架空戦記

槻木翔

第1話 人事異動

 東ヒカル

 上記のものを4月1日づけで大戦争局大戦争取材1班に異動とする。

 これが春にしては肌寒い朝に出勤した東を待っていた辞令であった。

 ご丁寧に今までいた議会取材5班の机には段ボールで荷物がまとめてあり、昨日までの同僚は黙々と記事を書いていた。

「班長」

 議会取材1班長、つまり昨日までの上司はめんどくさげに顔を上げると、虫でも払うようなジェスチャーで応えた。

「挨拶とか、そういうの良いから。忘れ物があったらあとで送るからね、取りに来なくていいよ」

 ずいぶんと嫌われたものである。

 東は、なぜ自分がここまで嫌われているのかを考えてみたが、心当たりが多すぎてどれが決め手だったのかわからなかった。

「んじゃ」

 入社から3年間過ごした割には軽い私物の入った段ボールを抱えて、東は議会取材1班が入っている政治局大部屋を出て行った。

 受け取った辞令は大戦争局大戦争取材1班とあった、東の所属する新聞社は各テーマごとに通常5から8ほどの班で編成され1班はどの部署もエース級の記者を擁する花形部署と相場が決まっている。

「ヒカルじゃないか、どうしたんだい?荷物なんて持って」

 そう声をかけてきたのは、同期入社の山城である。休憩ブースでコーヒーを飲んでいたようだ。

「経済取材2班はコーヒーを飲んでいられるほど暇なのか?」

 東も荷物を椅子の上におろして息をつく。

「さすがにね、徹夜明けの一服ぐらい許してもらいたいよ」

「それは、いそがしそうだ。何か大きい動きがあるのか?」

「どうやら西国に対して大規模攻勢を予定しているらしくて、桜華重工に大規模受注が入ったらしいんだ。桜華重工の下請けをはじめ国中の産業がおこぼれにあずかろうと一斉に動き出した。ボクは戦争で儲けるなんてどうかと思うけどね、事実として国の経済が軍需を中心に回っているんだから仕方がない。100年前の大恐慌から東国経済を救ったのも大戦争の勃発に伴う特大軍需らしいしね」

「100年前か、そうか。そろそろ開戦100周年なのか」

 東の中で何かがつながった感じがした。

「どうしたんだ?」

「なんでこの時期に異動になったんだろうって思ってたんだ。なるほど、開戦100周年に合わせてのことなら理解できる」

「経済取材班に異動になったの?」

「大戦争取材班だけど?」

 東が異動先を告げたとたん、山城の表情が強張った。

「そうか、大戦争取材1班か」

「なんで1班って分かったんだ?」

 山城は、まだ半分ほど入ったコーヒーをゴミ箱に放り投げると、去り際に言った。

「だって大戦争取材局は1班しかないじゃないか」

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