酷い嘘

「あの告白、罰ゲームだったんです」


悪い予感がしていたんだ。大切な話があると言われたときから。


いや、告白された最初から。彼女みたいな人気者が、俺なんかを好きになるわけが無いって。


それでも、期待してしまったんだ。

今日で約1ヶ月半。そんなにも何も言われなかったから、油断しきっていた。


「…嫌って言ったんです。そんなたぶらかすような事。亮輝くんの親友くんも、止めてくれていました。

私、誰とも付き合ったこと無かったし、正直初告白は好きになった人にしたかったです。人を好きになったこと、無いんですけどね…

でも、負けは負けだったので、亮輝くんに告白しました」


顔を、上げれなかった。そう来ると分かっていながらも、上げれなかった。


最初は、彼女に付き合っていただけだった。でもいつのまにか、自分でも気付かないうちに彼女の存在が大きくなっていた。


「そして亮輝くんと付き合いだしてみると、楽しくて趣味も合って秒針が倍で回っているんじゃないかって程、時間経過が早くて。

最初はすぐに嘘だったって言おうと思って居たのに、この日常を壊したくなくて言えなくなっていたんです」


急にここ数日の行動も恥ずかしくなって、家に帰りたくなった。

一人で本を読みたくなった。


「でも、亮輝くんが学校を抜け出してまで病院に来てくれたあの日、言うことを決めました。このまま黙っておこうかとも思ったんです。

けれど私は、そんなに抱えきれるほど大人では有りませんでした。嘘を突き通せるほど演技力がありませんでした。何より、大好きな人をこれ以上騙すことが出来なかったんです」


コトンと音がした。どうやらいつの間にか水が運ばれてきて、彼女がそれを飲んだらしい。


その音と共に俺の中で、何かがプツンと切れた。


「今更ごめんなんて言っても、許してもらえないのは分かっています。でも、大好きなんです。

だから、これから償うことが許されるなら、許してもらえるのなら償います。私は恐らくあと……」


最後の方の言葉なんて、聞こえなかった。彼女が言い終える前に、席を立った。お洒落なカフェの中なのにも関わらず、ガシャンッと音を立ててしまった。


1000円札を机に置き、そのまま鞄を掴んで何も言わずに店から出た。

悔しくて、悲しくて、同時に大好きと言われたことも頭の中に出てきて、ズルいと思いながらも、こんがらかって、よく分からないままとりあえず走った。


涙は、出なかった。

きっと、もう1つの悪い予感では無かったからだ。


家に着くと誰も居なかった。買い物にでも出かけたのだろう。一人になりたかったから、助かった。


台所で紅茶を作り、それを持って2階へ上がる。

本棚からまだ読んでない、ブックカバーが掛けられた本をランダムで取り出す。


…この本を選んだのは失敗か。

俺は今までハッピーエンドの恋愛小説が読めなかった。

でも、彼女と出会いクラスメイトと少しだけ話し、彼女と出掛けるうちに読めるようになっていた。


しかし今は違う。そんなハッピーな本を読んだら、自分が惨めで情けなくて仕方なくって、死に無くなりそうだ。


なんたって俺は、『ゲームで負けた奴がぼっちのあいつに告白する』ゲームの実験台にされたんだから。


彼女に真実を聞かされた時、素直に怒れるやつだったら。思いを伝えられたら、また違ったのだろう。

以前の俺なら、特に関心もなく「そうか」で終わったと思う。


いつの間にか彼女に嫌われたくないと思うようになり、あんな事を言われて、受け入れることも怒ることも出来なかった。


夜まで本を読みふけった。

1冊は1.2時間で終わってしまうから、ストックしてあったものを何冊も。

1冊読み終わるごとに、彼女のことが頭に浮かんだ。


寝る前に放置されていたスマホを見た。

彼女から、何通ものメッセージと、着信不在の電話が何回も掛かってきていた。


出る気も既読する気も無かった。


しかし、明日は学校だ。嫌でも彼女に会わなければいけない。元々学校では殆ど話してなかったから関係ないだろう。



翌朝、太陽の眩しすぎる光に起こされるわけもなく、ジリリリリと大音量で鳴り響く目覚ましの音で目が覚める。


昨日よりも大分寒く、ブルッと身震いする。


にしてもまぁこの音を朝から聞くと、なんか凄くげんなりして気分が下がる。


癖でスマホを確認すると、彼女からの通知が更に増えていた。

「…言いたいことあんなら直接言えよ。今日会うだろうがくそ…」


勿論怒りもあったが、未だに嬉しさもあって、頭を掻いて独り言をこぼしながら仕度をする。


こんがり焼けたパンにバターを塗って、パンの上に焼いたハムと半熟トロトロの目玉焼きをのせる。

それだけではない。きゅうりがメインのグリーンサラダと、コーンフレークが掛かったヨーグルトまである。


他の一般家庭と比べて、うちの朝飯は豪華だ。昼はなぜか腹がすぐいっぱいになり、殆ど食べない俺に気を使って、母さんが多くしてくれている。


唯一の友達の友達なんて、朝飯すら食ってきていない。昼はガッツリ食べているのをたまーに目撃するが。


「最近楽しそうじゃない。彼女でもてきた?」


「いや別に」


母親とはなんでこんなに鋭いのだろう。そしてタイミングが悪い。

聞いてくるのが昨日あの事実を聞かされたこのタイミングとは。


「あらそう?ならただの友達かぁ。なんにしろ、今度うちに連れてきなさいよ~?」


「あー機会があったら」


連れてこないと言うと彼女だと疑われそうだし、絶対に連れてこないやつが言いそうなセリフを適当に吐く。


「その時は腕によりをかけて料理、振る舞うからね?」


でもまぁ、嬉しそうにフライ返しを振り回す母さんを見たら、連れてきてもいいかなと思った。


俺が彼女を許せるようになったらの話だが。





その日、彼女は学校に来なかった。


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