優しくて悲しい嘘

「はぁ…はぁ…」


 俺は、病室の前に居た。


 病院までの道中、1ヶ月ほど前はまだ緑も目立った木のトンネルが、すっかり赤や黄色、オレンジに染まっていて綺麗だな…なんて考える余裕も無く、学校から病院まで全力で走った。


 よく考えれば、チャリで来たほうが早かった。学校の途中で抜け出したものだからそんなところまで頭は回らなかった。


「すぅ…はぁ…すぅ…はぁ…」


 体中に心臓があるんじゃないかってくらい全身がドクドク鳴る。手が、足が震える。大したことじゃないとは聞かされている。でもなんだか嫌な予感がする。


「すぅ…はぁ……」


 深い深呼吸と同時に、病室のドアを開けた。


「US○!U○A!」


「…なにしてんの」


「………り、りょ、亮輝くん!?!あ、あの、これは…その…」


 彼女は殺風景な個室で、俺でも知っているくらい流行っているU○Aという曲をノリノリで歌いながら踊っていた。

 俺が声をかけた瞬間、一瞬時が止まり、その直後布団に潜り込んでいた。


「…元気そうだな」


「うぅ…なんで居るの…今日学校ですよね?」


 俺達があんな形ながらも付き合って、今日で1ヶ月。


 いつものように気だるげに目を擦りながらチャイムギリギリに登校すると、居るはずの彼女が居なかった。

 授業が始まっても来なかったから、授業中に担任に彼女はどうしたのかと聞いたのだ。本当に1時間目が担任で良かった。


「1ヶ月ってのもあったし、お前居なくて担任に聞いたら入院って言うし、なんかやばいんじゃないかって学校抜け出して走ってきた」


 彼女は元々大きな目を更に開いて頬を赤くして、口をパクパクさせた。鯉かよ。


「1ヶ月、覚えてくれてたんですね!走ってきてくれたのもすっごく嬉しいけど…学校抜け出したのは…大丈夫なんですか、?」


「あんなにインパクトあったからな。未だにあの告白一文字一区間違えずに言える自信あるぞ。学校は…んーまぁ大丈夫だろ」


 一瞬、ほんの一瞬だが彼女の顔が青くなった気がした。


「そ、それは、だって、その普通に付き合ってって言ったら断られると思って…。確信は無いんですね、へへ、来てくれてありがとう」


 そういうと彼女は突然俺に抱きついてきた。

 嬉しくなかったと言えば勿論嘘になるが、付き合って1ヶ月。割とデートはしたがこんなのは始めてで、手を繋ぐのすら恥ずかしそうな彼女だったのに、どうしたのだろうと心配になった。


「なぁ、大丈夫か?」


「…はいっ!えっと、喘息で2週間ほど入院だそうです。でも2週間後には退院できるので、全然!」


 俺が彼女の背中に手を回しながら聞くと、一瞬肩がビクッとし、少ししたあとにそう答えた。


 嫌な予感がする。けど、ドアを開けたときノリノリで踊っていたし、大丈夫なんだよな。


 若干不安を感じつつも、彼女がベッドに戻ってからは一緒にアルゴやトランプ、オセロをして遊んだ。彼女の両親が持ってきてくれたらしい。


 アルゴはあまりメジャーでは無いが説明は面倒だから勝敗だけ。俺が全勝した。


 ババ抜きはよく考えたら先行か後攻かでほぼ勝敗は決まるものの、全敗だった。先行か後攻かはジャンケンで決めたから、よほど彼女の運は強いのだろう。


 オセロは俺が全勝した。


 運ゲーは彼女、頭脳ゲーは俺。そんな感じの勝敗だったってことをそのまま彼女に伝えると、顔を真っ赤にして怒っていた。


 他にも本の話をしたりなどしていると、いつの間にか学校が終わったらしく彼女の友達から「今から行く」と連絡が来たので、俺はそろそろ帰ることにした。


 彼女は「居ればいいのに」と言っていたが、そんな訳にはいかない。

 彼女とはクラスで一切話さないし、個室で2人きりだったなんて知ったらなんて言われることやら。


「じゃあ、また明日」


「へへ、ありがとう」



 それから2週間。俺は毎日彼女の病室に通っていた。

 勿論、彼女の友人たちが部活の間に。



 そして今日、彼女は一時退院する。

 近くのお洒落な雰囲気のカフェで待ち合わせ中だ。


 45分も早くついてしまった俺は、ふと、最近タメの割合が高くなっていることに気が付いた。

 たったそれだけの事なのに、飛び上がりたいほどに、凄く嬉しかった。


 人にこんなに興味を持つ日が来るなんて。


「…亮輝くん、お待たせしましたっ!」


 読書に夢中になっていて、彼女が来たことに全然気が付かなかった。

 俺の肩に、彼女の手が遠慮がちに置かれているということはもっと呼ばれていたのだろうか…


「いや、こちらこそ気付かなくてごめん」


 そう言いながら後ろに立っている彼女を振り返る。


「…!」


 綺麗というか、可愛いというか、美しいというか、その全てを兼ね備えていて、凄すぎて何も言えなかった。


「あ、あの…変でした、?」


 俺が余りにも無言で見るから不安になったのだろう。その逆なのに。


「いや、綺麗で可愛くて美しい、その全てを兼ね備えて、何も言葉が出なかったんだ」


「…!?」


 俺が慌てて思ったことをそのまま言うと、今度は彼女が顔…いや、耳まで真っ赤にしてフリーズした。


 そして、顔はまだ真っ赤だが我にかえったのか真面目な顔で言った。


「今日は、凄く大切な話があって。ずっと言おうか迷ったんですけど、言っておかないと駄目だと思って」


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