真実と決断

 次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、彼女は学校に来なかった。


 流石に、心配で心配で仕方なかった。


 退屈な先生の退屈な授業なんて、右から左に抜けていった。

 耳の穴が2つあるのが悪い。


 彼女が学校に来なくなって4日目。

 今日、俺はようやくメッセージを見た。


 ______________



笑夢えむっ!」


「り、りょ、亮輝くん!?!」


「すまん!」

「ごめんなさい!」


 同時に、頭を下げた。


「い、いや俺の方こそ…お前に怒ることも許すことも出来なかった」


「ううん、私ももっと早く言うべきでした…」


 俺は、笑夢のメッセージを読んで、病院に向かったんだ。今度はチャリで。


 これまで小さな個室だった笑夢は大きな個室で、違う階に移動していた。

 なんか沢山線が繋いであった。


「それよりお前!また嘘ついたな? 喘息じゃねぇじゃん」


「ごめんなさい…」


 笑夢のメッセージには、謝罪だけではなく、実は病気だということと、余命が半年もないことが書いてあった。


「いやもう仕方ねぇ。別にいい。それより、助かる手段は?」


「…ない…訳では…無いんです。でも、それをやって助かる確率は、10%も無くって。

 しかもそれをするには、別の方の命を犠牲に…そして、それに失敗したら半年も生きられずに死ぬんです」


 いつの間にか俺の目から、涙が溢れていた。

 裏切られたと思っても流れなかった涙が、今ここで。


 こんなに可愛くて明るくて、絶対に俺なんかより将来有望な彼女が、なんで。

 この世界はいつもそうだ。偉人とか、優しい人とか、正義感が強い人…つまりいい人がすぐに死んてしまう。


 理不尽だと思った。

 でも、同時に助けたいとも思った。


「他の人の命って、移植ってことか?」


「そう…臓器移植。合わない可能性も高いし、失敗する可能性も高いんです。

 …私の為に泣いてくれて、ありがとうございます…でも、良いんです。亮輝くんに泣いてもらえる資格なんて…」


 助かる可能性があるといえばあると言うことか。


「移植、俺はいいと思う。言い方きついけど、失敗したらその日に死ぬ。でも成功したらずっと生きられるんだろ?

 移植しなくても、半年後には死ぬ。

 だったら…懸けてみないか?」


 彼女は、大きく目を見開いた。その大きな瞳から、ぼろぼろと大粒の涙が出てきた。


「流石に4日も休んだら疑われちゃって、友達二人に話したんです。

 二人とも、移植を勧めることも、そのままにすることを勧めることも、しませんでした。」


 彼女の友人の気持ちはすごく分かる。


「…俺も、前までの俺だったらそうしていただろう。万が一それで失敗したら、自分のせいということにもなる。

 そんな重いもの、背負いたくなかった。所詮、他人だから。

 でも、お前と出会ってから変わったんだ。多分。

 失敗する怖さより、お前に生きててほしいという気持ちのほうが強かった」


 突然、彼女が俺に抱きついてきた。


「ちょっ…いや、いいぞ。思いっきり泣いて、ゆっくり考えよう」


 一瞬戸惑ったが、俺も抱きしめ返した。

 こんなにも誰かの温もりを感じたのは、何年ぶりか。


 それから、1時間くらい彼女の涙は止まらなかった。俺の服はビタビタだった。でもまぁそんなことはどうでもいい。


 友達の前でも、心配掛けないように、泣けなかったのだろう。

 彼女は友達は多いが、本当に信頼できる親友は居なかったのかなと思い、最低だと分かりながらも優越感に浸った。


 その日はあのあとに、また前のように下らない話をして、本の話をして、面会時間が終わった。


「移植の事、真剣に考えます。両親とも相談してみるね。

 それから、今日初めて笑夢って読んでくれたの、気付いてる?

 すっごく嬉しかったです!ありがとう」


 看護師さんに遠慮がちに中を見られ、帰り支度をしている時に笑夢に言われて初めて気がついた。

 俺は、無意識のうちに笑夢と距離を置いていたのかもしれない。


 そして今回のことを通して、お互いの壁が無くなったのかもしれないと思った。


「あぁ、俺も毎日来るから。応援するから。頑張ろうな。

 明日はおすすめの本、持ってくるわ!」


「…うんっ!また明日!」


 ______________



 次の日の放課後、俺は約束通りおすすめの文庫本にブックカバーをかけ、病院に向かった。


「大切なお話があって…」


 彼女一人が寝泊まりするのには随分と広い病室に入ると、笑夢に2回目のこのセリフを言われた。


 今度は、嫌な予感はしなかった。


「臓器移植の事なんだけど…」


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