第2話 大戦争取材1班
大戦争取材班のフロアは、旧館の3階にあった。とても風通しがよさそうである。物理的に。見渡すとところどころにオブジェが置いてある。
「どうも、本日付で移動になった東です」
第一印象を保つためにも元気に挨拶をした。
がらんどうとした大部屋に元気な挨拶がこだました。いや、こだまするほどの立派な壁ではなかった。音は壁に吸収された。
「フロアを間違えたようだ」
倉庫だと決め込んだ東が部屋から出ようとすると、視界の隅から声がかかった。
「ここであってるよ、大戦争取材班」
声の主を探してみるが、スピーカーが隠してありそうなのは机と椅子とセットで置かれた蝋人形だけであった。そしてその蝋人形はゆっくりと動いていた。
「怪奇現象?」
「ずいぶん失礼な妄想をしてそうな気がするが、私は正真正銘の人間だよ」
その蝋人形は立ち上がるって近づいてくると、朝霞と名乗った。大戦争取材1班長だそうだ」
「これは失礼しました、本日付で異動になった東です」
「それはさっき聞いた」
つれない人物である。
「そろそろ開戦100周年だそうで、その取材に全力を尽くします…」
東は、言っている途中から朝霞の表情に嘲笑のような要素を感じ取った。記者の勘である。
「盛り上がっているところ悪いけどね、開戦100周年関連の取材は経済局が担当だよ。なにせ動く金額が桁外れだからね」
「じゃあ、大戦争取材班は何をするんですか?」
「えっとね、うちらの仕事は参謀本部発表を編集室の要望に合わせた文字数に作り直すこと、削ることもあるし、盛ることもある」
朝霞のゆったりとした語り口からは、戦争という修羅場を扱っている人間は感じられなかった。
東が黙っているのを朝霞は楽しそうに眺めている。
「あれ?もしかして戦場記者みたいなのを想像してた? 残念だね、きみ、大戦争に関する記事読んだことある?テレビでもいいや」
「そういえば、ないです」
「戦場は記者もカメラも立ち入り禁止、参謀本部が戦況とか戦場の写真とかを送ってくるの。どう?失望した?」
朝霞の予想に反して、東は失望などしていなかった。
「じゃあ戦場に行って取材できればスクープですね!」
「そういえばきみ、議会取材班でも立ち入り禁止エリアに入ったり規則破って取材対象に接近したりしてたんだっけ?まあ、左遷の理由としてはありふれてるね。うちは大丈夫だよ、この部屋から出る必要ないから」
「左遷なんですか?これ」
東は、さっぱり理解していないといった表情で朝霞を見た。
「この部屋見てごらんよ、政治局とか経済局とほぼ同じ面積だよ? 昔はこの部屋に入りきらないほどの記者がここから戦争取材をしてたんだ。でもだんだん管轄がよそに移ったり、予算カットされたり、いろいろあって今では、わたしときみの二人だけ。ようこそ、大戦争取材1班へ」
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