されて、はや2時間が経っていた。そして、すでに東は暇を持て余していた。

「何か仕事はないんですか?」

 上司の朝霞はというと、PCでなにやら書いている。時々考えこむように手を止めているところを見ると、社説とかセンスが問われる文章だろう。東は、1班の班長クラスになれば順番で社説を書かせてもらえるという話を聞いたことがあった。せめて社説につかう資料集めでもするつもりで声をかけたわけであるが、20秒ほどたって声をかけられていることに気づいた朝霞は「しごと」と言葉を覚えたての宇宙人のように発音して、それから我に返った。

「ああ、仕事ね。てきとうに遊んでていいよ」

「班長は何かいてるんですか?手伝いますよ」

 東がそう申し出ると、朝霞はなぜか恥ずかしそうにノートパソコンを畳んだ。

「いいよ、そんな。恥ずかしいし」

「どうせ新聞に載るじゃないですか」

 朝霞は首を傾げた。東も首を傾げた。

「これ、趣味の小説だよ?」朝霞の説明に東は眉をひそめた。

「勤務中に趣味の小説書いてるんですか?」

「だって参謀本部発表が送られてくる3時まで暇なんだもん、時間の有意義な活用といってもらいたい」

 ものは言いようである。

「きみだって仕事なんて探さないで遊べばいいのに」

「そうは言いましても、議会取材班ではもっとひっきりなしに仕事があったんです」

「はー」と、これ見よがしにため息をついた朝霞は、大部屋の隅を指さして見せた。「あれを見てみ」と。

「あそこに大戦争関連の資料がまとめてあるから読んどいたら」

 結局、参謀本部発表があるという3時までなにひとつやることがなさそうなので、部屋の隅に置いてあった書棚から適当なファイルを抜き出して眺めてみることにした。


 結論から言うと、東は大いに楽しんだ。その楽しさは、仕事についてから忘れて久しい情報のピースがはまっていく喜びだった。大戦争取材班の資料には、現在学校ではほとんど教えない東西の大戦争に至った経緯や、当時の兵器に関する情報が載っていた。当時の記事もあった。100年前の開戦から、どうやら80年前くらいまでは最前線に記者が赴き、殉職者も出ていたらしい。そして驚くべきことに、当時は生身の人間が最前線で戦っていたのだという。東にはなんでそんな危険なことができるのか理解できなかった。


 膨大な資料の中で保存状態が良いものを選びつつ、大体100年間の経緯を俯瞰できるだけの情報を読み込んだ東には一つの疑問が生まれていた。

「なんで戦争は終わらないんだろう?」

 少なくとも90年前の新聞記事で戦争終結を求める大規模デモが発生していることはわかっている。しかし、調べた限り80年前を最後に戦争終結を求めるデモは一度も起きていない。丁度その時期に始まった、前線兵器の自律機械化と関連はしているのだろうが、やはり疑問に思ってしまう。

 しかし、その疑問を深く考える時間は東には与えられなかった。

「おい新入り、待望の仕事だぞ」

 顔を上げると、朝霞がコピー機の前に立って紙の束を取り出しているところだった。

「これが、参謀本部発表だ」

「この資料だけをつかって記事を書くんですか?」

「その通り、編集室からの要望はこれ。このフォーマットに合うように編集して、よろしくね」

 それだけ言うと、朝霞は自分の趣味に舞い戻った。この人はこれだけの仕事で幾らもらっているのだろう?

 仕方ないので、東は一人で記事にまとめた。簡単な仕事だった。記事の量が少ないのである。毎日ある「本日の戦況」という小さい欄と、大きな戦闘があったときだけ少し大きめの記事が出る。今日の内容自体は小さめの記事2つほどで済んだが、ご丁寧なことに明日の発表で大規模戦闘の戦果報告があるから紙面を開けておくようにという連絡事項まで載っていた。

「できましたよ」

 相変わらず小説執筆に没頭する朝霞に報告すると、朝霞はモニターを覗き込みにきて頷いた。

「あとはこっちで手直ししておくから、もう帰っていいよ」

 追い出されるように帰宅を迫られ、その日の業務は終わった。


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